第8Q
「ウソでしょ……!?春風達が、こんな一瞬で!?」
ハーフコートで行われた、『神代の姫君』夜神薫と『幻影の五花』春風桜子・秋田萩歩・冬島雪音の四名での3対1。大多数の予想を裏切り、勝利を手にしたのは──夜神薫。目の前で繰り広げられたハイレベルな攻防を制したというのに、彼女はまだ余裕だといった風に、3人を見下ろしていた。
「くっそ…!夜神、お前…!!」
ゼェゼェ、と荒い呼吸を繰り返す秋田。
「ハァ、ハァ……コッチは全力でやったっていうのに………」
立っているのもやっとで、足が震えている春風。
「あ゙ーもぉおお!!強くなりすぎだっつーの!!」
床に寝転がり、ガシガシと頭を掻きむしる冬島。
そして──
「……これで納得していただけましたか?」
ボールを指で回しながら、悠然と佇む夜神。
彼女は、汗一つとして流していなかった。
「………」
コーチはその光景をただ黙って見ていた。
「(これが、『神代の姫君』…!)」
間近でそれを目の当たりにした部員達は、女版『キセキの世代』とまで云われたその実力を垣間見て、夜神の圧倒的な才能に戦(おのの)いた。
「(こんなのが、あと四人も居るわけ…!?勝てるはずがない!!)」
だけど──夜神は、女子バスケ界において最高傑作とまで謂わしめたNo1プレイヤーだ。ここは、彼女が入部してくれて良かったと言うべきか。
「…ったく、アンタはどれだけアタシらをコケにすりゃ気が済むのさ」
手で頭を抑えたまま、指の隙間から夜神を睨み付ける冬島。だが、それに怯むことなく夜神は答えた。
「まさか。私が貴女達に手を抜くわけがないでしょう。ちゃんと本気を出しましたよ」
「………!?」
一体、何の話をしているの…?
「ああ確かに本気は出していただろうね。全力は出してなかったけどな」
「!」
冬島の言葉に、その場に居た全員が驚愕した。多分、話についていけているのは本人達だけ。
「………」
夜神は、何も答えない。それは、無言の肯定。
「お前の『眼』を使うまでもないってことか」
「(眼…?)」
「悔しいけどそういうことね……私達もまだまだね」
フゥー…っと長い溜め息を吐いて、そう言葉をつける春風。どうやら、彼女も何か知っているようだ。
──パンッ
「話はそこまでだ」
今まで、ことの成り行きを見物していたコーチが、手拍子を鳴らし注目を集める。
「これで全員『女帝』の力が分かっただろう」
その言葉に、誰も異を唱える人物は居ない。
「夜神、とそれからお前ら。クールダウンに外周行ってこい」
先程までコートでプレイしていた四人を見て、指示を出す。
「分かりました。行きますよ、先輩方」
それを始めから分かっていたかのように、直ぐ様行動に移す夜神。
「うぇーい…」「…はぁい」「うぃーす」
春風ら三人もそれに従い体育館から出ていった。
「(あの三人が監督とコーチ以外の言うことを聞くなんて…凄いわね)」
でも、少しだけ納得した。夜神薫──彼女は間違いなく、あたし達を導いてくれる存在。人の上に立つことを許された絶対的強者。彼女に従えと、本能が告げる。
「残りの者は練習を始めろ。以上だ」
コーチの指示に、周りがゾロゾロと動き始める。
…っと、あたしも行かなきゃ。
「──それにしても、夜神薫。……とんでもない化物ね」
今思い知ったわ、『神代の姫君』の実力。あたしじゃ、到底敵わないわ。ま、関係ないんだけどね。もう、バスケ部辞めちゃおうかしら。レギュラーなんか、なれっこないしね。
とんでもない化物ね(残りの一枠を争う気なんてないわ)
(そんな彼女の名は──切原青子)