第10Q
「──ったく、何であたしがこんな目に……」
切原青子は、余裕綽々といった風の夜神と、疲れてはいるもののまだまだ体力の有り余っている春風ら3人を睨み付け、ふてぶてしく呟いた。
「(夜神は何であたしなんかに目ぇつけたわけ…?もっと他にいるだろうに)」
あたしが夜神に会ったのは、ほんの少し前。それまでは、此方が一方的に知っていただけだ。
それなのに──
「(向こうから声を掛けてくるなんて…思ってもみなかったわ)」
***
──3日前
「(……あっ、くそ!また捕まえられなかった!!)」
昼休み、屋上にて。隠し持ってきたゲームをプレイしていた時。え、ダメだろって?バレなきゃ良いのよ、こんなもん。あたしは弟と違って、そんなヘマしないもの。
「(もぉー!!伝説だからって調子乗んなよ!)」
ゲームに文句を言っても仕方ないが、あたしは今最高にキレていた。短気って言うな。
「どうしたら捕まえられんの…」
「タイマーボール使ってみたらどうですか?もう結構時間経ってるでしょう」
「あー、その存在 忘れてたわ………って、え?」
屋上は本来立ち入り禁止で、あたししか居ないはずなのに…あたし誰と話してんの?
声の主を探して上を向けば──
「…夜神っ!!?」
「どうも」
顔を上げれば、そこにいたのは先程まで考えていた事の中心人物。いや、どうもじゃねぇよ!ビックリさせんな!
てかアンタ、ポ○モン知ってたの!?そっちの方がビックリだわ!
「つか何で校舎内に…」
まだ入学してないのに…まさか、不法侵入!?
「失礼ですね。ちゃんと許可は貰ってますよ」
「え゙」
あたし声に出してたっけ…?
「表情でだいたい分かりますよ。切原青子さん」
「──…何で、あたしの名前を」
たかだか2軍のレギュラーのことを。
不審がるあたしに、クツリと愉快そうに笑い。
「そりゃあ知っていますよ。貴女、赤也のお姉さんなんでしょう?」
「なっ…!?」
「やはりそうでしたか」
夜神から口に出された名前に反応してしまい、咄嗟に繕うも、彼女に通じるはずもなく。
「バレたら仕方ないか………そうよ、赤也はあたしの弟。何で、あの子を知っているの?」
「まぁそう殺気立たないでください。私と赤也はただの知り合いです。共通の友人を通じて、ね」
「…アンタ、中学は立海じゃ…」
「氷帝ですよ。跡部景吾という名前を聞いたことはありませんか?」
「ブフォッ!」
その名前を聞いた瞬間、吹き出してしまった。
「そ、その名前は出すな!」
「…アレは自分に靡かない女子には全員突っ掛かりますからね。御愁傷様です」
「死んでねぇよ!勝手に殺すな!知り合いなら止めろよ!」
何済ました顔してんだアンタは!
「それは何度も試みましたが無理でしたよ。アレは人の言うことを聞く奴ではないので」
「………」
さっきから気になってたんだけど、アレって呼び方酷くない?あたしが言えたことじゃないけど。
「──景吾から貴女達姉弟の話を何度か聞いています」
カシャン…と柵に背を預け、淡々と語りだす夜神。
「姉弟揃ってひどく不器用で、生意気な人だと。それが原因で、上級生にイビられることもあったそうですね」
「……………」
他人に言われるのはムカつくが、合っているので何も言えない。
「景吾が話す多くは赤也のことでしたが、私が興味を持ったのは、天才と呼ばれる赤也ではない──稀に話題に上がる貴女なんですよ、青子さん」
「………は、」
何を言っているの、コイツは。普通なら、あたしなんざに興味なんて抱かないでしょう。あたしなんかより、ずっと目立つ場所に居る赤也の方が…あぁ、コイツは普通なんかじゃなかったっけ。
「全国で活躍する赤也(弟)とは違う。
……そう思ってませんか?」
「!」
思っていたことを言い当てられ、少なからず動揺してしまう。
「貴女は貴女が思っている以上に非凡だ。
確かに、才能(光)はない。──だが、特別(影)にはなれる」
「…っ!」
夜神の言っていることの意味は分からないし、出来るわけもない。だけど、これが夜神の言いたいことだということは分かる。試しているのだろうか、あたしを。
「周りの誰かから、存在感がないと言われたことはありませんか」
「………」
「赤也と比較されて、蔑ろにされたことはありませんか」
「………」
「聞いたことはあるはずです。──『神代の姫君』幻の6人目の噂を」
「!」
見えた。夜神の目的が。
──胸糞悪いわね、ホント。
「断る」
「…」
あたしの返答に、夜神は驚くことなく平然としていた。
──もしかしなくても、初めから、そのつもりだった?
「フフ…それでこそ影だ」
むしろ、笑っていた。いや、嗤っているいるのだ。新しい玩具を見つけた、子供のような瞳で。
夜神薫は、ひどく純粋だった。
育ってきた環境が故に、人間の裏と表をよく理解している。
遠い未来、財閥を担うこととなるその小さな体には、たくさんのモノが背負われていた。期待、羨望、嫉妬、憎悪、偽善、偽りの友情、偽りの家族愛。数多の汚い感情が、彼女に向けられていた。
彼女がそれを知ったのは、わずか六歳。普通の子供ならば、壊れても可笑しくはない。
だが、彼女は子供ながらに、その重圧に耐えた。
──しかし、未熟な上に、一人で背負ってしまったがために、とある反動を抱いてしまった。
それこそが、ある意味での二重人格である。
夜神′Oであるための、冷静かつ温厚で、頼りになるリーダー格の表側。
夜神薫≠ェ本来持っている、同年代より少し大人びた裏側。
皮肉なことに、かつて親友であった彼女の言う【アイツ】──赤司征十郎と同じ運命を辿ることとなる。
「(夜神の目的は、一体何なの…?)」
だが、切原青子がそれを知ることは一切ない。先程見せた一瞬の裏が、どうしても瞼の裏を霞む。
数秒前まで裏≠ナあったはずの右目が、本来は翡翠であったはずの右目が、竜胆に色を変えていたことに。切原が気付くことは、ないのだ。
「私は同じように育てる気はない。作り替えるんだ。
貴女には──白夜晴菜(旧型)を越える素質がある」
スッと差し出された右手に、あたしは考える。
「(昔から………赤也だけだった)」
いくら努力しても、敵うことのない夢。才能という壁を感じさせられたあの日。あたしは、テニスを辞めた。
赤也が憎いわけではない。あの子はあたしの可愛い自慢の弟だ。ただ、あの子の持つ才能が羨ましいだけ。
──否、本当はそんなこと思ってない。羨ましい、何で。憎いよ、どうしてあの子が。妬ましい──何であたしじゃないの。
羨望と嫉妬は紙一重だと、誰が言ったか。
この手を取れば、100%でないが、それと行っていいほどその夢が叶う。
夜神に見出だされるということは、それを意味するということを、切原は本能で感じ取った。
「(最後に一度くらい、夢見たって良いよね)」
だけど、これは手を借りるんじゃない。
己の手で、掴み取ってやるわ。
「良いわ、やってやろうじゃない!」
右手を天高く上げ、夜神も察したのかハイタッチを交わす。
「その返事を待っていましたよ」
──ここからが、立海女子バスケ部の始動だ!
それでこそ影だ(夜神……いいや、薫、かな)
(あんたに最高の舞台を用意してやるわ)