13

反射する色(side.相浦)


 生徒会長の親衛隊とかいうヤツらに囲まれた。

 最初は、オレよりちっこい連中がギャンギャン言ってるだけだった。

 オレ、こんなにうるさくないよな。
 紅狼が、ピーチクパーチクうるせぇって言うけどさ。

 って、呑気に考えてたのがいけなかった。

 物陰から現れたガタイのいい連中。
 10人はいるっぽい。

 喧嘩には自信がある。
 でも、ちょっとヤバいかなぁ。
 数の多さに、冷や汗が流れてた。



「――何してる」


 低くて、威厳を感じさせる声。
 アイツだ。


「こ、古宮さま! あのっ、これは……」


 アイツの登場に、ちっこい連中が慌て出す。


「かっ、彼が! 生徒会の皆様に迷惑をおかけしているから!」
「そうですぅ。だからぁ僕たち、彼に……」
「誰が、そんなことを頼んだ」


 冷ややかな一瞥を、ちっこい連中に向けた。


「それは……」
「俺たちの意思を尊重し、意に沿わない行動はしない。――いかなる場合であっても、力による解決は禁止」
「…………っ」
「その誓約を侵したのは、お前らだ。再三に渡る忠告を無視したお前らに対して、解散命令は必然。――違うか」


 反論を許さない言葉。

 絶対君主。
 『デルタ』の皇帝。

 そう呼ばれるだけはある。


「さっさと失せろ」


 低く、唸るような声。
 親衛隊の連中は、顔を真っ青にして逃げ出した。


 残されたのは、俺。
 ガタイのいい連中に襲われかけて、尻餅をついたままだから、格好悪い。

 そんな俺を見下ろしてくる、アイツ。
 『デルタ』の総長であり、この学園の生徒会長。
 ――古宮 晃大。







 出逢った印象は、最悪だった。


 俺の仲間が、アイツにボッコボコにされた。
 だから、仕返しに行ったんだ。


 俺たち『凍鉄』。
 アイツ率いる『デルタ』。

 2つのチームが初めて衝突した、あの日。

 無駄のない動き。
 乱闘の中で、アイツは敵味方関係なく、瞳を惹きつけた。

 でも俺は、大嫌いだった。
 自分の仲間が足元で倒れても、表情ひとつ変えないから。

 冷たいヤツだ、って思った。
 なんで、こんなヤツの仲間になる人間がいるのか、分かんなかった。
 闘いばかりを望む姿は、狂った獣のように見えた。


『お前には、大切なヤツとかいねーのか!』


 そう言って、殴りかかった俺。


『っ……うるせぇよ』


 返してきた蹴りを、ギリギリで避けた。

 その時に見えた、アイツの表情。
 傷ついてるような、痛みを堪えるような顔。

 ――殴りつけた力が強かったせいだ、と、その時は気にも止めなかった。







「怪我は?」


 差し出された手。
 その手に、自分の手を重ねることはしない。


「ない!」


 そう強がってみせたけど、本当は打ち付けた肘が痛かった。


「嘘をつくな。右腕庇ってるだろ」


 一瞬で見抜かれてしまった。

 敵に。
 しかも『デルタ』の総長なんかに。

 弱いところを見られたくなかったのに。


「……すぐ治るし」
「虚勢を張るな。少なくとも、俺の前では」
「大丈夫だって言――」
「医務室に担いで、連れてってやろうか?」


 にやり、と笑う会長。
 コイツ、ぜってー本気だ!


「イヤだ!」
「なら、大人しく来いよ」


 左腕を掴まれ、引っ張り起こされる。


「何処、行く気だよ?」
「生徒会室に決まってるだろ」


 いやいや、決まってないから!


「医務室がイヤなんだろ? だから生徒会室で手当てしてやるよ」


 言ってることが無茶苦茶だ。

 いつ、俺が医務室イヤって言った?
 イヤだって言ったのは、担いでいくってことに対してだ!

 でも一応、助けてもらったわけで。
 文句ばっか言うのって、カッコ悪いから。


「……サンキュ」


 本当は、礼とか言いたくないけど。
 仕方ないから、言ってやるんだ。







 鴫川学園に転校してきた日。
 広すぎる敷地で、迷子になってた。

 高校生になっても迷子、って恥ずかしすぎる!

