17

脳内迷宮(side. 神原)


 木曜日に倒れた。

 金曜日は、病院へ。
 念のために診察を受けると、やっぱり脳貧血と言われた。

 土曜日と日曜日は、部屋にいた。
 ゆっくりしてろ、って古宮に言われたから。

 だけど、ゆっくりって。
 何をしていればいいのか、分からなくて。
 掃除をしていたら、古宮に怒られた。


 そして、今日は月曜日。


「風紀との会議は、金曜日にちゃんと話がまとまってね。こちらの要望どおり校則改正されることに決まったよ」


 昼休み。
 廊下で会った辻塚と、立ち話。

 僕がいない間の、仕事について訊いていた。


「心配はいらないよ」
「うん。辻塚と、古宮だから」


 心配はしていない。
 迷惑をかけているから、申し訳ないだけ。

 そして、少し寂しい。

 僕がいなくても、生徒会がちゃんと機能しているから。
 居場所がなくなったような錯覚に陥る。


「でも、ひとつだけ――問題があるんだ」
「もん、だい?」


 何だろう。
 古宮も辻塚も、頭が良い。
 要領も良いから、問題なんてないはずなのに。


「……お茶が、ね」
「お茶?」
「俺と古宮がいれたお茶。――ものすごく不味いってこと、改めて実感したよ」


 そのお茶の味を思い出したのか、辻塚は表情を歪めた。


 お茶をいれるのは、いつも僕の仕事。

 古宮は不器用だから。
 辻塚は学外の仕事でいない時もあるから。
 仁保に煎れさせるのは論外らしい。
 ――だから、いつの間にか僕の仕事と決まっていた。


「今日、お茶いれに行こうか?」
「いいよ。今週まで、安静にしておくように言われてるんだろう」


 それに、と辻塚は力無く笑う。


「神原は、お茶をいれるだけじゃ帰らないだろう?」


 仕事に手をつけてしまうだろう?

 そう訊かれると、黙るしかない。
 ――否定できない。

 目の前に仕事があると、しなくてはいけない気分になってしまう。


「神原は、貧乏性だよね」
「……そう、かな?」
「そうだよ。日曜日も、掃除してたんだって? 古宮が怒ってたよ」


 苦笑する辻塚。

 確かにゆっくりしてろって言われた。
 だから、久しぶりに掃除しただけなのに。

 何がいけなかったか。
 なんで、古宮が怒ったのか。

 ――よく理解できてない。


「掃除なんて、寮長のところに行けば、清掃業者が来てくれるだろ」
「そう、だけど……」


 清掃業者に頼むのは、お金がかかる。
 学費とは別途の費用だ。

 ――そんなものまで、義父に頼る気にはなれないから。
 迷惑はかけられないから。


「動き過ぎて、また倒れる気かい? 古宮もそれを心配したんじゃないのかな」


 掃除くらいで、倒れはしない。
 だけど、もう脳貧血を起こしてしまった。
 そんな僕が、どんなこと言っても説得力がないのだろう。

 それでも、何かしていないと落ち着かない。


「じっとしてることは、苦手」


 ゆっくり。
 そう言われると、逆に困ってしまう。

 何をしていればいいのか、分からないから。


「……苦手?」
「考え込んでしまうから」


 ぐるぐると。
 答えは見つからないと分かっているのに。
 考え込んで、不安になるから。


「何を?」
「――いろいろと」


 詳しいことは訊かれたくない。
 だから、曖昧な言葉で誤魔化した。

 辻塚は、はぐらかされてくれないけど、追及しないでいてくれた。


「じゃあ、考えないようにすればいいじゃないか」


 簡単に言ってのける辻塚。


「どうやって?」


 首を傾げる僕に、辻塚は笑った。


「君の特技は、何だっけ?」
「…………お茶をいれること?」
「はぁ。――バカ」


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