然様、なら
(隣にいたい)

「雲雀さん!」

階段を駆け上がってきたせいで、息が荒い。じわりと浮かんでくる汗も拭わず、綱吉は給水タンクに向かって、ありったけの声を張り上げた。やや一呼吸遅れて、黒いの髪がこちらを覗く。

「どうしたの」

とっくにここを卒業している彼は、当然もうあの時分の学ラン姿ではなかったが、相変わらず母校の屋上を愛用していた。当時と違えるものと言えば、その服装と少し伸びた髪くらいである。そんな雲雀が空を見上げていれば、時折その背中に学ランが翻っているような錯覚を覚えてしまう。

「イタリアに、来てくれるって、」

聞きました、最後の言葉は飲み込んでしまった。綱吉の悪い癖だ。終いまで言わずとも、雲雀は悟ってくれるから。雲雀は何も言わないまま、軽い動作で綱吉の元へと降りてきた。ヒバリ、一緒に来るらしいぞ、家庭教師は大それたことでもないように言ってのけた。十分すぎる程の情報源だ。しかし、綱吉は、どこか信じきれずにいた。だって、初めから、あり得ないことだと思っていた。この町をひどく愛している彼が、それを放って自分なんかに着いてきてくれるわけないって。

「だって、僕がいなきゃ、駄目でしょ、君」

それは問い掛けではなかった。雲雀はそっと優しい手のひらで、綱吉の頭を撫でる。甘い感触に、綱吉は、隠しきれない嬉しさと、反面、鼻の奥をつく涙の気配とで、情けない笑顔を向けた。

「なに、その変な顔」
「雲雀さん、並盛から離れたくないんじゃないかなって、俺、雲雀さんに無理させてるんじゃないかなって、だから、」

雲雀の人差し指が、綱吉の唇を遮る。彼は、笑っていてた。見たことのない位の柔らかな表情に、綱吉は呼吸をするのも忘れてしまった程だ。

「やっぱり僕が思ったとおり、君は馬鹿だね」

そんな、と口を開こうとすれば、今度はそのまま、抱き締められてしまった。首筋に掛かる吐息が、体温を上昇させる。ぎゅう、と押し潰されてしまうかと思った。それでもいい、とも思った。ぺちゃんこになって、そのまま貴方の体に吸収されてしまえればいいのに。

「君がいなきゃ、僕が駄目なの」

ここまで言わなきゃわからない?とほぼ0距離から覗き込まれた。吸い込まれそうなその漆黒の瞳に、また呼吸を忘れる。いつか、この人には、酸欠で殺されるんじゃないか。そんな様子に気付いたのか、雲雀は目を細めた。慈しむような、眼差し。あぁ、すきだなぁ、この表情。

「飛行機、すごく時間かかるんですよ」
「いいよ、君の隣で寝てる」
「日本語、通じないし」
「君以外と、話す必要もないさ」
「俺、ドンになるんですよ」
「へぇ。その君を守ればいいんでしょ?」

冬の薄れた、少し暖かな風が、頬を撫でた。もうすぐ、春。






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140627




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