19

信頼の糸(side.光)


 恭輔に呼ばれて、生徒会室にやってきた。


 なんでも俺に頼みたいことがあるらしい。
 人に頼られるのは嬉しい。
 だから、できるだけ応えるようにしてる!

 ノックしようとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。


「光」
「おわっ、恭輔! 脅かすなよ!」
「そんなに驚くとは思わなくて。悪かったよ、光」


 いつもどおりの微笑を浮かべながら、恭輔は眉を下げた。
 後ろから来た様子を見るに、職員室にでも行っていたみたいだ。
 生徒会は何かと忙しいから。


「どうぞ」


 生徒会室の扉を開けたまま立つ恭輔。
 俺に、先に入るように促した。


「古宮も待ってるよ」


 生徒会室に入ろうとする直前。
 恭輔が耳打ちしてきた言葉に固まった。


 げ、バ会長もいるのかよ。

 口には出さなかったけど、表情に出ていたみたいだ。


「本当は、頼みたいことあるって呼んだのは、古宮なんだ」


 俺の表情が可笑しかったらしい。
 恭輔は笑い声を洩らす。
 いつも、そんなふうに自然に笑っていたらいいのに。
 そう思いながら、生徒会室に足を踏み入れた。





「あぁ……あぁ、分かった」

 生徒会室にいた会長は、ケータイで誰かと話していた。
 ちらりと俺に視線を向けると、意地悪そうに口の端を持ち上げる。


「分かったよ。じゃあまた休みの日に」


 すごく穏やかな表情。
 柔らかな口調。
 約束をしてから、電話を切る。


 会長の意外すぎる一面を見てしまった。


 微かに聞こえた相手の声は――女性のもの。


 なんだ、いるじゃん。
 そういう相手。
 俺に迫ることなんて、やっぱり遊びじゃんか。

 ――そう考えて、何故かモヤモヤした。



 パタン、とケータイを閉じる音が耳につく。


「仕事もせずに、電話だなんて……」
「仕事が何処にある? 書類なら全て終わらせたぜ」


 恭輔が注意すると、会長は見下したように言い返す。
 相変わらず嫌味な言い方だ。


「……常にそのくらいの処理能力を発揮しなよ。そうすれば、こっちだって楽になるのに」


 ねぇ、と話を振られ、頷く。
 会長がしっかり仕事すれば、マーヤが倒れたりしなくてすむのに――。
 その考えを振り払おうと、頭を降った。

 もう終わった話を蒸し返すなんて、カッコ悪いことはしたくない。

 マーヤ自身、会長を責めていない。
 それなのに俺が会長を責めるのは、えーっと……アレだ、アレ。

 そう! お門違いってやつだ!


「うるせぇんだよ。俺の言動にいちいち突っかかってきやがって」
「そうさせてる原因は、古宮じゃないのかい?」


 恭輔とバ会長の言い合いは続く。

 険悪な雰囲気だったら、止めに入る。
 でも、そんな雰囲気は全然ない。

 ケンカするほど仲が良いってことか?
 ……口喧嘩だけど。


「お前の愚痴聞かせるために、コイツを連れてこさせたわけじゃねぇぜ?」
「……分かってるよ」


 バ会長の言葉で、言い合いが終わる。

 2人の視線が、俺に向かう。
 じっと見られるのは、居心地が悪い。

 ――なんて思っていた俺に、会長は話しかけてきた。


「頼みがある」


 真剣な眼差し。
 誠実な態度。
 普段は、惚れたとか、俺のものになれとか、馬鹿なことしか言わないくせに。
 何様だって言いたくなる態度のくせに。

 断ることができなくなるじゃんか。


「……何だよ」


 頼みたいことって。
 内容を知りたくて、俺のほうから訊いた。


「今、生徒会の職務は多忙だ」


 そりゃ、生徒会だからそうだろ。
 理事長の次に権力があるんだし。
 学校を実質的に運営してるんだし。

 それに、

 今、マーヤが休んでいる。
 倒れた後だから、数日安静にしておくらしい。


「だから、」


 会長の言葉を遮って、恭輔がまさかと呟いた。


「まさか光に、生徒会の職務を手伝わせる気かい? 庶務や補佐は3学期になってから選出するって約束だろう!?」


 約束ってのは何のことか分からない。
 生徒会メンバーの中で、決めていることでもあるんだろう。

 そして、

 俺が手伝うのは――、


「駄目だろ、それ」
「え、光?」
「俺が手伝うのは、駄目だ」


 そう思った理由は、上手く説明できない。
 だけど駄目だ。
 しちゃいけない!
 ――直感がそう言っている。

 そして、頭の中には、何故かマーヤの顔が思い浮かんでいた。


「あぁ、多忙だが手伝いはいらねぇ。そもそも俺が、アイツの居場所を奪うような真似をするわけねぇだろ」


 アイツの居場所を奪う。
 ――マーヤの居場所を。

 会長の言葉に、あぁと納得した。


 俺が手伝うと、マーヤの仕事を奪うことになる。
 マーヤの居場所を奪うことになる。

 マーヤは、いつも優しげな雰囲気。
 だけど、何処か消えてしまいそうな雰囲気でもあった。

 だから、マーヤの居場所を奪うことはしちゃいけないんだ。
 本当に消えてしまいそうで怖いから。


「早とちりして話を混乱させんじゃねぇよ、辻塚」
「悪かったよ。それで、続きは?」


 会長と恭輔の話し声で、現実に引き戻される。

 そうだ!
 ここに来た理由を忘れるところだった。
 頼みたいことがあるからって呼ばれたんだ。


「頼みがある」
「おう!」


 頼まれたらできる限り応える。
 それが、俺の信条だ!

