第12Q
「なぁー…仁王、知ってるか?」
1ーB教室、窓側から二番目の最後尾席。
何の偶然か、去年(中3)と同じクラス、同じクラスメートになった仁王に話し掛ける。スゴくねぇ?ここまでくればもうただの腐れ縁だろぃ。
「……何じゃ、イキナリ」
机に突っ伏していた顔を上げて、不機嫌そうな仁王。
いーじゃん、ちょっとぐらい聞けって。
「俺らの学年にさ、外部からの新入生でスッゲー美人なヤツがいるらしいぜ」
「ほー…」
ボーッと適当に相槌を打つ仁王に構わず、俺はベラベラと話を続ける。
「そんでさ──この四月から、早速女バスの部長になったんだとよ」
「ほー………………は?」
適当に聞き流して仁王も、流石に今のには反応を示した。まぁ、当然っちゃあ当然か。俺だって他のクラスメートから聞いたときは驚いたぜぃ。まだ入りたての一年、しかも外部進学者。さらに、俺ら男子テニス部と並ぶくらい有名な強豪である女子バスケ部。
「…ここまで言ったら、流石に分かるだろぃ。外部で女バスとくれば──あの女一人くらいしか、思い浮かばねぇだろ?」
脳裏に浮かぶのは、あの卒業式の日に出会った、竜胆色の少女。基本的に女子には嫌な思い出しかない幸村君すら、認めた女。名前も知らない。だが、その声も、その瞳も、一度だって忘れたことはない。
「それがどうしたんじゃ、丸井」
怪訝そうに眉を顰める仁王。そんなカオしてっと、女が逃げるぜ。
「別に。ただ気になっただけだよぃ。名前ぐれぇ聞いときゃ良かったなって」
あの女と行動を共にしたのはたったの数分だ。そのほとんどは俺と幸村君と喋ってた。始めの警戒心はどこに行ったんだって?気にすんな!後悔はしてんだ。反省はしてねぇけど。
「………ほーか」
仁王は再び、興味なしとそっぽを向く。その反応が腑に落ちなかったが、まぁそんなもんだよなと流した。
「(まさか、な。丸井が、ーーーーしたかもしれんとは…)」
仁王があることを感付いていたとは、知るよしもなかった。
***
「(んー…腹が減ってイマイチやる気が出ねぇ…)」
入学式から一週間が経ち、仁王にあの話をしてから二日。部活動紹介やオリエンテーションも終わり、やっとこさ授業が始まったというところ。
移動教室の途中で、お腹が鳴ってしまった。うわぁ…ハッズ!
案の定、周りで聞こえていたらしい奴等が苦笑いを浮かべている。同情すんなら菓子をくれよ!やべえ、穴があったらソッコー入りてぇ。
「──そこの赤髪の君。少し聞きたいんだが、良いかな?」
「…ん?俺か?」
立海で赤髪といえば俺くらいだが…この声、どこかで聞いたような…。
「第二音楽室はこの階で合っているか?」
「第二?だったら奥の方だけど…──って、ああっ!?」
振り返ってその声の主を探せば、目に入ったのは、あのときの美少女。思わずそのカオを指で差してしまって、ハッとする。
「わ、ワリィ…」
「いや、構わないよ。それより、私の顔に何かついているか?」
ズシン。頭の上に、何か重いものがのしかかる。覚えられてねぇ!あんなにアピったのに!
無自覚に爆弾発言を(心の中で)する丸井。
「いや…何も」
「?そうか、教えてくれてありがとう。お礼に、これを貰ってくれ」
「は?別にんなもんいら………なくない!」
むしろくれ!いや、ください!差し出されたのは、数個の御菓子。
「フフ…クラスメートの子に貰ったんだが、生憎同じものを別の子に貰っていてね。二つ持っていたから、良かったら君が貰ってくれ」
「良いのか!?んじゃ遠慮なく!」
マジか!サンキュー俺の女神!
お腹が減りすぎて、少女の無自覚に(以下略)をスルーしていた。
「──あ、」
ふと、あることを思い出す。
「…どうかしたか?」
不思議そうな表情をする少女に、丸井は至極恥ずかしそうに顔をそらす。
「……あのよー、お前、名前は?」
俺の言葉にキョトンと豆鉄砲を喰らったかのような表情をする。だが、それも一瞬のこと。すぐに、穏やかな笑みに戻った。
「私は夜神薫。君とは卒業式の日に会っているよね?」
「!お、覚えてんのか!?」
「勿論。印象的だったからね」
ニコリと微笑む夜神に、思わずドキリと心臓が脈を打った。
──え、ドキリ?俺が、夜神に…?嘘だろぃ…まさか、そんな。
「──…俺は丸井ブン太!シクヨロ☆」
とりあえず、自己紹介はしないとな。
──クスリ
「こちらこそよろしく、丸井君」
──ドクン
う、わ…。夜神のソレは、酷く極上で。周りの奴等も、それに呑まれる。
「…やっべ」
ボソリと呟く。だって、やべえよ。
ソレは、反則だろぃ。顔が赤くなる。
まさか、まさか。冗談じゃねぇよ。
頼むから、杞憂で終わってくれ──
この俺が、一目惚れなんて。
俺はまた、繰り返すのか?
こちらこそよろしく(忘れると、決めたのに)
(違う、これはただの興味だ──)