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絶え間(side.古宮)


 弓槻 凛。

 下請会社の社長子息。
 古宮財閥の傘下を名乗っているが、正確にはそうではない。
 長い間取引関係を保っている部品工場に過ぎない。

 ヤツの祖父の代は、良い工場だったそうだ。
 機械では分からないコンマ数ミリを、手作業で正確に行える精密な職人技を売りにしていた。

 15年前、ヤツの父親へと代変わりした。
 その際、技術の機械化を図り、量産化と人員削減を一気に行おうとした。

 時代の波には合っていた。
 だが、古宮財閥には不要だった。

 こちらが求めていたものは、量ではなく質だ。
 工場は増産には成功したが、その品質は手作業よりも遥かに劣っていた。

 人員の削減による継承されるべき職人技の流出。
 これも古宮財閥にとって痛手だった。

 機械化に対する財閥側の忠告は、再三繰り返した。
 しかし忠告は、聞き入れられなかった。

 削減された人件費。
 量産化で見込める収入額。
 ――机上の数字に目が眩んだのだろう。

 しかし実際は――財閥にとって負の存在。

 量産できる工場はごまんとある。
 必要だったのは、製品の質。
 それがない今、取引関係を続けておくような慈善事業を財閥は行っていない。

 取引関係は解消。
 工場への発注はストップ。

 ――当然の結果だ。

 古宮財閥に依存する工場は発注の激減により経営困難に陥る。

 泣きついてきたヤツの父。
 財閥は温情をかけ、発注を再開した。
 しかし最盛期の5分の1にも満たない発注量だ。

 ――これが、古宮と弓槻に関する全てのはずだった。



 ***



 五十部と対峙するのは何度目か。
 わざわざ数えるような嗜好はない。

 神原であれば覚えているかもしれない。
 だが、アイツも認知していない対峙が幾度かある。
 ――今回もその1つだ。


「生徒会役員は問題を起こすことが得意だな」


 重い嘆息をつく五十部。
 堅っ苦しい空気を、室内に放っていた。


「褒め言葉ー?」
「どう解釈したら褒め言葉に繋がる」
「えー違うのー?」


 鈍重な空気をものともしない仁保。
 いつもの間延びした言葉で、五十部に対応する。


「古宮財閥のことだからー見逃してーって言ったでしょー?」
「暴力行為まで見逃すわけにはいかん」
「んもーぉ。僕のおちゃめなドロップキックを暴力なんて言わないでよー」
「……何と言おうと暴力は暴力だ」
「それならー今度から言葉の暴力で頑張っちゃおーっと」


 五十部の眼光の鋭さが増す。
 それをあえて無視し、仁保は俺の方を向き直った。


「今日のキックはー着地失敗しちゃったのー」
「はっ運動能力ねぇくせにド派手な演出したせいだろ」


 ドロップキック。
 街で喧嘩するときでさえ使わない。
 使う人間の気が知れない。
 ――受け身がとれねぇと、仕掛けた本人にもダメージが大きい。


「ひどーい、コミヤン! 最初は殴ろーって思ったのー。でもキリンにー触りたくなかったのー」


 ああ、と納得する。
 その理由なら、分からなくもない。
 ドロップキックなら接するのは、靴底だ。


「そういう言い方は止せ」


 不快に眉を寄せた五十部が、口を挟む。

 律儀で堅物な風紀委員長。
 コイツは俺が嫌いらしい。
 だから、俺が率いる生徒会を敵視する。

 俺もコイツが嫌いだ。
 敵視してくる人間に寛容なお人好しにはなれない。
 ――そんなお人好し1人いれば充分だ。


「えー」
「仮にも先輩だろう」
「そーだよー? だからー?」
「開き直るな」


 五十部と仁保の言い争いは続く。
 しかし、主導権は仁保に傾いていた。


「嫌いなモノはー嫌いなのー」
「先輩として尊敬すべきだ」
「それならー風紀は尊敬に値するセンパイばかりだったのー? 五十部風紀委員チョー?」
「…………、」


 勝負あり、だ。
 五十部を一瞥すれば、予想通り息を詰まらせていた。

 尊敬に値しない無能者は何処にでも存在する。
 ――旧生徒会にも。風紀委員にも。

 五十部は、その現実を把握していながら理想を押し付けてくる。
 自身の矛盾に気付くには遅すぎた。


「尊敬に値する先輩ならー僕はちゃんと尊敬してますって態度に出すのー。でもーキリンはー」


 無理。

 仁保はきっぱりと言い切った。
 ずけずけと言い過ぎだ。
 言葉を選べば、敵を作らずに済むんだが、と呆れる。
 しかし、お溢れに肖ろうとする日和見者やおべっかに比べれば“まし”だ。


