指先から始まる
(いい天気ですね)


最近、よくメールが来る。

内容は他愛ない。元気ですか?とか、今日は雨ですね、とか、おやすみなさい、とか。俺もそれに飾らない言葉で返す。眠い、とか、雨やまないかな、とか、おやすみ、とか。そこらへんに溢れている、何の変哲もない、仲のいい友人同士のやりとりだ。

ただ一つ、送り主がわからないことを除けば。

最初の一通目は、俺が大学の為に地元を離れ、この部屋へ越して来てから三日目の昼頃だった。入学式より少し早めにこちらへ来たが、当然都会になんか友達はいない、家族と離れたのだって、修学旅行以来。やり切れない心許なさから出掛ける気分にだってなれず、インスタント食品で昼食を済ませたあと、ただただぼーっとベッドに寝転んでいた、そんな時、見覚えのないアドレスからメールが届いた。内容は今でも忘れない、『今日はいい天気ですね』という簡素な一文だった。知らないアドレスなど、どうせ迷惑メールの類だろうと、普段だったら迷いもせず、無視していた。でも、その時は無性にどうしようもなく寂しかったのである。誰でもいいから、話したかった。誰でもいいから、話しかけて欲しかった。この際、迷惑メール相手でもいいや、俺の指は気付けば送信のボタンを押していた。

『もう春だな』



それから三ヶ月経つが、連絡が途切れた日はない。二時間ごとに返事が来る日もあれば、忙しいのか一通のやりとりで終わる日もある。だか、送れば必ず返ってくる。何が目的だろう?訝しんだこともあった。ただこんな律儀な迷惑メールもない、その線がまず消えた。送り相手を間違えてる?そんなもの途中で気づく筈だ。一度、尋ねてみようともしたが、そうして事実が発覚すれば、この関係も終わってしまうのかと思うと、切り出せなかった。大学も始まり、けして多くはないが友人もできた。もうあの時分より寂しくはないけれど、それでもメールが来なくなってしまうのは何となしに嫌だと感じた。
この三ヶ月程のやりとりで知った相手の情報は、男である、俺と然程年が変わらなさそうだということ、そして、いい奴。俺が疲れてる時には、なぜか気づいて気遣ってくれるし、観たいと言った映画の情報を調べてくれたり、今日の天気を教えてくれたりする。これで俺が女の子であれば、ゆくゆく会おうという流れになるのかもしれないが、そんな心配もなく楽でいい。次第に、どうして俺と関係を続けてるのか、なんて考えるのはやめた。メールが来る、返事をする、そしてまた返ってくる、これで充分だと思ったからだ。
携帯が小さく震えた。登録しようがなく、まだ英数字の羅列だけれど、宛先には見慣れた並び。やっぱり、あいつからだ。

『明日はにわか雨が降るそうです。気をつけてくださいね。おやすみなさい』

こういうところが好きだ。勿論、言わずもがな、友情としての、だけど。



「何それ気味悪い」

少しは柔らかな言い方ができませんか。咎めるように目をやった俺の視線なんて気にすることなくご飯を食べ進める目前の人は、雲雀さん。2つ上の学年で、うちの学科の秩序、なんて呼ばれている。お昼時で混み合っている学食で、20人弱は座れるであろうテーブルなのに俺たちの列には誰もいなかった。なんでそんな恐れられてる人と仲が良いのかと言えば、実は俺もよくわからない。まだ入学したばかりに、初めて使った学食、どこの席に座ろうかとトレーを持ってうろうろしていたら、ここに座れば、と声を掛けてくれた。やけに空いてる席でラッキーと誘われるがまま、ご一緒させてもらった。それがまさかそれ程までの恐怖の象徴であると知ったのは、数日後の話。

「だって、知らない男でしょ。気持ち悪いとか考えないわけ」

怖がられている所以は、こういう歯に衣着せぬ物言いだと思う。確かにオブラートを好む日本人には馴染みにくい性格かもしれない。でも、冗談だって言うし、今のように人の心配だってしてくれる(わかりにくいかもしれないけど、これは雲雀さんなりに俺を案じくれています)ハンバーグが好きだったり、小さな鳥を飼っていたり、可愛いところもあるし。俺は雲雀さんを怖いと思ったことなんてない。みんなも話してみたら、きっと印象変わるのに。雲雀さん本人にも、損してますよ、って時々言ってみるものの、僕は群れたくない、と全く興味をお示しになりません。

「んー、でも変なこと言ってこないし、なんか友達みたいで」
「ストーカーだったらどうするのさ」
「ないですよ!俺男だし!大体三ヶ月もこんなのほほんとやり取りするストーカーがいますかー。昨日なんてサッカーの試合の結果、教えてくれましたよ」
「……まぁ、最悪、僕が咬み殺すからいいけど」

そんな物騒なこと、と言い掛けたところでありきたりなチャイムが鳴り響く。

「あ!三限!じゃあ、雲雀さん、また!」

最後の一口を急いでかきこむ。ごはんつぶつけてる、と雲雀さんが頬を拭ってくれた。食器は雲雀さんが片付けてくれるらしい。ほら、こんなに優しい人なのになぁ。お礼を述べて、足早に食堂を出る。三限の教室はそこまで遠くない。出席は厳しいが教授だが、頭の5分位は大抵自宅の猫の話だ。その後、出席を取る。同じ授業を取っている友人の山本に『まだ猫?』と送ればすぐに『なんか食欲なくて弱ってるみてー。一週間前の様子から話してるからまだ大丈夫』と返事がきた。よし、今日は10分コースだ、まだいける!と携帯の画面から顔を離した瞬間、壁にぶつかった。運動神経なるものをを母親のお腹の中に忘れてきた俺は、情けなくも尻餅をつく。いや、壁にしてはやけに柔らかかった。――人だ。