 そう思ってたときに、見つけたチャペル。
 興味本位で中に入れば、荘厳なパイプオルガンに圧倒された。


「誰だ。ここで何してる」


 いきなり声をかけられて、飛び上がりそうになった。

 立ち入り禁止だったのか?
 それなら、素直に謝ろう。

 声のするほうを振り返った。

 同じ制服。
 見覚えのある顔。


「お前、『デルタ』の……っ」


 思ったことが、すぐ口に出る。
 自分でも分かってる悪い癖。


「! 緑鳥か……」


 ニヤリ、と笑う『デルタ』の総長。

 さっき声を出さなかったら、気づかれなかったのに!

 後悔しても、もう遅いわけで。


「転入生が来るとは聞いていたが、お前だとは」


 運がいい、と呟く敵の総長。

 転入した学校に、コイツがいるなんて。
 運、悪過ぎるだろ!


 初めてチームが衝突した日以来、コイツから何度も迫られてた。

 何度好きだって言われたって、俺はコイツが嫌いだけどな!


「この学校では、俺がルールだ」
「は? 何言って――」
「どれだけ足掻いても必ず、俺のものにしてやる」


 気づけば、コイツと唇が重なってた。

 ファーストキスだったのに!

 学園での出逢いも、やっぱり最悪だった。







 生徒会室に連れていかれれば、副会長がいた。

 辻塚 恭輔。
 和服が似合いそうな美形。


「いらっしゃい、光」


 部屋に入れば、一瞬驚いた顔をした。
 でも、すぐに笑顔で迎えてくれた。


「そして、久しぶりだね。古宮」


 一方、会長に対しては、トゲのある言葉。
 眼鏡を押し上げながら浮かべる微笑は、何となく怖い。


「久しぶりって?」


 生徒会長と副会長。
 いつも会ってるんじゃないか、と思って、訊いてみた。


「ここ数日、サボってくれていてね」


 仕事が溜まっているんだよ。

 辻塚の声には、疲れとも怒りとも取れる感情が含まれてる。


「サボるなよ!」


 それでも生徒会長か! って指摘すれば、


「何が悪い。仕事の期限は守ってる」


 平然と返された。


「よく言うよ。神原のサポートがあるから、期限を破らずに済んでいるんじゃないか」


 呆れた口調で、辻塚が口を挟む。


 神原のサポート。

 神原ってのは、マーヤのこと。
 前に、生徒会室まで案内してくれた、優しいヤツのこと。
 この頃、教室に来ない俺のクラスメイトのこと。


「マーヤが教室に来ないのって、会長のせいじゃん!」


 会長がサボるから。
 その仕事をさせられてるから、マーヤは授業に出れない。

 裏を返せば、コイツが仕事をすれば、マーヤは教室に来れるんだ。


「仕事、押しつけるなよ!」
「別にいいだろ」
「よくねーよ! 幼なじみだろ!」


 紅狼が言ってた。
 会長とマーヤは幼なじみだって。

 幼なじみって、支え合ってるもんだろ。

 でも、会長とマーヤの場合、そうは見えない。
 マーヤが、すごく損してる。


「幼なじみは、大切にしろよ!」


 俺の言葉に、会長は顔をそらした。
 その眉間に皺が寄ったことなんて、気づいていかなった。




 RRR!

 室内に響く電話の音。


「はい」


 受話器をとったのは、辻塚。
 声を出していけない雰囲気に、押し黙る。


「はい……えぇ、はい……」


 辻塚の声が、はっきりと聞こえる。
 でも、その内容は全く分からない。


「はい。それでは」


 静かに受話器が置かれる。
 誰も言葉を発しないのに、室内には重々しい空気が流れた。


「古宮」


 辻塚は、会長を見据える。
 その瞳は、責めるようにも、悔いるようにも見えた。


「神原が倒れたよ」


 また、貧血を起こしたらしい。



 理解が、できなかった。


「何だよ、それ!」


 またって何だよ。
 貧血で倒れた、とか。

 それって、それって。
 その原因って――、


「あのっバカが!」


 オレより先に、怒鳴り声を上げた会長。
 焦りを滲ませた表情のまま、生徒会室から飛び出していった。




「心配しなくていいよ。神原は、よく貧血を起こすからね」


 会長が飛び出していった扉を見つめてた俺に、辻塚が説明してくれる。

「僕たちも行こうか」


 神原の様子見に。


「珍しいものが見れるよ」


 珍しいもの?

 ハテナが浮かぶオレを、辻塚は笑いながら促した。



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