22
絶え間(side.古宮)
弓槻 凛。
下請会社の社長子息。
古宮財閥の傘下を名乗っているが、正確にはそうではない。
長い間取引関係を保っている部品工場に過ぎない。
ヤツの祖父の代は、良い工場だったそうだ。
機械では分からないコンマ数ミリを、手作業で正確に行える精密な職人技を売りにしていた。
15年前、ヤツの父親へと代変わりした。
その際、技術の機械化を図り、量産化と人員削減を一気に行おうとした。
時代の波には合っていた。
だが、古宮財閥には不要だった。
こちらが求めていたものは、量ではなく質だ。
工場は増産には成功したが、その品質は手作業よりも遥かに劣っていた。
人員の削減による継承されるべき職人技の流出。
これも古宮財閥にとって痛手だった。
機械化に対する財閥側の忠告は、再三繰り返した。
しかし忠告は、聞き入れられなかった。
削減された人件費。
量産化で見込める収入額。
――机上の数字に目が眩んだのだろう。
しかし実際は――財閥にとって負の存在。
量産できる工場はごまんとある。
必要だったのは、製品の質。
それがない今、取引関係を続けておくような慈善事業を財閥は行っていない。
取引関係は解消。
工場への発注はストップ。
――当然の結果だ。
古宮財閥に依存する工場は発注の激減により経営困難に陥る。
泣きついてきたヤツの父。
財閥は温情をかけ、発注を再開した。
しかし最盛期の5分の1にも満たない発注量だ。
――これが、古宮と弓槻に関する全てのはずだった。
***
五十部と対峙するのは何度目か。
わざわざ数えるような嗜好はない。
神原であれば覚えているかもしれない。
だが、アイツも認知していない対峙が幾度かある。
――今回もその1つだ。
「生徒会役員は問題を起こすことが得意だな」
重い嘆息をつく五十部。
堅っ苦しい空気を、室内に放っていた。
「褒め言葉ー?」
「どう解釈したら褒め言葉に繋がる」
「えー違うのー?」
鈍重な空気をものともしない仁保。
いつもの間延びした言葉で、五十部に対応する。
「古宮財閥のことだからー見逃してーって言ったでしょー?」
「暴力行為まで見逃すわけにはいかん」
「んもーぉ。僕のおちゃめなドロップキックを暴力なんて言わないでよー」
「……何と言おうと暴力は暴力だ」
「それならー今度から言葉の暴力で頑張っちゃおーっと」
五十部の眼光の鋭さが増す。
それをあえて無視し、仁保は俺の方を向き直った。
「今日のキックはー着地失敗しちゃったのー」
「はっ運動能力ねぇくせにド派手な演出したせいだろ」
ドロップキック。
街で喧嘩するときでさえ使わない。
使う人間の気が知れない。
――受け身がとれねぇと、仕掛けた本人にもダメージが大きい。
「ひどーい、コミヤン! 最初は殴ろーって思ったのー。でもキリンにー触りたくなかったのー」
ああ、と納得する。
その理由なら、分からなくもない。
ドロップキックなら接するのは、靴底だ。
「そういう言い方は止せ」
不快に眉を寄せた五十部が、口を挟む。
律儀で堅物な風紀委員長。
コイツは俺が嫌いらしい。
だから、俺が率いる生徒会を敵視する。
俺もコイツが嫌いだ。
敵視してくる人間に寛容なお人好しにはなれない。
――そんなお人好し1人いれば充分だ。
「えー」
「仮にも先輩だろう」
「そーだよー? だからー?」
「開き直るな」
五十部と仁保の言い争いは続く。
しかし、主導権は仁保に傾いていた。
「嫌いなモノはー嫌いなのー」
「先輩として尊敬すべきだ」
「それならー風紀は尊敬に値するセンパイばかりだったのー? 五十部風紀委員チョー?」
「…………、」
勝負あり、だ。
五十部を一瞥すれば、予想通り息を詰まらせていた。
尊敬に値しない無能者は何処にでも存在する。
――旧生徒会にも。風紀委員にも。
五十部は、その現実を把握していながら理想を押し付けてくる。
