20
含意(side.辻塚)
バタン、と閉まる扉の音。
それと同時に、ため息をついた。
疲れているわけじゃない。
心裡に占める感情は当惑だ。
自分自身でも理解している。
理解しているからこそ、感情を表に出さないように気をつけていた。
「おい、辻塚」
「何だい?」
「お前も帰れ」
は。
「何言ってるか分かってるかい? まだ仕事が――」
「帰って、頭冷やしてこい。それで取り繕ってるつもりか」
感情を表出させないように。
気をつけていたつもりだったのに――。
どこで勘付かれたのか。
感情のコントロールには慣れていた。
常に浮かべる笑みも作り物だと気付かれたことも少ない。
それなのに、
「あんな早とちりする奴を、俺は副会長に指命した覚えはねぇ」
光の前で言った言葉。
『まさか光に、生徒会の職務を手伝わせる気かい? 庶務や補佐は3年になってから選出するって約束だろう!?』
失言だった。
自分でも恥じている。
しかし、あの言葉だけで、
感付かれるとは。
――鋭い。
しかも、ひけらかすことはない。
知らしめてくることもない。
当然とした態度で指摘してくるところが、憎たらしい。
古宮 晃大。
侮れない人間だと再確認した。
「…………はあぁぁ」
再度ついたため息。
思いの外、深いものになった。
「弱音吐くなら他の奴にしろよ。――神原とかな」
古宮の前で弱音を吐くという選択肢はない。
馬鹿阿呆間抜けと一蹴されるのが目に見えている。
その点、神原はが聞き上手だ。
そうしたところも人気の1つなのだと――知らないのは本人だけだろう。
しかし、
「神原には話せないな……。もちろん古宮にも話すつもりはない」
話してしまうことは矜持が許さない。
学園の問題ではないのだから。
他人を引き込むわけにはいかない。
これは俺の問題。
−−『恭(うやうや)しく、輔(たす)けよ』
そんな意味を名に付けられた、俺の問題だ。
「あの家か」
本当に、聡い。
だからこそ嫌になる。
必死に律そうとしたものが、容易に揺らいでしまう。
「面倒なことこの上ないよ、全く……古宮の嫡男サマにとっては些事だろうけどね」
あくまで明るい声で、おどけて言って見せる。
それでも、隠し切れなかった弱音が言葉の隙間に漏れていた。
古宮は、生まれついての王様だ。
古宮財閥の嫡男。
生まれた瞬間に、その将来は決定した。
俺は、末端だった。
一族の傍流である分家の人間。
それが不意に、中枢へと押し上げられようとしている。
互いの葛藤や苦悩は推測できていた。
もちろん立場の違いから理解には乏しいが。
そう分かっているのに、喉まで込み上げた感情はうまく飲み込みきれなかった。
「忘れたか。何故お前を副会長にしたのか」
「……覚えて、いるよ」
生徒会発足に至るまで。
古宮の予定では、神原が副会長だったのだ。
予定変更させたのは俺自身の提案。
古宮の利害と一致した結果が今の生徒会だ。
「見込み違いだったか」
嘲笑と、落胆。
隠すこともなく伝わってくる古宮の感情。
矜持が、対抗心が、鎌首をもたげる。
「分かっている。些事だよ」
そう、ささいなことだ。
うずまく当惑はささいなこと。
自分自身に言い聞かせた決意。
古宮が挑発的な笑みを浮かべる。
それは、俺の対抗心を利用した鼓舞だった。
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