 でも、バ会長のことだ。
 無理難題を言ってくるんじゃないかって身構えた――。


「頼みたいのは、神原のことだ」
「…………へ?」


 マーヤのこと?


 *


 第三音楽室。

 3つも必要あるのかよ。
 金持ちの考えることって分かんねーな。

 扉を開けると、ピアノの音色が溢れ出す。

 流れるような指使い。

 軽やかで、滑らかで、優しくて。
 そして、温かい響き。

 ピアノの前に座るマーヤの姿。
 黄昏王子って呼ばれる理由が分かった気がした。


 バタンッ


 扉は大きな音が響かせて、閉まった。

 演奏に聞き入っていたから、扉を開けたままだったのを忘れていた。
 廊下から風が吹き込んだのか、勢い良く閉まった。

 ……やっちまった。

 音に驚いたのか、演奏が止む。
 マーヤは目を瞬かせて、俺を見ていた。


「光、くん?」


 どうして此処に? と首を傾げる。


「えっと……マーヤに会いたくなったから!」
「? 僕が此処にいるって教えたっけ?」
「あ! そ、それはだな……」


 正直に理由を言うのは、ちょっと良くない。
 何と答えようか、と必死に考えていた。

 そうしてる間に、マーヤが何かに勘付いたらしい。


「古宮でしょ、」
「へ!? い、いや」
「古宮が僕を見張ってろって言ったんでしょ」


 断定に近い口調。
 マーヤの言う内容も事実に近い。

 反論することができなくなってしまった。
 黙る俺の様子から肯定と判断したらしい。


「もう……何度も倒れたりしないのに」


 マーヤは、唇を尖らせる。
 拗ねた様子が子どもっぽくて、思わず笑った。


『ピアノを弾き始めると夢中になんだよ、アイツ。貧血起こしかけても気付かないくらいにな』
『仕事の合間に見に行くつもりだが、何かあったら困るだろ。だから――』


 マーヤを見ていてほしい。
 マーヤの傍にいてほしい。

 会長は俺に頼んだ。

 元から断る気なんてなかった。
 その言葉を聞いた瞬間、断るなんて選択肢はぶっ飛んだ!


「古宮は心配しすぎだよ、」
「そう言うなって!」


 思い出すのは、あの真剣な様子。
 会長がマーヤを大切に思っている証。

 本当は、自分が傍で見ていてやりたいんだ。
 絶対、そうだ!
 そうに決まってる!


「……って、俺、何でバ会長を庇ってんだ?」
「? どうか、した?」
「あ、いや、何でもない!」


 また考えを口に出してたみたいだ。
 それを振り払おうと、頭を降る。

 会長は、バ会長だ。
 敵の――『デルタ』の総長だ。

 俺の仲間をボコボコにしやがった奴なんだ。




 *




 マーヤのピアノの聞きながら、ゆっくりと時間が過ぎていった。


「マーヤは本当にピアノ上手いな!」


 趣味で弾いているって聞いた。
 でも腕前は、絶対趣味の範疇超えてる。


「僕より上手な人、いっぱいいるよ」
「いやスゲーって!」
「ピアノしか弾けないよ」
「いや十分だろ」
「そうかな、」


 そうだって!
 マーヤは天然ってゆーか。
 自分自身についての評価が低すぎる。


「古宮はバイオリンも弾けるよ?」
「へ?」
「初等部のとき、一緒にピアノ習い始めたんだけと、古宮は途中からバイオリンに変えて――」
「へー」


 意外だ。
 会長は俺様で、暴力的なイメージしかない。

 バイオリン弾いてる姿は、想像できない。

 ってか、


「本当に、マーヤと会長は幼なじみなんだな」


 小さな頃から一緒にいる。
 仲がいいことが、マーヤの言葉から伝わってくる。

 母さんの仕事で、1つの場所に長く留まったことがなかった。
 だから、幼なじみなんていない。

 人と仲良くなるのは得意になった。
 でも、前いたところじゃ、俺のことなんて忘れ去られているんじゃないか。
――引っ越す度にそう考えて、寂しくなったから。


「羨ましいな」


 そう呟くと、マーヤはきょとんとした。


「……僕が?」
「いや、幼なじみがいることが」
「あ、そっち」


 ん? そっちって、どっちだ?

 よく分かんなかったけど、深く突っ込むのは止めておいた。


「ともかく、幼なじみって何でも話せるだろ?」


 小さい頃から一緒にいるから。
 相手のことはよく知ってるだろうし。
 自分のことを理解してくれてるだろうし。


「……どうかな、」


 マーヤの返事は予想外だった。
 頷くものだと思っていた。


「一般的な幼なじみは、そうなのかな」
「? マーヤ達は違うのか?」
「古宮は、財閥を継ぐ立場だから」
「?」


 何でも話すということ。
 会長が古宮財閥の跡継ぎということ。
 ――この2つがどう関係するのか、分からなかった。


「将来、財閥のトップになるから、人に弱味を見せないんだ」


 そういう教育されている。
 話すマーヤは、悲しげに見えた。


「僕は頼ってばかりで……古宮は、弱音も聞かせてくれない」
「そんなことねーって! 会長だってマーヤを頼ってるじゃん!」
「そうかな、」
「そうだって!」


 そうに決まってる!
 断定する一方で、会長のことを考えた。

 会長の態度・言動。
 思い返してみれば、全て上に立つ人間としてのそれだ。


「古宮はさ、」
「おう!」
「弱音は言わないけど、安心できる場所はほしいと思ってると思うんだけど」


 それは、マーヤの勘だろう。
 幼なじみとしての直感だろう。


「だから、ね?」
「お、う……?」
「古宮のこと、よろしくね」


 …………ちょっ!
 待て待て、マーヤ!

 どうしてそうなった!?


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