03
嘘の電話(side. 真彩)
『転校生連れてこい』
4限目が終わると同時に、電話が鳴った。
相手は、古宮。
生徒会長だ。
それだけ言ってブツリッと切られた携帯。
連れていく場所はたぶん生徒会室。
でも、連れていく理由は何だろう。
とりあえず、
昼食を摂ってからでいいだろうか。
僕のそんな思考を読んだように、また古宮から電話が掛かる。
『すぐ連れてこいよ!』
「昼ごはんくらい食」
『つべこべ言ってんじゃねーよ!』
キン、と耳の奥に響く。
電話口で怒鳴らないでほしい。
『あー神原?』
思わず耳から離していた電話。
怒声じゃなくて、聞こえた柔らかい口調が聞こえてくる。
電話先の話し手が変わったことが分かる。
「辻塚?」
副会長だ。
『いきなり悪いね。転校生くんって同じクラスだろう? 生徒会室に連れてきてくれないか? 書類に少し不備があってね』
そういうことか。
それなら仕方ない。
「分かった」
季節外れの転校生。
話題性だけでも目立つのに。
生徒会室に連れていくなんて、余計に目立つ。
忍びないけど、仕事だから。
校内放送で呼び出すより良いかな。
「相浦くん」
僕が声をかければ、教室の中がざわめいた。
書類に不備があること。
生徒の書類を管理している生徒会室に来てもらわなければいけないこと。
下手な説明だったけれど、納得してくれたみたいだ。
「ごめんね、せっかくの昼休みが」
書類のために潰されるなんて。
昼食もまだ摂っていないだろうし。
「おー、マジ腹減った」
さっさと終わらせて、飯食いたい。
同じ意見だ。
読みかけの本の続きも気になる。
相浦 光くん。
少し話しただけでも分かる、明るい性格。
すぐにクラスに打ち解けるだろう。
「なぁ」
「どうかした?」
「名前教えてくれ!」
あぁ、そういえば。
生徒会書記をしていることは話したけれど、名前を言ってなかった。
「神原、真彩だよ」
よろしく、と呟いた。
「かんばる?」
「うん。神に、原っぱって書いて、神原」
カンバル。
カミハラでもカンバラでもない。
珍しい読み方。
思い出すのは秋月。
アキヅキじゃなくて、アキツキ。
悪いことしたな。
覚え間違っていたなんて。
「マーヤな! 俺のこと、光って呼んでくれ!」
名前で呼ばれるのは久しぶりだ。
「光くん、でいいかな? 良い名前だね」
明るい笑顔を見せる彼には、とても似合っている。
それに、緑の瞳も。
「孔雀色って言えばいいのかな」
「へ?」
「綺麗な瞳だなって思って」
孔雀色。
ピーコック・アイだ。
「魅力的で引き込まれそうになーー」
「だあぁぁ! もう止めろ!」
褒めたつもりだったのに、嫌だったかな。
気に障ったかな。
「〜〜〜こっぱずかしいだろっ」
頬が少し赤くなっている。
照れている。
そんな顔も可愛いと思った。
同級生の、男の子に可愛いは失礼。
だから口にはしない。
「恥ずかしい? 本当に綺麗だと思ったんだけどな」
名前も。瞳も。
「マーヤって何か……」
「え?」
「いや、何でもない!」
そう言っても、光くんはブツブツと何か呟いていた。
何だろう。
*
生徒会室に着いた。
「ココだよ」
「へぇ〜豪華だな」
率直な言葉に、僕も頷く。
ここまで飾り立てる意味あるのかなって正直思う。
「あ、」
「どうかしたかな?」
「生徒会室ってことはさ……もしかしなくても、カイチョーとか居たりする?」
カイチョー。
会長。
生徒会長。
「う、ん……」
いないことを願うような眼差し。
でも、ごめん。
最初に呼んだのは会長、古宮だ。
「うげぇー」
「もう会った?」
「会った」
転校してきて、まだ初日。
何処で会ったのだろう。
もの凄く嫌そうな顔をしている。
古宮はあの性格だから、何か強引なことをしたんだろうな。
「ちょっと分かりにくい性格だけど、悪いやつじゃないんだ」
不器用な優しさしか見せられない人だから。
だから、嫌わないでくれるかな?
