憧憬

 

 *** side.弟
 

 彼ら2人を初めて見たのは、兄と一緒に参加したパーティーでのことだった。


 大人の間に埋もれ、所在のなさから2人の瞳には不安が浮かんでいた。
 それでも互いの手をしっかりと繋ぐことで、彼らはしっかりと立っていた。


 次期当主である兄とと、いづれは分家へ下る弟の私が一緒にいる時間は少なかった。
 それなのに、その日は珍しく兄と一緒にパーティーに参加していた。

 今思い返せば、兄の配慮だったのだろう。
 幼い当時は、兄と共にいられる喜びのあまり、他に思考を回す余裕はなかった。

 狭い私の世界では、10歳離れた兄がとても大きな存在だった。

 しかし、兄もまだ学生の身。
 パーティー会場には、大きな人ばかりで驚愕を感じる前に圧迫感で窮屈だった。


 そんなときだった。彼らを見つけたのは。


 見上げなくてはならない大人達と違い、目線の位置がほぼ同じだった。
 だからといって、彼らを2人が私に気付いた様子はない。

 私は兄の影に隠れているのだから。


 大人達は何処か鋭く、それでいて脆い印象を受ける繋がりの中にいる。
 まだ利害や保身という価値観を知らない幼少の私でも、そう感じ取ることはできていた。

 しかし、彼ら2人の繋がりはそうではなかった。
 大人達に押し潰されながらも、手はしっかりと繋がれていた。


「どうした?」


 私の視線の先に気付いた兄が問いかけてくる。
 繋がれた彼らの手の中にあるものを、うまく説明する言葉は持ち合わせていなかった。


「きれい」


 その表現が当時は最適だと思った。
 親しみを感じるほど近くにあるものではなかった。
 彼ら2人の繋がりは私から遠かった。
 汚してはいけない神聖なものに思えたのだ。

 ついで芽生えたのは羨望。私の手を握る人はいない。
 この手は兄を支える手であり、兄の手も私1人と繋げておくことなどできなかった。


「あぁ、きれいだな」


 幼い私の意図するところを、兄はうまく汲み取ってくれた。
 私の思いを兄と共有できた嬉しさに満たされ、その後のパーティーはほとんど記憶していない。
 だから、兄の思惑の欠片さえ気付くことはなかった。




 *** side.兄


「きれい」

 呟く弟の視線の先には2人の少年が手を握る姿があった。

 片方は古宮の小倅。
 将来、古宮財閥を牽引していくだろう子ども。

 もう1人は記憶にない。
 古宮財閥傘下の子どもではなかったはず。

 しかし、しっかりと手を掴む様子から察するに、古宮の小倅はその子どもにご執心のようだ。


 幼い友情があと何年持つものか――自分の隣に立つ人間はいない。必要がなかった。
 並び立つに見合う人間はいなかった。

 そして、これからも自分の隣に人が並ぶことはない。


 あの小倅も数年のうちにそのことを悟るだろう、と繋がりの脆さを笑った。


「あぁ、きれいだな」


 脆さを含んだ美しさ。
 壊れやすいからこそ美しく見えるのだろう。


 この思いは、弟とは違っていた。
 弟の目に浮かぶのは羨望。

 弟の手を繋ぐ人は、この兄同様いない。
 弟に手を差し伸べることはできるが、弟は決してこの手を掴まない。
 生まれたときからの刷り込みは、弟の人格形成に影響を及ぼしていた。困惑させるだけ。

 だから、手は差し出さない。出せないでいた。


「おい、」


 次期当主として与えられた部下を呼ぶ。

 弟の視線はまだあの2人に向けられている。

 弟があの2人と交じり話すことに、険しい顔をする人はいないだろう。
 聡い弟は、人当たりよくあのガキ2人と馴染むだろう。


 しかし、それは困る。


 馴染めば情が湧く。
 弟は聡いとはいえ、情を断ち切る冷酷さは持ち合わせていない。
 分家に下る身とはいえ、我が家の人間が情に流されることはあってはならない。

 そのために、呼びつけた部下に命令を下す。


「あの2人を弟に近づけるな」




 終.

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