14
謝罪のしるし(side.真彩)
夢と現実の間を、さまよっているような感覚。
ふわふわと、意識が浮き沈みしていた。
髪をかき上げるように、撫でる手。
不器用だけれど、その優しさが伝わってくる。
その手が、不意に止まった。
「まだ、消えてないのかよ」
この傷痕は。
忌々しそうに、吐き捨てる声。
これは、幼なじみの声。
――古宮の声。
言葉とは裏腹に、古宮の指は気遣うようにそっと傷痕をなぞった。
額の、髪の生えぎわの傷痕。
幼い頃にできた傷痕。
――傷ができた経緯を話すと、幼なじみは、なんとも言えない顔をしたことを覚えている。
今も、そんな顔をしているのだろうか。
見てみたい気持ち。
だけど、見てはいけない。
そんな気持ちが、交錯した。
だけど、僕の意思とは裏腹に、意識がまた深い眠りの底へと沈んでいった。
「マーヤ! 大丈夫か!!」
大きな声に驚いて、跳ね起きた。
だけど、上体を起こした瞬間、くらりとした。
「いきなり起きるな」
アホ。
そう呟いて、僕をベッドに寝かしつける古宮。
「少し声を抑えてくれるかい、光」
「ごめん! そうだよな、マーヤ体調悪いんだし……」
あの大きな声は、光くんだったらしい。
辻塚の言葉に、しゅんと小さくなっている。
……なんで、みんながいるんだろう。
古宮と辻塚、光くん。
寝ている僕を取り囲むように、3人はいた。
周りを見渡せば、僕の部屋だと分かる。
「……瞬間、移動?」
学校にいたはずなのに。
「何が瞬間移動だよ。俺が運んだに決まってんだろ」
お前、また倒れたから。
古宮に言われて、思い出す。
弓槻先輩のこと。
倒れたこと。
秋月に助けてもらったこと。
「マーヤ、大丈夫か? まだ気分悪い?」
心配そうな顔をする光くん。
「大丈夫だよ」
「どこが大丈夫なんだい? 大丈夫っていう人は、倒れないはずだけど」
光くんを安心させたくて言ったんだけど、辻塚に怒られた。
顔が笑っている分、怖い。
「……ごめん」
「安易に大丈夫だって言わないこと。今度言ったら――」
分かってるよね、と微笑む辻塚。
後ろに般若が見えた気がして、必死に頷いてみせた。
「古宮も、ごめん」
倒れてしまったこと。
部屋まで運んでもらったこと。
――迷惑をかけていること。
「いつものことだろ、バーカ」
古宮が、気にした様子はない。
だけど、倒れた分、生徒会の仕事が滞ってしまう。
そのことが、とても申し訳なかった。
「謝るべきなのは、古宮だろう?」
「そうだ! 会長が仕事サボるのが悪いんだしな!」
辻塚と光くんから指摘を受けて、古宮は顔を背けた。
反論しないのは、2人の言葉に正しいと思うところがあるからだろう。
「いいんだよ」
僕がそう言うと、辻塚と光くんははじかれたように振り向いた。
「神原、」
「マーヤ!」
辻塚は、呆れた表情。
光くんは、怒った表情。
「それじゃダメだろ! 幼なじみだからって、会長を甘やかすなよ!」
古宮を甘やかしている、なんて思ったこともない。
むしろ、僕のほうが甘えているはずだ。
「確かに、古宮がサボってたのは困ったし、大変だったよ」
「だったらっ!」
「でも、高校生にもなって、体調管理できない僕自身にも原因はあるから」
だから、いいんだよ。
そう伝えれば、光くんは押し黙った。
「それでも俺は、神原は古宮に甘いと思うけどね」
僕の説明だけでは、辻塚を納得させることはできなかったみたいだ。
「そうかな」
「そうだよ。だから古宮のサボり癖は治らない」
辻塚の言葉どおり、古宮はよくサボる。
それをどうにかしたい、と僕も思う。
だけど――、
「古宮がサボらないで仕事してたら、気持ち悪いよ」
そんな姿、想像できない。
雨が降る。
この季節だから雪になるかもしれない。
山奥にある学園だから、雪が積もりやすくて大変なのに。
「ぷっ――真面目に椅子に座ってる古宮は、確かに想像できないけど……」
サボる回数を減らしてほしいって意味だよ。
笑いを堪えているせいか、辻塚は震えた声で答えた。
「マ、マーヤ、気持ち悪いって……! 言われてやんの、バ会長!」
光くんも、お腹を抱えて笑っていた。
「くそっお前ら、黙って聞いてりゃいい気になりやがって」
古宮が怒り出した。
それでも、いつもに比べたら、感情を抑えてるように見える。
僕が倒れた後だからかな、なんて理由を考えてみた。
「神原」
「なに?」
「――謝らないからな」
辻塚と光くんの笑いが治まった頃。
僕を見ることなく、古宮が言った。
「うん、分かってる」
古宮は謝らない。
昔から、そうだから。
「いつものこと、だよね」
古宮の真似をするように、言ってみた。
謝罪の言葉なんて、滅多に言わない。
それが、古宮。
それが、僕の幼なじみ。
謝罪の言葉を言わない理由も、そうなった経緯も――全部知っているから。
古宮の口から、謝罪を聞こうなんて思っていない。
「古宮」
「何だよ」
「お腹空いた」
時計を見れば、もう20時を回っている。
眠っていただけとはいっても、やっぱりお腹は空く。
「ちょっと待ってろ」
謝罪を言葉にしない古宮。
その代わりに、行動で謝罪を表す。
王様気質の古宮が、僕の言葉で動いてくれる。
いつもなら、食堂に行けの一言で一蹴するのに。
「カレーが食べたいな」
「……ルームサービスでいいよな」
これが、古宮の謝罪の証(あかし)。
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