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含意(side.辻塚)


 バタン、と閉まる扉の音。
 それと同時に、ため息をついた。

 疲れているわけじゃない。
 心裡に占める感情は当惑だ。

 自分自身でも理解している。

 理解しているからこそ、感情を表に出さないように気をつけていた。


「おい、辻塚」
「何だい?」
「お前も帰れ」


 は。


「何言ってるか分かってるかい? まだ仕事が――」
「帰って、頭冷やしてこい。それで取り繕ってるつもりか」


 感情を表出させないように。
 気をつけていたつもりだったのに――。


 どこで勘付かれたのか。

 感情のコントロールには慣れていた。
 常に浮かべる笑みも作り物だと気付かれたことも少ない。

 それなのに、


「あんな早とちりする奴を、俺は副会長に指命した覚えはねぇ」


 光の前で言った言葉。


『まさか光に、生徒会の職務を手伝わせる気かい? 庶務や補佐は3年になってから選出するって約束だろう!?』


 失言だった。
 自分でも恥じている。

 しかし、あの言葉だけで、
 感付かれるとは。

 ――鋭い。

 しかも、ひけらかすことはない。
 知らしめてくることもない。
 当然とした態度で指摘してくるところが、憎たらしい。

 古宮 晃大。
 侮れない人間だと再確認した。


「…………はあぁぁ」


 再度ついたため息。
 思いの外、深いものになった。


「弱音吐くなら他の奴にしろよ。――神原とかな」


 古宮の前で弱音を吐くという選択肢はない。
 馬鹿阿呆間抜けと一蹴されるのが目に見えている。

 その点、神原はが聞き上手だ。
 そうしたところも人気の1つなのだと――知らないのは本人だけだろう。

 しかし、


「神原には話せないな……。もちろん古宮にも話すつもりはない」


 話してしまうことは矜持が許さない。
 学園の問題ではないのだから。
 他人を引き込むわけにはいかない。

 これは俺の問題。

 −−『恭(うやうや)しく、輔(たす)けよ』

 そんな意味を名に付けられた、俺の問題だ。


「あの家か」


 本当に、聡い。
 だからこそ嫌になる。
 必死に律そうとしたものが、容易に揺らいでしまう。


「面倒なことこの上ないよ、全く……古宮の嫡男サマにとっては些事だろうけどね」


 あくまで明るい声で、おどけて言って見せる。
 それでも、隠し切れなかった弱音が言葉の隙間に漏れていた。


 古宮は、生まれついての王様だ。
 古宮財閥の嫡男。
 生まれた瞬間に、その将来は決定した。

 俺は、末端だった。
 一族の傍流である分家の人間。
 それが不意に、中枢へと押し上げられようとしている。

 互いの葛藤や苦悩は推測できていた。
 もちろん立場の違いから理解には乏しいが。

 そう分かっているのに、喉まで込み上げた感情はうまく飲み込みきれなかった。


「忘れたか。何故お前を副会長にしたのか」
「……覚えて、いるよ」


 生徒会発足に至るまで。
 古宮の予定では、神原が副会長だったのだ。

 予定変更させたのは俺自身の提案。
 古宮の利害と一致した結果が今の生徒会だ。
 

「見込み違いだったか」


 嘲笑と、落胆。
 隠すこともなく伝わってくる古宮の感情。
 矜持が、対抗心が、鎌首をもたげる。


「分かっている。些事だよ」


 そう、ささいなことだ。
 うずまく当惑はささいなこと。

 自分自身に言い聞かせた決意。

 古宮が挑発的な笑みを浮かべる。
 それは、俺の対抗心を利用した鼓舞だった。

 

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