05

本気の瞳(side.真彩)



 --茶、買って来い


 そんなメールが来たのは、夜9時。
 課題の英作文を書いていたとき。

 7文字のメール。
 文末に丸くらいつけてほしい。

 そもそも僕はパシリじゃないのだけれど。
 古宮からのメールは、いつもこんな命令口調。

 ちょうど渡そうと思っていた書類があるから、ついでにお茶を買っていくことにした。




 古宮の部屋。
 生徒会長の部屋。

 来い、と言うだけあって、鍵は外されていた。
 ドアベルは鳴らさない。
 いつからか僕達の間で出来上がっていたルール。


「……古宮?」


 扉を開けて、聞こえてきた言い争う声。
 いやな予感がする。


「――どうして!」
「邪魔だからに決まってんだろ。さっさと帰れ」


 案の定、修羅場だ。

 嫌悪をあらわにする古宮。
 すがりつく小柄な子。
 見たことある子だ。
 確か、古宮の親衛隊長。


「何故、どうして僕が――」
「帰れ、その不細工面を二度と見せるな」
「僕を気に入ってくれていたんじゃ!?」
「しつこく付きまとってくるから、仕方なく相手してやってたのも分からねぇのか? その頭は飾りか。勘違いもいいとこだぜ」


 部屋にやってきた僕に気付いた古宮は、ニヤリと笑う。
 人を馬鹿にしている笑み。
 だけど、古宮がすれば様になる。


「こんだけうるさけりゃ、ダッチワイフの方がマシだ」


 ……下品。


「なっ――」


 親衛隊長の子は、カッと目を見開いた。
 古宮の一言がプライドを傷付けたのは、分かりきってる。

 だけど、
 振り上げられた手を、思わず止めた。


「な、何故……神原さま!?」
「今、誰を叩こうとしたか、分かっているのかな?」


 古宮は生徒会長。
 この学園の絶対的存在。

 そして、
 日本大財閥のひとつ、古宮家の嫡男。

 そんな人間を傷つけたのなら、学園どころか日本で生きていけない。


「それに生徒会専用フロアには立ち入り禁止だよ」
「ですが……!!」
「ここで寮監に引き渡してもいいんだよ。それが嫌なら従ってもらえるかな」


 少し、厳しい口調になっている。
 僕より遥かに身長の低い彼には、威圧的に聞こえてたのかもしれない。
 それでも、手を出してしまうのは良くない。


「転校生なんて来なければ……!」


 捨て台詞を吐きながら、彼は部屋から駆け出していく。

 転校生。
 相浦 光くん。
 ――古宮が気に入った人間。

 転校初日なのに、もう親衛隊を敵にまわしてしまっている。

 原因は、古宮なのだけど。


「ご苦労」


 労いの言葉。
 古宮から言われても、全然労われた気がしない。

 今なら分かる。
 僕をここに呼んだ理由。

 早く彼に帰ってもらいたくて、古宮は僕を利用した。
 お茶買って来いなんて、ただの口実。
 面倒なことを押し付けるための。


「親衛隊、全員と……?」


 関係を切ったのか。
 率直に尋ねることは憚られて、途中で言葉を濁す。


「全員だ。親衛隊も解散させる」


 古宮は頷き、そして断言した。

 古宮の瞳は真剣そのもの。
 冗談や軽口で言ってるわけじゃない。


「光くんが、好きなんだね」


 返事はない。
 けれど、その沈黙は肯定の証拠だった。

 それほど、古宮が人を想うのは初めて。
 僕が知る限り、初めてだ。


「俺が、本気だってことを、カタチとして示したかっただけだ」


 親衛隊を遠ざけたからといって、古宮の過去の所業が消えるわけじゃない。
 光くんが好きになってくれるとは限らない。
 そんなことは、たぶん理解している。


 だけど、それでも、
 ――本気だというカタチだけでも知ってほしい。

 古宮の考えは、何となく分かる。
 幼なじみだから。


 
「頑張れ」
「……俺が振られるとでも思って言ってんのか、それ」
「ううん」


 振られる、なんて思っていない。
 古宮は、とても魅力的な人間だから。


「ただ、」
「ただ?」
「鈍そうだなって思って。光くん」


 恋愛感情には鈍そうだ。
 古宮のハグをホールドって言っていたし。

 古宮も思い当たる節があったらしい。
 唸っていたけれど否定はしなかった。


「……お前は」
「僕?」
「お前もアイツが好きだ、とか言い出さないよな」


 古宮の目に浮かぶのは、疑惑と牽制の色。


「光くんは転校してきたばかりで」
「マーヤとか呼ばせてるじゃねぇか」
「カンバルって呼びにくそうだったから」
「他意は」
「ないよ。クラスメイトとして仲良くしてほしい、かな」