僕なんかが、差し出がましいことを言っている。
「一応、助けてもらったし…………いや、でも……んー、分かった」
何か思い当たる節があるらしい。
よかった。
「どうぞ」
扉を開けて、室内へと促した。
「遅ぇんだよ、神原!」
生徒会室に踏み込んだ途端、響く古宮の怒声。
そんなに怒らなくたって。
説明する時間とか必要だったんだ。
「うわっ、寄るな! 来んなよ!」
「次に会ったとき、俺のもんにするって言ったはずだ」
「嫌だっつった! 離せっホールドすんな!」
……ホールドじゃなくて、ハグだ。
古宮なりのハグだよ、たぶん。
本当に古宮と光くんは何処で会ったのだろう。
光くんのこと、すごく気に入ってるみたいだ。
だけど、
「古宮」
「何だよ」
「書類、先に終わらせたほうが」
「そうだよ! 書類にミスがあるからって──」
古宮の腕の中で、光くんはジタバタ暴れる。
身長差があるから、抜け出すのが難しそうだ。
「あぁ、あれ。嘘」
「へ?」
「…………え、」
嘘。
虚言。
「古宮がお気に入りできたって言うから、見てみたくて」
辻塚はとても晴々しく笑ってみせた。
「騙したな!」
光くんの怒りももっともだ。
何でそんな嘘つく必要が。
「そう言わないと、神原は一般生徒を生徒会室にいれないだろ」
そうだけど、でも、だって、
ファンの子たちが動くじゃないか。
それに、
「昼ごはん、まだ食べてないんだ。僕も、光くんも」
「ここで食べればいいだろ」
当然のような言い方。
「テメェなんかと誰が飯食うか!」
「遠慮すんな」
「遠慮じゃねぇ! 嫌だっつってんだ!」
古宮の脛を蹴り、光くんは腕から逃れてくる。
「ウソツキなんかと誰が一緒に飯食うか! 行くぞ、マーヤ!」
僕の手を引いて、光くんは生徒会室から駆け出す。
閉まる扉の向こう。
古宮が何か叫んでたけど、聞き取ることはできなかった。
「やっぱ、アイツは嫌いだ!」
ウソツキだし。
何も言い返せない。
そう言われてしまったら。
「ごめんね」
「何でマーヤが謝るんだ?」
「それは……うん、ごめん」
それでも、悪いやつじゃないんだよ。
古宮は。
僕の幼なじみは。
「意味もなく謝るなよ。あーぁ、怒ったら余計に腹減った!」
時間を見れば、昼休みが残り15分しかない。
昼ごはん食べてたら、確実に5限目に遅れる。
でも、お腹空いたな。
「なぁ食堂って何処だ?」
光くんはごはん食べる気だ。
食堂に人がいなくなってる頃だろう。
僕も久々に食堂で食べようかな。
そうしよう。
「案内す……」
「おい」
廊下。
反対側から歩いてきた秋月。
紅い瞳が、いつも以上に鋭かった。
怖い。
すくんで動けなくなる。
怒ってることが伝わってくる。
「おい、」
「…………っ」
長い腕が、僕の胸ぐらを掴む。
そのまま壁に押さえつけられた。
衝撃で、息が詰まる。
「紅狼っ何してんだ!」
「黙ってろ」
壁に押し付けられた背中が痛い。
固く尖った何かが当たってる。
「生徒会が、コイツに何の用だ?」
言葉は疑問形。
だけど、その視線は答えることを許さない。
秋月の手は、僕の首をぎりぎりと締め上げる。
「マーヤは悪くねぇ! デルタのヤローが嘘ついて……紅狼、止めろっ」
「嘘? 同じ生徒会のくせに気付けねぇのが悪い」
痛みと、苦しさ。
そして恐怖が、僕の自由を奪う。
うまく呼吸ができない。
「生徒会が鳥に手出してんじゃねーよ。伝えとけ、次はないってな」
突然、秋月の手は離れた。
解放された身体は、意思とは別に脱力する。
情けなくも、膝から崩れ落ちた。
「はっ」
浴びせられる嘲笑。
「紅狼!」
「るせっ、行くぞ」
「あ、ちょっ……!」
去っていく秋月。
連れていかれる光くん。
取り残された、僕。
始業のベルが響く中、ただ動けずにいた。
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