「……大丈夫ですか?」
「あ、はい、すみません!俺、よそ見してて、あの、本当ごめんなさい」

ぶつかったのは俺の方なのに、その人は怒りもせず、しかもなんと手を差し伸べてくれた。伸べられた手は掴む、が信条の俺は謝りながらもその手を取った。

「いえ、怪我がなかったのならよかったです」

あぁ、神様ってなんでこんなに不公平なんだろうな。ぶつかってきた奴に王子様よろしく優しく手を差し出す紳士な男は、顔も文句のつけようがない程の美形。顔もよくて性格もいいってなんだよそれ、はじめからさいきょうモードじゃないか。とんだぬるゲーだ。でも、何かひっかかる。こいつ、どこかであった気がする。こっちでまだそんなに知り合いも多くないはずだが、すぐに名前は出てこなかった。こんなイケメンの名前なんて忘れようもないんだけど、おかしいな。あ、いや、そんなことより三限の存在の方が忘れてはいけない。俺は落としたものがないか確認してからやや急ぎ気味に頭を下げた。

「ごめん、次気をつけるから、ありがとう」

謝罪と感謝を共存させてしまったがそれも構ってられない。さして向こうも気にする様子もなかったので、そのまま脇を通りすぎ、教室へと向かっていった。静かに後ろの扉を開ければ、話はちょうど、今日病院につれていこうと思います、という締結部分であった。俺の分まで席を確保してくれていた山本が小さく手招きする。


『今日、イケメンと衝突した。俺が悪かったのに、向こうは優しくて、イケメンって心までイケメンなんだな』

無事、今日の授業を全てクリアし、帰路につく。一年は必修科目も多く、想像していたよりも自由な時間はない、というのを言い訳にして、大概はコンビニのお弁当を夕飯としていた。今日も茶色の袋をぶらさげほの暗い道を歩く。信号待ちの折に、あいつに返信した。ここの信号長いし。青に変われば、温めてもらったお弁当が冷めないように、気持ち早歩き。俺のアパートは特に変わり映えのない、2階建て。でも、なんだか俺はこの家が気に入っていた。もう慣れてしまった階段を上がれば、珍しく住人と遭遇。隣の人だ、すれ違うの初めてだな。

「あ」

もう忘れはしない。こちらには気づかず、部屋に入っていった隣人は、昼間のイケメンだった。なんだそうか、どこかで見たことあるかと思えば、そういうことか。きっと何度かすれ違っていたに違いない。それならば顔に見覚えはあっても、深くまでは記憶がないはずだ、納得。

『でもこんなことってあるんだ。イケメン、隣に住んでた!』
『おや、それは偶然ですね。話しかけたのですか?』
『ううん、気づかないで部屋に入っちゃった。ちゃんと謝りたかったのに』

お弁当をつつきながら慣れた手つきで文字を打つ。母さんがいたら、ご飯を食べながら他のことをしないのって怒られそうだけど、こうしていると、一緒に食卓を囲んでいるようで、一人暮らしの寂しさも薄れる。彼女作れ?そんなの、できるんだったら、もう作ってるっつーの。キングオブダメツナとは俺のこと。女の子の友達も数人できたけど、友達以上に見てもらえません。

『もう気にしてませんよ』
『そうかなぁ。せっかくだから仲良くなりたいのに』
『きっと仲良くなれるでしょう』

普段は結構具体的なアドバイスをくれるあいつも、今度とばかりは助言に困ったらしくそんな一文だった。確かに、俺は相手の学年や学科どころか、名前すら知らない。どうやって近づけばいいのかなんて、見当もつかず頭を捻った。けど、やっぱり隣だなんて近しい距離なら仲良くしたい。かと言って突然訪問するのもおかしいし、広い校舎で闇雲に探すのもかなりの時間を要する。今度噂話好きのハルにでも聞いてみるかな。
あいつにアドバイスもらいたいことは他にもあった。先月父さんの誕生日だったのだが、プレゼントに悩んでいる。そんなにお金に余裕があるわけでもなく、こういったこともやり慣れているわけでもない俺は、少しヒントが欲しくて聞いてみた。どんなものをあげたらいいと思うか、いくつか参考になりそうな答えをもらい、携帯のメモに残しておく。やっぱりあいつはすごいなー。きっと親孝行してるんだろうな、と根拠もない憶測でほっこりし、ありがとうおやすみ、と今日を締め括った。


日差しが暑い。そろそろ夏も本格的か、と背伸びをしながら校門を出る。水曜は雲雀さんのいない日。山本たちが誘ってくれたが、今日は校外へ。三限もないし、のんびりとしてみようと思った。なにより今日は、あいつから素晴らしい情報をもらった。とあるファストフード店が今日は全国的にキャンペーンをやっているんだと。それは俺の大好きなお店で、またまた運命を感じるくらい学校の近くにもあったもので、こんなの行くしかない。使命である。

店内に入った。店員の間延びした挨拶とともに流れてくる冷えた空気が気持ちいい。お昼時だが、満席ではなさそうだ。カウンターへ向かい、わくわくしながら注文する。ジャンクと言われ様がうまいと感じてしまうもんは仕方ない。番号札を渡された。少し時間がかかるのだが、その分のクオリティなんだ。殊更、この待ち時間がより高品質な空腹へと誘う。突如湧いてきた食欲を紛らわすよう俺は席を探す。窓際のテーブル席にいいポジショニング、と。やることもないので、あいつに報告でもしとくか、と携帯を取り出したその時、目の前の椅子が鳴いた。今日は出来上がるのはやい!と感動に顔を上げれば、そこにいたのは店員ではない。隣人、昨日の美形男子だった。







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