★新しい朝★

「セシルが目を覚まさない」
足音を立てず、セシルの眠る部屋へ入ってきたセオドールに、カインは低い声でそう言った。
「もう4日目だ。どいうことだ?」
視線はセシルに向けたまま、後ろに立っているであろうセオドールに怒気を含んだ問いかけをする。
少しの間の後、セオドールは諦めにも似たため息を漏らした。
セシルの目覚めが遅れている原因をセオドールも知らないのだ。
どうしようか考えあぐねている。
カインもその気配には気づいているが、身に積る苛立ちをセオドールにぶつけることでしか慰めることができなかった。
もしかしたら、セシルは目を覚まさないかもしれない。

これこそ、ゼムスが企てた悪戯なのかもしれない。
セオドールは考えていた。
セシルへの想い故にヴァンパイアにされた自分。
そして、同じくセシルを想うカインをヴァンパイアにした。
その自分たちからセシルを奪い去ることで、いよいよ無意味となった永遠を二人で歩かされるのか。
その様子を笑いながら眺めているゼムスの姿を想像した。
腹の底へ募る苛立ち。そして、ぞっとするような寒気。

カインは荒々しい靴音を響かせながら、邸から出て行った。
セオドールはその後ろ姿を見つめる。
また、街へ獲物を狩るために出て行ったのだ。
始めのうち、カインは人間を襲い、その血液を啜ることを躊躇っていた。
しかし、セシルに牙を突き立てた日から、一日でも早くセシルが目覚めるよう、街で血と精気を集め、セシルに注ぎ込むようになった。
今やカインは何の躊躇いもなく、人間を殺すようになっていた。

その痛々しいまでの努力をセオドールは冷静に見ていた。
この浅ましい姿こそ、ヴァンパイアなのだ。
もし、セシルが目を覚ましたら、セシルも同じことをするようになる。
そう考えると、このまま目を覚まさない方が、セシルにとっては幸福なのかもしれない。
セオドールはセシルの髪を撫でた。
もう一度、自分へ向かって微笑んで欲しい。しかし、自分と同じ絶望を味わって欲しくない。
セシルの頬に口づけ、静かに部屋を出た。

セオドールと入れ替わるようにして、カインが再び部屋の中へ入る。
そして、ベッドからセシルを抱き起こし、先ほど獲得した精気を分け与える。
セシルの体は精気で満たされているはず。なぜ、目を覚まさない。
カインはセシルの体を力いっぱい抱きしめた。
俺はセシルを殺してしまったのだろうか。
セシルのだらりと垂れた腕を見ながら思った。
「セシル」
銀糸の中に顔を埋めながらカインが悲痛な声を上げる。

すると、背後から、自分の髪を持ちあげられる感触があった。
背中で自分の髪が揺れている。
セシルの指先がカインの髪に絡まった。そして、その髪を撫でるように梳く。
セシルがいつもカインにしていることだった。

カインは恐る恐る、セシルから体を離し、その顔を覗き込んだ。
開かれたすみれ色の瞳がそこに在った。
薄く開かれた瞳は銀色の睫毛に彩られている。
セシルはカインの疲れ果て、隈のできた瞳を不思議そうに眺めている。
髪をいじっていた手をカインの頬へ持っていく。
そして、深海を思わせるような青い瞳から流れる涙を拭った。
「・・・カイン」
呟いて、セシルは笑った。
笑みで細められたすみれ色を見ると、カインも笑い、もう一度セシルを抱きしめた。

長い抱擁の末、セシルは身じろぎをすると、まだ眠いと言って、もう一度眠りに就いた。
カインはセシルの規則正しい呼吸を確認すると、ようやく一息ついた。
再び仮死状態に陥る様子は見られなかった。
カインは立ちあがると、部屋を出た。
階下へ降り、セオドールにセシルが目を覚ましたことを告げた。
セオドールは、そうか、と呟くと、カインの顔をまじまじと見た。
蒼白だった顔に少し赤みがさし、瞳が生気を取り戻していた。
いつもの気丈なカインだ。
―この青年には随分と悪いことをしてしまった。そして、セシルにも・・・―
セオドールは思った。

少し時間をおいて、セオドールとカインはセシルの部屋へまた入って行った。
その物音にセシルが目を覚ます。
「兄さん」
セシルの顔がパッと華やぐ。
すぐに立ち上がろうとするセシルを制して、セオドールはベッドへ身を寄せると、セシルを抱きしめた。
セシルは久しぶりに感じた兄の体に縋りつくように抱きついた。
カインはセシルのうれしそうな顔を見て、頬笑みを向けると、踵を返し、部屋から立ち去った。

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