 ――クラスメイトとして。
 僕の言葉を聞いて、古宮の肩から力が抜けた。


「嫉妬深い男はきらわれるよ」


 冗談っぽく言ってみる。


「嫉妬じゃねぇ。タラシのお前に言われたかねぇし」


 ……タラシって、


「無自覚かよ。タチわりぃな」


 僕が、いつ誰をタラシこんでいるというのだろう。
 それはそうと、


「僕、も?」


 さっきの古宮の言葉。
 ――お前“も”って言った。


「……辻塚と仁保も、アイツに興味あるんだと」


 アイツ。
 相浦 光くん。

 辻塚とは、生徒会室で会っていた。
 でも仁保はいなかった。
 どこで会ったのだろう。


「大変だね」

 古宮は、ライバルが多くて。
 光くんは、いろんな人に好かれて。
 ――大変だ。



「そうだ、古宮」
「あ?」


 そろそろ腕が疲れてきた。
 2リットルは、わりと重い。


「お茶」


 ペットボトルを差し出した。


「そんなに頼んでねぇ」


 量が多い。
 文句ばっかり。


「どうせ、すぐになくなるから」


 1週間もすればなくなるだろう。


「冷蔵庫、入れとけ」


 自分ですればいいのに。
 そう思いながら、従う僕も悪いのだけれど。

 古宮の部屋にある冷蔵庫。
 たぶん僕の方が、何が入っているか知っている。
 僕が管理しているって言ってもいいくらい。


「…………、」


 ペットボトルを持ち上げた瞬間、背中の傷がピリッと痛んだ。


「おい、どうした?」
「なんでもな」
「腕……いや、背中か」


 目敏い。
 こういうことは素早く察するのだから、古宮は侮れない。


「何で、そんなとこ怪我したんだよ」


 思い出すのは、紅い瞳。
 掴みかかられた恐怖。


「そういや今日、56限目サボったらしいな」


 恐怖と痛みで動けなかったから。

 様々なことを関連付けて考えられる古宮。
 頭の回転が早いのは羨ましいことだけれど、気づいてほしくないこともある。


「内緒」
「聞かねぇよ。どっかにぶつけたんだろ、どうせ」


 お前、鈍くせぇから。
 その推測は推測で、酷い。
 だけど、言及されなかったことにホッとした。

 古宮と秋月は、かなり仲が良くない。
 2人の性格は合わないみたいだ。
 だから古宮の前で、秋月の話は禁物。
 逆も、そうなんだろうと推測している。


「おい」


 こっちに来い、という古宮の命令口調。
 横柄な態度は昔から。
 あの口から、感謝や謝罪を聞くことなんて珍しい。


「何?」
「背中の傷、見せろ」


 古宮が手にするものは、軟膏。
 背中の傷は、自分では届かないから。
 幼馴染みが塗ってくれるらしい。

 言葉でもっと説明してくれるといいのだけれど。

 これが、古宮だから。
 古宮の、優しさ。
 不器用な古宮の気づかい。


「ありがと、古宮」


     *


 冷たい指が、背中に触れる。


「……んっ」
「いい反応だな」


 傷口に触られたら、誰でも痛がるはず。
 そのうえ、触ってくる手が冷たいのだから。


「何処に打ち付けたんだ? 傷が熱持ってるぜ」


 たぶん、画鋲。
 壁の掲示板にあった突起はそれ以外考えにくい。
 確かめていないから、断言できないけれど。


「も、いい?」


 触られると痛い。
 それに、上半身何も着ていないから寒い。
 室内といっても、今は冬なのだ。


「相変わらず白いな」


 古宮の指が、背中を這う。

 指使いが変わった。
 僕の背中で遊んでいる。


「仕方、ない。焼けにくいからっ……古宮、もっ、ちょっと、くすぐったい」


 脇腹に当てられた手を、剥がそうとしてみる。
 くすぐったくて上手く力が入らない。


「う、わっ」


 抵抗できないままソファーに押し倒された。
