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side.弓槻


「何で何で何で――」


 全て上手くいくはずだった。

 古宮様のため。

 古宮様に気に入ってもらうため。
 財閥の恩恵を受けるため。

 僕の手筈は、全て順調なはずだった。


「…………っ」


 噛み締めた奥歯がギリリと音を立てる。


「惨め、ですね。前生徒会書記ともあろう方が見苦しい」
「うるさ――やぁ、芹沢くん」


 僕に話しかけてきたのは、芹沢くん。
 現風紀委員会の副委員長。

 芹沢くんの家系は政界法曹界に多く輩出されてることを、僕は知ってる。
 彼自身、政界に興味を抱いてることも。


「こんなところで奇遇だねぇ」


 嫌味を言われたけれど、僕がムキになるわけがない。
 僕の方が先輩なんだし。
 冷静に落ち着いて、僕は芹沢くんに笑みを返した。


「奇遇?……たまたま貴方が西校舎裏にいて、たまたま私が西校舎裏に歩いてきた、と思っているわけですか。おめでたい頭ですね」


 先輩である僕に対する口の聞き方じゃないけど、僕は聞き流してあげる。

 毒舌は芹沢くんの挨拶代わりだ、と僕は知ってるから。
 誰に対しても言葉の鋭さに加減はない。


「奇遇じゃないなら、僕に用があったのかなぁ?」
「……何の用か足りない頭でも少しは考えて見たらどうですか? そんな体たらくだから東郷からつま弾きにされてしまうのでしょうね」


 子どもとはいえもう高校生なんだし、もう少ぉし言葉の使い方を考えたほうが身のためだと思うんだけど。

 まぁ優しい優しい僕だから大目に見てあげる。


「そんなこと言わないで教えてほしいなぁ」


 苦笑しながらそう言い返した僕だけど、もう答えは分かってる。

 僕は知ってる。
 ――芹沢くんも嫌っていることを。
 神原を名乗って古宮様に甘えるアイツのことが、嫌いで嫌いで堪らないことを。

 芹沢くんも、アイツを排除する時期だと感じたんだ。
 だから、この僕に接触してきた。


「予想はついているのでは?」
「勿体振らないでよ、芹沢くん」


 1人じゃ排除できないから。
 芹沢くんは、僕と協力することを考えたんだろう。

 僕としても損はない。
 政界法曹界に通じる芹沢家とのパイプを持っておくのも悪くない。

 そういう意味では辻塚くんとの繋がりも欲しかった。
 まぁ、辻塚くんは中山の分家に過ぎない。パイプと言える程じゃぁない。
 僕にとっては、芹沢くんとの縁のほうが価値がある。


 これからの縁も考えて、優しい先輩である僕が、芹沢くんに協力してあげよう。
 ――神原真彩の排除に。


「神原真彩くんのことっていうのは、分かってるんだよ?」
「…………それで、先輩のご意見は?」
「これ以上付け上がらせないためにも、そろそろ本格的に動こうかと思ってる」
「――ほう」
「古宮様の恩情にすがりついてる羽虫は、早く排除するが古宮様のためでもあるんだ」


 早く――そう早く。

 なんで他の古宮財閥傘下は動かないのか。
 僕以外、事実に気付けていないお馬鹿さんたちだから仕方ないんだけど。


「排除、ですか」


 すっと芹沢くんは瞳を細める。

 さっきの忠告は、仁保に邪魔されちゃったけど、今度は。
 今度こそは――。


「弓槻凛。生徒会役員への妨害及び暴行計画の容疑で、風紀取締室へご同行願います」


 ――な、んで。

 芹沢くんの言葉を理解するより早く、建物の陰から現れた風紀委員に取り囲まれる。


「仁保との件では被害者だったとはいえ、風紀の意識が向いている今すべき発言ではないですね。仮にも“風紀副委員長”たる私の前で」


 浮かぶ嘲笑。
 向ける対象は、僕。

 なんでなんでなんで――!!


「君だって――芹沢くんだって、アイツが嫌いなくせに!! あんな奴っ神原の家を継げないくせに古宮様の隣にいる奴なんて!」


 取り押さえられながら放った言葉に、芹沢くんは涼しい表情をぴくりとも変えない。


「えぇ神原真彩は嫌いですよ。ですが、排除したいわけではありません。打ち負かしたいのです」


 そもそも、と言葉を続ける芹沢くんの瞳には侮蔑の色が濃く映る。


「思い通りに物事を進むと夢見ている痛い人間に、協力を求めるなどと本当に思っておいでで?――馬鹿馬鹿しい。」
「君、誰に言ってるか分かってるの!?」
「状況が分かってないのは貴方のほうでしょう? 何をしているのです。早く連れていきさない」


 なんでなんで、どうして――。
 すべて上手くいくはずなのに。


「神原真彩を打ち負かしていいのは私だけです。横から姑息に手を出さないでいただきましょう」


  

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