モーセと百瀬(side百瀬)

 

 集団に馴染めず爪弾きにされる日々の中、“その筋”であればうまくやっていけるのではないかと門戸を叩いたのは、一帯で有名な『米山組系 八木山会』。

 環境に慣れることに必死で我武者羅だった。気付けば、下からは慕われる立場になっていたが、上の一部の人間から目障りに思われていたようだ。
 ある1つの失敗を起因に、あるとこないこと罪を背負わされた。


 −−ここまでか。


 爪弾きにされた生活に慣れすぎたせいだろう、まともな死に方をしないことは予想ついていた。後に、刹那的だ、意地が足りないと言われたが、その時は死ぬことに抵抗する気にはなれなかった。

 それでも、向けられた銃口を見続ける強さはなく、目を閉じた。

 そんな時だった−−。


「いらないなら、それちょーだい」


 子どもの台詞。
 そう聞こえたのは一瞬で、幼い声に含まれる笑いは状況を理解していることが窺えた。


「威武(いぶ)、あっちに行ってなさい」
「なんで? ここ玄関なんだから騒ぐそいつらをどっかにやればいいじゃん」
「威武、」


 突如現れた少年は、険しい顔の八木山会会長に怯むどころか飄々と受け流す。

 この少年を見るのは初めてではなかった。
 犬養 威武という会長の孫。

 八木山の本家で暮らしていながら、堅気だった父親の遺志を受けて、こちらには近づこうとしなかった子ども。
 こちらも必要がなければ近づかず、適度な距離を置いていた。


「僕が血の匂い嫌いなこと、じーさんだって知ってるはずだよね? ここで“それ”を処分されても困るんだけど」
「お前が口を挟んでいいことではない」
「そう言うなら、場所考えてくんない? いい迷惑だよ」
「威武!」

「−−いらないんでしょ?」


 会長の叱責など聞こえていない風で、俺を指さして少年は言う。


「だったら、ちょーだい」


 無愛想というよりも無関心な無表情が浮かぶ、活気の感じない顔。
 それは、欲しいものを強請る子どもの表情とはかけ離れていた。

 しかし声は、声変りを迎えていない高い声ではあったが、流石は会長の孫。
 −−何者も逆らうことを許さない威圧を感じさせた。


「……お前が、どう使うというのだ」

 少し逡巡した会長は、躊躇いからか言い澱む。


「少なくとも処分するよりマシでしょ?−−あ、そうだ。モーセが死んじゃったから」


 名案、と手を打つ動作は無邪気。しかし、その瞳は無邪気には程遠い。
 『死』の言葉が発せられたとき、少年の瞳にあった感情を知る。


「僕の犬にしてあげる」


 ぐいっと俺の胸倉を持ち上げようとする少年と一瞬だけ目が合えば、殺しきれなかった感情に顔が歪んだ。

 泣きわめくことも当たり散らすこともない、理性的でひねくれた感情表出をする少年に目が離せなくなった。


 

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