 見下ろしてくる古宮の、ニヤニヤした顔。


「お前となら、悪くねぇな」


 顔も悪くねぇし。
 言葉と今の体勢が理解できないほど、バカじゃない。


「あーやべぇな。セフレ切ったから溜まる」


 光くんが好きだから、他との関係を止めたって言ってたのに。
 説得力なくなったよ。
 台無しだよ。


「ヤるか?」


 いやだよ。
 古宮の節操なし。

 そんなことするというなら、


「写真」
「あ?」
「古宮の昔の写真、ばらまくよ」


 幼馴染みだから、小さい頃の写真がいっぱいある。
 それこそ恥ずかしいのまで。


「海水浴のときの、古宮の海水パンツがずれ――」
「まだ持ってんのか!?」


 古宮の顔がひきつる。
 持ってる。
 置いているのは寮じゃなくて、家だけど。


「……捨てろ」
「退いてくれるよね」
「捨てろよ」
「退いて」


 舌打ちをながら、古宮は身体をずらす。
 不貞腐れた顔のまま、服を着る僕を睨んでいた。


「ついでに書類持ってきたから。クリスマスパーティーの」


 目通しておいてね。

 古宮は悪態つきながら、頷いた。
 写真の効果は絶大だ。


 それから、クリスマスパーティーについて話し合った。


 話が終わったのは、23時。
 眠い。


「部屋に戻るから」
「あぁ」
「書類、明日提出忘れないで」
「あぁ」
「会議も遅刻厳禁」
「あぁ」


 生返事ではなくて、言葉で返してほしいのだけれど。


「それと、応援するから」
「あぁ……あ?」 


 何をだ、と古宮は目を丸くする。


「光くんとのこと」


 古宮と光くんのこと、応援するよ。
 古宮は不器用で、光くんは鈍そうだから。

 帰る前に伝えておこうと思ったこと。
 ただそれだけは、ちゃんと伝えておく。


「それじゃ、また明日」


 扉に手をかける。
 そのまま、古宮の部屋を出ようとした。


「おい」
「なに?」


 呼び止めた古宮。
 僕と目を合わせようとはしない。


「…………は、……んなよ」


 聞こえない。


「他の奴は、応援すんなよ!!」


 部屋に響く怒声。
 だけどそれは、別の言葉に聞こえた。
 古宮からの、ありがとうに。


「分かった。しない」


 応援するのは、古宮だけ。




     *




 翌朝。

 解錠されたばかりの昇降口で、靴を履き替えた。

 校舎内でも、吐く息が白い。
 時間が早すぎて、まだ空調が稼働していないから。


 行く先は、自分のクラス。
 ――2‐2。


 教室内には、すでに生徒がいた。
 5人の、小柄な生徒。
 クラスの子ではない。

 彼らがいるのは、窓側の最後尾。
 僕が運んだ机の周り。
 光くんの席。


「何をしているのかな」


 怖がらせるつもりはないけれど。
 僕だって、いつも冷静でいられるわけじゃないから。


「か、神原さま!」
「君達、何をしているのかな」


 僕のクラスで。


「いえ、あのっ」
「これは……っ」


 慌てた様子で、光くんの席を隠す。
 それでも垣間見える惨状。

 教科書は破かれ、机にも陰口が書きつけられている。
 暴力的な内容は、目に入れたくない。


「僕のクラスで、こんなことしないでもらえるかな」


 無意識のうちに声が低くなる。
 こういうことは嫌い。
 原因が、古宮にあるのだとしても。


「今すぐ、僕の教室から出ていってくれるよね」


 彼等はびくりっと肩を揺らす。
 瞬く間に、教室を飛び出していった。



 残されたのは、僕。
 そして、惨状となった机。

 行き場のない怒りを、必死に抑えようと手を握りしめた。

 

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