自身の矛盾に気付くには遅すぎた。
「尊敬に値する先輩ならー僕はちゃんと尊敬してますって態度に出すのー。でもーキリンはー」
無理。
仁保はきっぱりと言い切った。
ずけずけと言い過ぎだ。
言葉を選べば、敵を作らずに済むんだが、と呆れる。
しかし、お溢れに肖ろうとする日和見者やおべっかに比べれば“まし”だ。
「マーヤンを蹴落とせばー自分がコミヤンの隣に立てるって思い違いしてるのー。コミヤンに取り入ればー企業の発注量が以前みたいに回復すると盲信してるのー」
そんな上手い話はあり得ない。
友人関係と財閥の経営を混同させる気はない。
古宮家に生まれ育ち、叩き込まれた経営哲学がそれを許さない。
それなのに、
そんなことも理解できないのか。
脳味噌の足りない気違いキリン。
「だからーキリンは嫌いなのー」
仁保が五十部を言い丸めてしまうのを横目で見物しながら、俺は欠伸を噛み締めた。
もういいだろう。
悠長に言い合いしている暇はない。
「おい」
声を発すれば、五十部はギロリと俺を睨む。
その程度の視線に怯むことはない。
――五十部風情を、財閥に関わる人間のそれに比べることすら愚かしい。
「越権行為って言葉知らねぇのか?」
「何?」
五十部の眉がつり上がる。
「こちらが越権を行っているとでも言いたいのかっ」
「はっ違うか?」
語尾を荒くする五十部を、鼻で笑ってやった。
「生徒会は風紀の内部事情に干渉していない。風紀もそうあるべきだろ」
「今期の風紀委員会には何の問題も――」
「秋月茜」
「!」
今期の風紀委員会。
大きな瑕疵が2つ存在する。
1つは秋月茜。
数々の暴力行為を起こし、処罰を受けているが、当人に改善の意思すら見えない。
もう1つは、この五十部だ。
風紀の長に就いていながら、温情をかけて処罰を軽くする傾向がある。
――2つの瑕疵について、生徒会から指導を与えることはできる。
それをせずにいるのは、
「ヤツが風紀委員にいることを、生徒会は干渉してこなかった」
風紀が生徒会の内情に干渉しない。
生徒会も風紀の内情に干渉しない。
――その不文律が守られていたからだ。
「だが、生徒会に干渉してくるというなら話は別だ」
「…………風紀を脅す気か」
苦渋の表情を浮かべる五十部。
相対する俺は、愉悦を顔に表した。
「はっ脅す?」
「取引って言ってほしーのー」
俺の嘲笑に合わせ、仁保がくすくすと笑い出す。
俺も仁保も、経営者を父にもつ。
そのため、成長過程で刷り込まれた基本は経営者としてのそれだ。
交渉や取引という手段を使うのは当然。
優位に交渉を進めるた手札を集めることも日常茶飯事だ。
――警察官僚を父にもつ五十部には理解できないだろう。
「秋月茜を風紀に任命したのは、お前だ」
「任命責任で、連帯責任だよねー。もしそんなことで風紀委員チョー解任されたら、ご両親はどう思うのかなー?」
拳を震わせ、怒りを抑える五十部。
反論はしない。できないのだ。
ヤツ自身、意味を理解している。
――俺や仁保の言葉の意味を。
だからこそ、悔しくて堪らないのだろう。
「ここまで腐っていたとはな……!」
吐き捨てた五十部は、出口に向かう。
負け惜しみの言葉など聞き飽きた。
「はっ人のこと言えんのか?」
反論もできず去っていく。
それは取引に応じたことと差違はない。
俺が腐っているというなら五十部も同じだ。
腐っていることに気づいてないだけ。
――所詮、同じ穴の貉だ。
「貴様のような幼なじみをもった神原に同情する」
扉を閉じる五十部。
去り際の一言は悔し紛れだと分かっている。
「そうかよ」
勝手に同情していればいい。
その言葉は聞き飽きた。
過去何度も繰り返された言葉。
慣れたはずの揺さぶりに、沸々と湧き出すもの。
自分の未熟さを痛感する。
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