第26Q
『見てみて!男テニが試合してるよ!』
『マジ!?やーんカッコいいー!』
『幸村くーん!』
『仁王くん、頑張ってー!』
帰り際、フェンスに張り付き気味に近寄って、応援という名の奇声を発する女子たち。それはもう日常と化していて、鬱陶しいと思いながらも、規制したり注意することは別段なかった。
なのに───
「………」
「…誰も居ないね」
──シィーン…
連休明け一回目の練習。そこに、普段はわんさか居るはずの女子たちの姿が、影一つとしてなかった。
応援してくれる女子の殆どは文化部所属のため、学校に来ない連休中の分まで俺たちの姿を見ようと、連休明けはより一層煩かったのに。
「………何か、調子狂うな」
ふと呟く。俺たちの愛想のない態度に、愛想を尽かしたのだろうか。不安ばかりが募って練習に集中できず、普段は絶対にしない小さなミスが多発する。
「今日はもう、終わりにしようか」
「む、だが…」
「よせ、弦一郎。これ以上は、余計に悪化させるだけだ」
真田が納得がいかないと口を開こうとしたが、第三者に遮られ、渋々それを呑み込んだ。
いつもより一時間早く練習を切り上げ、部員たちに伝える。俺が部長な訳ではないが、一つ年上の部長がサボりのため、俺が指示を出すしかない。上級生も部長のサボり癖と俺たちの強さを知っているため、特に不満を言うことはない。
「さ、帰ろうか」
制服に着替え終わり、部室に残っているメンバーを促す。
「──……なぁ、幸村君」
丸井が噛み終えたらしいガムを捨てながら、新しいお菓子を手に持った。食べ過ぎだよ、お前は。
「どうしたんだ?」
俺が注意をする前に柳が口にしたため、少し小競り合いになりそうなところでストップを掛ける。「せめて数を減らせ」「分かった、分かったから開眼すんのはやめろよぃ」言い終わって、俺に振り返る。
「来週からテスト週間で休みになるし、そん時に遊びに行くっつうのも癪だし。今日だけゲーセンに行ってみねぇ?」
「………どうして俺に言うんだい?」
放課後まで制限を掛けるようなことは言ってないはずだよ?
「いや、そうじゃなくって。せっかくだし、全員で行ってみてぇなって思っただけだよぃ」
「戯け。俺と幸村たちは行かん。お前たちだけで──」
「ちょっと待って、真田。今日ぐらいは良いんじゃないかな」
「幸村!?」
「マジ!?やっりぃ!!」
本日二回目の遮り。真田は尚も反論しようとするが、俺の有無を言わせない圧力込みの笑顔に屈した。
そして部室の鍵を帰しに行こうと何故か全員で事務室に向かった。
「だから、あんたは少しは先輩を労れ!」
「いやッスよめんどくさい」
「もぉおおおおおおおお!何なのよぉおおおおお!!」
「うるさいわよ青子さん」
「うっせぇわ!!」
「キレんなってー。アイツに怒られるのアンタだぞ」
「 ム カ つ く ! 」
ギャーギャーと騒ぐ声が。
「(……赤也のお姉さん?)」
ハッキリとした面識があるわけではないが、赤也を通して会ったことがあるため、その声を識別することが出来た。
少し様子を覗いていると、赤也のお姉さんは数人の女子と会話をしていた。いや、一方的にキレかかって適当にあしらわれている。
思わず眉をひそめる。話口からして、後輩だろうか。だとしたら、物凄く態度が悪い。先輩に対する口調ではない。俺でさえいくらなんでも、ため口は使わない。案の定、礼儀に煩い真田が怒りを通り越して呆れを抱いている。
「(…まぁ、俺には関係ないから別に構わないんだけどね)」
余所の部活動のことにまで首を突っ込めるほど暇ではないし、偉いわけでもない。
そんな彼女たちの横を通りすぎようとした時。
「───何をしているんだ、お前たちは……」
ピタリと。俺の脚が停まった。
フゥ…とため息を吐いて憂いを感じさせるその声に、体が動かない。どうやらそれは丸井も同じなようで。真田や柳の不審そうな声さえも、聞こえない。
「中まで丸聞こえだ。大人しくしてろと言ったはずだが?」
もう一度その声を聞いてから振り返る。この声は、まさか。
──視界が、竜胆色に染まる。
「薫……すまん」
「ごめんなさい」
「…ま、煽ったのはウチらだしね」
「…悪かったわね」
「謝れとは言ってないが…まあ、受け取っておこう」
そして、竜胆色の瞳が、此方を向いた。
数秒間見つめ合って、漸く彼女が口を開く。
「…久しぶり、かな。ここで会うのは2回目だね」
「え、薫!貴女この子たちと話したことあるの!?」
「何それ、超レアじゃん。薫が
彼以外の男子と話すなんてさ」
「薫、精市くんらと知り合い?」
「知り合いというよりは、一度会ったことがあるだけだよ。丸井以外はね」
「「「「………え?」」」」
彼女の言葉に全員が驚いて、その人物に視線を向ける。
「よっ!部活おつかれ、夜神!」
「ああ。お前も御苦労様、丸井」
片手を上げて軽く挨拶を交わす彼女と丸井。
───彼女の名前を、丸井は知っていたのか。
「改めて自己紹介するよ。
女子バスケットボール部主将──夜神薫だ」
改めて自己紹介するよ(やっと君の名を知った)
(チクリ、この胸の痛みは、何?)