03

 


 胃の痛みに魘され、目が覚めた。

 何度寝返りを打っても眠気は訪れず、諦めて身を起こせば胃の中のものがせり上がってくる気持ち悪さに襲われ、覚束ない足取りのままトイレに駆け込んだ。

 昔の夢を見た日は、いつもこうだ。


 流れる水が描く渦に、あの夢も飲み込まれ消えてくれないかと何度願っただろう。

 しかし消えないそれは、忘れたくないという己の深層心理が働いているためだ。


 最愛の兄を忘れたくない。
 私は罪を忘れるなど許されない。


 そう言い聞かせてしまえば、魘される過去の夢も嘔吐感も受け入れて当然のものになっていた。


「……だいじょーぶ?」


 ペタペタとフローリングを歩く音を伴いながら、まだ眠たげな声で問いかけてきたのは同室者。

 嘔吐した後の口で会話する気にはなれず、大丈夫だと言うように笑みで返したが、同室者は余計に心配そうに見つめてきた。

 あまり上手く笑えていないらしい。

 敬愛する兄を亡くして以降、表情も感情も制御するための訓練を受けてきたというのに、体調の微妙な変化に左右され、自然な笑みも作れぬ惰弱な自分が嫌になる。


「……悪いな、起こした」


 嘔吐感が治まり、口の中に残る胃酸を漱ぎ落した後、ようやく話しかければ同室者は頭を振った。


「もーすぐ起きる時間だもん」


 夜から朝に移り変わる過程で絶妙な紫色を作り出している空の様子が、カーテンの隙間から覗く。

 時刻は6時になろうとしている。
 寝坊助の同室者にとっていつまより1時間以上早い起床だ。

 寝足りぬことをもの語るように、瞼は重そうで舌も回っていない。

 しかし、同室者の言葉から読み取れる気遣いを無下にするわけにもいかず、そうかとだけ呟き返した。



「今日さ、休んだら?」


 私の顔色や表情を観察する同室者は、遠慮がちに問いかけてきた。

 その躊躇いがちの口調と裏腹に、向けられる眼差しは正直に不安を伝えてくる。


「平気だ」
「……でも、」
「自分の身体のことは自分でよく理解している。大丈夫だ」


 多少強い口調で返せば、同室者は口をつぐんだ。


 同室者――周船寺 夏芽(すせんじ なつめ)は医者一族の生まれとはいえ、今はまだ高校生だ。
 医学の知識をかじったに過ぎない以上、他人の体調面について強く言えるはずもなかった。

 それを知っていて、強い口調で断言したことは我ながら卑怯だと思う。

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