16

甘い残像(side. 秋月)


 バカ王子が倒れやがったのは、木曜。
 医務室に運んでやった後、街に出た。


『神原くんのこと、気になっているんだと思ったんだけど』


 保健医の、あの言葉。

 あの言葉を否定してやろーと思って。
 ちげーってこと、証明してやりたくて。

 女を抱いた。
 面白みも何も感じなかった。


 木曜の夜は、そのまま街で過ごした。
 金曜の学校はサボり。
 土曜日も、街をぶらついて過ごした。
 ――そして、今日は日曜。


 クリスマスカラーに染まる街。
 行き交う人の賑わい。
 街の状況が、どこか遠くに思えた。


「くそっ……」


 原因は分かりきってる。

 頭の中に、浮かぶ同じ顔。
 振り払おうとしても消えてはくれねー。


「今日は、いつも以上っスね」
「刺激すんなよ、八つ当たりされる」


 チームの溜まり場。
 苛立ちに感付いた仲間は、俺を遠巻きにちらりと見てくる。


 −−喫茶 黄花亭

 建ち並ぶ高層ビルの片隅。
 世間から隔離されたような、年季のきいた赤煉瓦の店。


 俺や鳥のいるチーム『凍鉄(いてつ)』。
 その溜まり場が、ここだ。


「あまりものに当たらないでください。私がお預かりしている大切な店ですから」


 この喫茶の店主。
 本名を誰も知らねー。
 だから皆、マスターって呼んでる老神士。


「……別に当たってねーし」
「そうでしたか。それでは、優しく扱ってください、と言い直しておきましょう」


 そう言って、マスターが差し出してきたのはコーヒー。
 受け取ったカップを口に運んだ。

 豆の匂い。
 口内にじわりと広がる苦味。

 たかが飲料。
 それでも、落ち着きを感じるのだから不思議なもんだ。


「ここに集まる若者は、血の気が多い」


 グラスを拭きながら、マスターが呟く。


「何かに必死で、懸命に模索している証拠なのでしょうが、――この老体から見ると、生き急いでいるようにも映るのですよ」


 ゆっくりと物事を考えてみてください。
 ここに焦燥させるものはないのですから。


 マスターの諭すよう言葉。 コーヒーと同じでじわりと広がる。


「……生き急いでるつもりは、ねーんだけど」
「おやおや失礼致しました。この頃どうも小言が多くなってしまっているようですね」


 歳のせいですね、と苦笑が漏れていた。


 口では反抗してみせた俺。
 しかし、胸の内では、その言葉を受け入れていた。


 知ったかぶりの親の指摘。
 見下してやがる教師の説教。
 ――そんな奴らより、ずっと、信用できる。


 夜へと向かう街。
 ネオンの光が煌々と輝く。

 落ち着いた店内からは、街の様子が隔絶した世界のように思えた。


 『黄花亭』の店内に、花は1本もない。
 あるのは写真や絵だ。
 多くの種類の、黄色い花の写真や絵。

 強く主張することはない。
 さりげなく、しかし当然のように店内に鎮座する。
 マスターのひととなりを感じさせる装飾だ。


「なんで、黄色の花なんだよ」


 いつか訊いてやろう、と思いながら、できなかった質問。

 黄色じゃなくてもいいはずだ。
 赤でも、紫でも。


「私が、好きなので」
「黄色が、」
「黄色の花が。綺麗でしょう? 満作、連翹、それに、ひまわり――」


 1つずつ見つめながら、マスターは花の名を声に出す。
 その視線は愛しさを含んでいた。


「マスター! 久しぶり!」


 勢いよく開いた扉。
 入ってきたのは、鳥。


「おや、緑鳥くん」


 マスターは、にこやかに出迎えた。


「みんなも、久しぶり!」
「げ、鳥……」
「なんだよー、白兎。嫌そうな顔するなよ!」
「来んな来んな、バカが感染(うつ)る」
「バカじゃねぇって! あ、分かった! 俺が来なかったから寂しかったんだろ!」
「はぁ? 何言って――」
「白兎は、ウサギだもんな! ウサギって、寂しいと死んじゃうんだろ?」
「……お前が鳥頭ってこと忘れてた。3歩、歩けば忘れちまうんだったな」
「寂しがんなって!」


