12

瞳の先(side.秋月)


 もたれかかってきた身体。
 肩に押し当てられた額。

 王子の腕から分厚いファイルが落ちる。
 バタンッという落下音が、やけに大きく響いた。


「おい、」


 呼びかけても反応はない。
 完全に意識が飛んでやがる。


 何が、ちょっとキツい、だよ。
 全然ちょっとじゃねーだろ。

 バカじゃねーの。
 バカだ。
 バカ決定だ、バカ王子。


「ったく……」


 倒れた人間の身体に、負担をかけるわけにはいかねーから、ゆっくりと抱き上げてやった。

 予想よりも軽い身体。
 鳥と同じくらいしかねーし。
 身長は、平均よりあるくせに。

 細いから倒れんだよ、バカ王子。


 苦しげに寄せる眉を見つけてしまえば、言ってやりたい文句も言えなくなる。

 落ちたファイルを跨いで、医務室へと向かう足取りを速めた。





「おい、」


 医務室の扉を、足で開ける。
 薬品の匂いが漂ってくる。
 そして、微かに混じる煙草の匂いに、思わず顔をしかめた。

「もう少し丁寧に扱ってくれな……って、その子」


 扉を背に、机に向かっていた養護教諭は、くるりと振り向いた。
 抱き上げている王子を見た瞬間、目を見張った。


「神原くん?」


 甘そうな髪色。
 他に、こんな頭したヤツいねーだろ。


「こっちのベッドに運んでもらっていいかな?」


 白いベッド。
 王子を横たえてやる。
 顔は、変わらず血の気がねー。


「貧血だね。神原くんは、よく脳貧血を起こすんだ」


 王子を診ながら、保健医は話し出した。

 医務室では常連となっていること。
 王子自身が、症状を自覚していること。
 対処法を心得ていること。


「だから、何だよ」


 コイツが倒れやすいことは理解した。
 だが、そのために俺に何をさせたいっつーんだ。


「だから、心配することじゃないって言いたいんだよ」
「……は、」


 何言ってんだ、この医者。


「熱心に神原くんを見つめているじゃないか」
「見つめてなんかねーし……」
「そうかい? ここに来たときも、大事そうに抱いて――」
「ただ運んでやっただけだ!」


 顔が熱い。
 怒鳴って頭に血が昇ったせいだ、と結論づける。

 検討違いなこと言いやがるから。


「神原くんのこと、気になっているんだと思ったんだけど、――違ったかい?」
「ちげーよ。バカじゃねーの」


 目の前で、倒れやがったから。
 運んでやっただけ。

 それ以上、何の感情も持ち合わせてねー。


 踵返して、扉に手をかけた。


「あれ、帰るのかい?」
「るせー。用は済んだんだよ!」


 王子を連れてきてやった。
 用件はもう済んだんだから、帰るに決まってんだろ。

 ここにいる理由は、もうねーから。


 力任せに閉めた扉。
 バンッという音が、耳障りだった。



 俺が出ていった後の医務室。


「青春だねぇ」


 なんて保健医が呟いていたことなんて、知らねー。


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