「マーヤンを蹴落とせばー自分がコミヤンの隣に立てるって思い違いしてるのー。コミヤンに取り入ればー企業の発注量が以前みたいに回復すると盲信してるのー」


 そんな上手い話はあり得ない。
 友人関係と財閥の経営を混同させる気はない。
 古宮家に生まれ育ち、叩き込まれた経営哲学がそれを許さない。

 それなのに、

 そんなことも理解できないのか。
 脳味噌の足りない気違いキリン。


「だからーキリンは嫌いなのー」


 仁保が五十部を言い丸めてしまうのを横目で見物しながら、俺は欠伸を噛み締めた。

 もういいだろう。
 悠長に言い合いしている暇はない。


「おい」


 声を発すれば、五十部はギロリと俺を睨む。
 その程度の視線に怯むことはない。
 ――五十部風情を、財閥に関わる人間のそれに比べることすら愚かしい。


「越権行為って言葉知らねぇのか?」
「何?」


 五十部の眉がつり上がる。


「こちらが越権を行っているとでも言いたいのかっ」
「はっ違うか?」


 語尾を荒くする五十部を、鼻で笑ってやった。


「生徒会は風紀の内部事情に干渉していない。風紀もそうあるべきだろ」
「今期の風紀委員会には何の問題も――」
「秋月茜」
「!」


 今期の風紀委員会。
 大きな瑕疵が2つ存在する。

 1つは秋月茜。
 数々の暴力行為を起こし、処罰を受けているが、当人に改善の意思すら見えない。

 もう1つは、この五十部だ。
 風紀の長に就いていながら、温情をかけて処罰を軽くする傾向がある。


 ――2つの瑕疵について、生徒会から指導を与えることはできる。

 それをせずにいるのは、


「ヤツが風紀委員にいることを、生徒会は干渉してこなかった」


 風紀が生徒会の内情に干渉しない。
 生徒会も風紀の内情に干渉しない。
 ――その不文律が守られていたからだ。


「だが、生徒会に干渉してくるというなら話は別だ」
「…………風紀を脅す気か」


 苦渋の表情を浮かべる五十部。
 相対する俺は、愉悦を顔に表した。


「はっ脅す?」
「取引って言ってほしーのー」


 俺の嘲笑に合わせ、仁保がくすくすと笑い出す。

 俺も仁保も、経営者を父にもつ。
 そのため、成長過程で刷り込まれた基本は経営者としてのそれだ。


 交渉や取引という手段を使うのは当然。
 優位に交渉を進めるた手札を集めることも日常茶飯事だ。

 ――警察官僚を父にもつ五十部には理解できないだろう。


「秋月茜を風紀に任命したのは、お前だ」
「任命責任で、連帯責任だよねー。もしそんなことで風紀委員チョー解任されたら、ご両親はどう思うのかなー?」


 拳を震わせ、怒りを抑える五十部。

 反論はしない。できないのだ。
 ヤツ自身、意味を理解している。
 ――俺や仁保の言葉の意味を。
 だからこそ、悔しくて堪らないのだろう。


「ここまで腐っていたとはな……!」


 吐き捨てた五十部は、出口に向かう。
 負け惜しみの言葉など聞き飽きた。


「はっ人のこと言えんのか?」


 反論もできず去っていく。
 それは取引に応じたことと差違はない。

 俺が腐っているというなら五十部も同じだ。
 腐っていることに気づいてないだけ。
 ――所詮、同じ穴の貉だ。


「貴様のような幼なじみをもった神原に同情する」


 扉を閉じる五十部。
 去り際の一言は悔し紛れだと分かっている。


「そうかよ」


 勝手に同情していればいい。
 その言葉は聞き飽きた。

 過去何度も繰り返された言葉。
 慣れたはずの揺さぶりに、沸々と湧き出すもの。
 自分の未熟さを痛感する。

 

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