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暗転(side.真彩)
--そろそろ、仕事して。
古宮への、メール。
送ろうって思うのだけれど、送れない。
『応援するから』
そう言ったのは、僕。
だから、光くんといるところを邪魔するのは躊躇ってしまう。
だけれど仕事はたまる。
そろそろ僕の手には負えなくなってきた。
授業を休むのも、そろそろ限界だ。
勉強についていけなくなる。
成績は、落としたくはない。
学費を出してくれている義父に申し訳がたたなくなる。
だから、できるだけ授業にも出たい。
「神原真彩くん」
昼休み。
生徒会室に向かおうとしている途中。
呼び止められて、振り返る。
「……先輩」
弓槻 凛先輩。
僕の前に、書記をしていた人。
細くて長く見える首が、目に止まる。
ユヅキ。
この人には、濁点がつく。
「お久しぶりです」
会うのは、10月の交代式以来。
前任の生徒会役員は、古宮とそりが合わない。
だから極力、生徒会室に近づいてもらわないようにしていた。
僕も、弓槻先輩はちょっと苦手だ。
「頑張ってるみたいだねぇ」
「はい」
「今は、クリスマスパーティーの件かな?」
持っていたファイルを、いきなり覗き込まれる。
思わず、遠ざけてしまった。
「いえ……これは、校則改正です」
クリスマスパーティーの件は、実行委員会に渡した。
あとは、委員会と話し合って、微調整していくだけだ。
「校則改正かぁ。懐かしいなぁ」
校則の改正は、2学期までに決めなくちゃいけない。
そうしないと、その次の年度から施行できないから。
「貸してっ」
返事をする前に、先輩は僕の手からファイルを素早く取り去った。
「あ、あの……先ぱ」
「へぇー、補助かばんのデザイン変更決まったんだね」
「えっと、はい」
先輩は、勝手に内容を読んでいく。
返してほしい。
まだ下書きのものもあるから。
だけど、先輩だから、言いづらくて。
「あ、携帯電話! 規制厳しくしちゃうんだぁ」
笑みを浮かべる弓槻先輩。
表情とは裏腹に、規制するべきじゃない、と言ってるように聞こえた。
「……携帯電話を使った隠し撮りが多発していて、」
「それだけの理由じゃぁ、生徒の反感買うだけだよ?」
そう言われると、言い返せない。
規制を嫌う人がいることは、分かっている。
それでも、生徒の間で問題が起きているから。
規制をかけなくてはいけない。
「もっと頑張ってよぉ。僕の後任なのに頼りないなぁ」
生徒会書記。
仕事は、記録をとることだけじゃない。
企画立案など、業務は多岐に渡る。
その任期を全うした弓槻先輩。
僕はまだ、その職務についたばかり。
頼りなく見られても、仕方ない。
「……すみません」
「謝ってほしいわけじゃなくて、頑張ってほしいだけ。古宮様に迷惑かけてほしくないしねぇ」
頑張っているつもり。
古宮に迷惑かけていないつもり。
だけど、それは僕の主観。
先輩から見れば、努力が足りないんだろう。
「すみません」
「だからぁ、謝らないでよぉ。僕が悪いみたいじゃなぁい」
もっと頑張らなくちゃいけない。
もっとしっかりしなくちゃいけない。
分かってはいる。
分かってはいるけど。
「折角、神原を名乗らせてもらってるんでしょ。その名に見合う働きをするべきだよね」
「っ……は、い」
「それじゃぁね。神原、真彩くん」
ようやく返してもらえたファイルは、さっきよりも重く感じる。
「頑張ってねぇ」
去っていく先輩。
その方向を、見ることはできなかった。
--神原を名乗らせてもらってるんでしょ。
頭の中がぐるぐるする。
先輩の言葉が、反芻する。
分かってる。
ちゃんと分かってる。
全部、分かってる。
だけど――、
揺らぐ感情。
思考もぐちゃぐちゃ。
立っていられなくなって、その場にしゃがみこんだ。
目の前が、白くなっていく。
貧血をおこしかけている。
できるだけ頭を下げて、血が昇りやすいようにした。
「何やってんだよ、王子」
聞こえてきた声。
呆れたような、ため息混じりの声。
「バカじゃねーの」
秋月だ。
「立てるか? 医務室行くぞ?」
「……だいじょ」
「何が大丈夫だ。お前の顔、血の気ねーんだよ」
ぐいっと引っ張られる腕。
どうにか立ち上がったけれど、膝に力が入らなくて。
秋月に掴まっていないと、倒れてしまう。
「お前さ、キツい時ぐらい、ちゃんと言えばいーだろ」
「っ、ごめ」
「謝んな」
謝る必要ねーだろ。
ぶっきらぼうな言い方は変わらない。
だけど、いつもより抑えた声量。
気遣ってくれているみたいだ。
「アキツキ、」
「何だよ」
「ちょっと、キツい」
頭の中が、ぐるぐるする。
しなくてはいけないこと。
やらなきてはいけないこと。
――全部、分かってる。
だけど、
「休んでろ」
支えてくれる腕に、力が加わったのが皮膚を通して伝わる。
ぐるぐるする頭を、
うまく動かない身体を、
――秋月に預けた。
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