 仲間にからむ、緑鳥。
 るせー。


「紅狼、バカ鳥どうにかしろよ」
「……何で俺が、」
「お前、鳥の保護者だろ」


 いつ、んなもんになった。

 当然のように言いやがって。
 他の仲間も頷いてやがる。

「紅狼!」


 鳥も、当たり前のように俺の隣に座る。


「金曜日、何で学校サボったんだよ!」


 席に着くなり、問いつめてきやがった。


「大変だったんだぞ! マーヤが倒れるしさ!」


 ――知ってる。
 その言葉は、言わずにおいた。


「マーヤ、脳貧血をよく起こすんだって! 自律神経がどうこうって説明されたけど、よく分かんなくてさっ」


 鳥は王子の話を続ける。
 ピーチクパーチク、もっと静かに話せよ。


「――で、」
「で? って、紅狼! マーヤが心配じゃないのかよ!?」


 見損なったぞ! と叫ぶ鳥。
 るせー。


「もう大丈夫なんだろ、王子サマは」
「えっ! あ……うん」


 金曜は、病院に行くからって休んだけど。

 鳥の言葉は何処か遠い。
 頭の中では、倒れた王子の様子を思い起こす。

 思い出すのは、うずくまる姿。
 倒れたときの蒼白な顔。


「やっぱり紅狼も、マーヤのこと心配なんだな!」
「は、ちげーよ」


 王子が、らしくなかったせいだ。
 いつもみてーに呆けてりゃいいのに。
 ――王子は王子らしくしてればいいのに。


「今日は随分賑やかだね」


 再度開いた扉から現れたのは、総長。

 『凍鉄』総長サカキ。
 ――俺をこのチームに引き入れ、俺の上に立つ人。

 纏う空気は穏やかで、落ち着いた雰囲気をもつ。
 反面、灰色の瞳は冷静を通り越し、冷淡さを感じさせる。

 ――鉄色の眼の龍。

 眠れる龍と喩える奴がいるほど、起こしてはいけない何かを潜ませている人だ。


「……あぁ、孔雀がいるのか」

 なるほど騒がしいはずだ。

 サカキさんは1人頷く。

 この人は緑鳥を“孔雀”と呼ぶ。
 緑鳥という通り名を付けたのは、総長であるサカキさん自身だっつーのに。


「総長!! 俺のせいじゃないって!!」


 緑鳥は声を張り上げ否定する。
 馬鹿じゃねーの。
 声でけーんだよ。

 口では否定しても、肯定してんのと変わらねー。


「紅狼がっ」


 俺の名を呼んで指差してくる緑鳥。
 おい、俺のせいかよ。


「ふぅん、紅狼が?」


 サカキさんも面白がるように問いかける。
 緑鳥で遊びながら、鉄色の瞳がちらりと俺を見る。


「総長! 今日紅狼のやつイライラしてるから、あんまからかわないほうがいいっすよ」


 笑い声を含んだ仲間の声。

 仲間はみな分かっているはずだ。
 俺が総長のサカキさんに苛立ちをぶつけるような真似をしないことは。

 緑鳥と同じく、俺を総長のオモチャにしようと狙って言ってやがる。


「イライラ? まさか。しおらしいと思ったけどね」
「しおらしい〜?」


 サカキさんの言葉に、仲間は笑う。
 笑っていないのは、俺とサカキさんのみ。

 笑い声など気にした様子のないサカキさんは、俺を正面から捉える。


「違ったかい?」


 それは、保険医の言葉と重なった。


「紅狼、違っていたか?」


 鉄色の瞳が俺を映す。

 否定したい気持ちを抑えこむ。
 声高く否定すれば、緑鳥の二の舞だ。


「……明日、学校なんで」


 そんな逃げ口上を呟いて、席を立つ。 サカキさんの問いに答えることなく、店から出た。


 冷たい風が頬を撫でる。
 輝くクリスマスのイルミネーションや賑わう人には目もくれず、学園への道を歩く。


『――違ったかい?』


 違わねーよ。

 だけど、すんなりと認めてやれるほど、素直にできてねーんだよ。




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