「ん、これで良し。」 僕は満足そうに一人、頷いた。目の前にはキレイな光沢を放った革靴があった。 今日は土曜日。その夜に大学のサークル主催のクリスマスパーティがある。 パーティというからには、ちょっとおしゃれしようという事で慌てて靴箱から使っていない革靴を探し出した。 今まであんまり履いていなかったし、ご丁寧に箱の中に収めていないから探しだした革靴は埃まみれになっていたけれど一生懸命、磨いたら意外にキレイになった。 「さて、そろそろ準備しようかな。」 時計をちらりと見て僕は革靴を玄関のたたきに置く。 さぁ、仕度をして今から『彼女』を迎えに行こう。 僕には片思いの女の子がいる。 明るくて気さくで可愛くて、大学で初めて会った時から僕はその子に『恋』をしていた。 告白だって実はしたことがない。 だって、彼女には初めから彼がいた。 彼女から見たら僕はただの『友達』 だから本当はこの恋は初めから、僕の片思い。でも……それでもいいから、僕は彼女の『友達』としてそばにいられればいいと思っていた。 そんな僕でも、ラッキーなことはある。 今日はパーティまでの彼女のエスコート役は彼じゃなくて、僕。 数日前に彼女から彼が都合でパーティに参加出来ないからと、僕に当日のエスコートを頼んだ。 その時の彼女の寂しげな顔に気づかないフリをして、僕は一生に一度しかないチャンスに内心、喜んだ。 僕はちょっとだけ躊躇してから、彼女に頷いて返事した。 腕時計の針はまだ5時過ぎ。気づけば辺りはもうすっかり暮れていた。 愛車のバイクで僕は街を駆け抜けていく。 街はクリスマスの華やいだ雰囲気。歩道を歩く人達を横目で見ると何処か楽しそうだ。僕も楽しい気分だった。 今頃、彼女はきっとこの日の為のドレスを選んでいると思う。 彼女はどんなおしゃれをするんだろうか? でも彼女なら、どんな服装だってキレイ。 迎えに行って一番、初めにキレイに着飾った彼女を見られるのはとても嬉しかった。 そして彼女のキレイな姿を見ることができない彼に、少し優越感を抱いた。 冷たい木枯らしが吹いても、僕の幸せな空想は尽きなかった。 彼女のアパートまで次の交差点で左に折れれば、すぐだった。 もうすぐ彼女に逢える。僕は逸る心を抑えた。 その数分後、悲しい事が待っているとも知らずに。 僕は、バイクから降りないで遠くでじっと二人を見ていた。 彼女のアパートから、彼女らしい人影を見かけて、バイクのクラクションを鳴らそうとして止めた。 彼女のそばには都合でパーティに出られないといった彼がいた。 嬉しそうな表情の彼女。今日一番キレイな姿。僕は胸が張り裂けそうになる。 そうするうちに彼女は路肩に停められていた彼の車に乗り込んだ。遠くで見ているだろう僕には気づかずに。 僕は彼女にとってやっぱりただの『友達』。 自分を迎えに来るだろうと待っていた彼女にそして、彼女の為に迎えに来ただろう彼に初めから僕が割って入る隙間は、ないんだ。 「やっぱ失恋かぁ」 僕は不意にぼやける視界をはぐらかす様に、顔を上げて苦笑した。 彼女が僕に聞いたことを思い出す。 『好きな娘はいないの?』 僕はその時、彼女の問いに笑ってごまかした。 好きな娘はいないよ、と。 彼女を前にして僕はいえなかった。 好きなのはあなただと、いえなかった。 僕は彼女に対してちょっとした勇気を持てなかった。 もし、この思いを伝えられたら今頃どうなっていただろう? さっきまで冷たくなかった風が何故か身に染みた。 この自分の想いを抱え、途方に暮れながら大学に向かう。 二人の後を追う様に。 日曜日に彼女から携帯に連絡があって、少しだけ話をした。 僕はあの後パーティーに行っても二人となるべく会わないように、顔を出してすぐに帰った。 携帯の向こう側にいる彼女は僕にすまなさそうだった。 僕は笑って気にしないで、と伝えた。 失恋の痛みをまだ感じているけれど、それでも僕は彼女が好きだから彼女が幸せならそれでいい。 携帯を切ると僕は新しい革靴を履いて外へ1人、出て行く。 そして黄昏が降りる中、僕はつかの間の優しい夢を見た。 taxt |