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酒は飲んでも呑まれるな



白石は誰もいないリビングのソファに座り、今日配布された書類に目を通していた。
しかし、書類の内容に目を通し終わると途端に盛大な溜息を吐いて、ローテーブルに書類をバサっと乱暴に放り捨てた。
今日は日南は夜中まで帰ってこない。
今彼女が通っているデザイン学校の被服科メンバーで飲み会があるからそれに参加している。
日南には日南の付き合いもあるし、中学の同級生である一氏 ユウジも同じ学校の同じ学科にいて、彼も参加するらしいから参加を許したけどどうにも心配だ。
一氏曰く、日南は学校の中でも人気があるらしいから。
学校にいる間は一氏が睨みを利かせてくれているみたいだけどそれでもめげずに日南に迫る男も少なくないらしい。

心配の種は尽きないけど気にしていても仕方がない。
もう、今日は先に寝てようか。そう思いながら寝室に向かおうとすると、チャイムが鳴る。
もしかしたら日南か。そわそわしながら玄関に向かい、ドアを開けると目つきの悪い青年が「よぉ」と小さく手を挙げた。

「ユウジ!」
「おう、久し振りやな。お前ん所の嫁、酔い潰れてるから連れてきてやったで」

そう言った一氏の背中には頬が真っ赤な日南がすーすー寝息を立てて背負われていた。
白石は直ぐに日南を引き取ると一氏に「入っていきや。茶ぁくらい出すわ」と言って寝室の方に向かっていた。
日南は私服のままだから後で着替えさせてちゃんと寝かせてあげなくちゃな、と考えながら、ベッドの上に降ろしてやる。
それよりさっき流してしまったけど一氏が日南の事を「嫁」と呼んだのが気恥しい。

リビングに戻ると一氏は買って知ったら白石宅のダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。
直ぐにポットから湯を注ぎ、茶を淹れる。

「堪忍な、日南連れてきてくれて。大変やったやろ」
「日南自体は酔ってもおとなしいから別に構わへん。……せやけど白石、自分ちゃんと日南の事躾ときや」
「躾、って穏やかやないなぁ」

紅茶を淹れると一氏の前にカップを置いて真正面に座る。普段真正面には日南が座っているからなんだか不思議だ。
すると一氏ははぁ、と溜息を吐く。

「危うくお持ち帰りされる所やったんやで、あの阿呆」

お持ち帰り。その単語を聞いた白石のこめかみがぴくりと反応した。

「その話、詳しく」
「今日の飲み会はこの前のショーの打ち上げやったんやけどな、チームの中に日南に気がある奴がおってん。俺が少し目ェ離してる隙に日南にじゃんじゃか酒飲まして、酔い潰れた所をお持ち帰りする予定やったみたいや。すぐにそいつから日南を引き離したけどな」
「日南も何で酒断らんねん……」

日南は酒に関しては医者から過度に摂取する事を禁じられているけど、その前に下戸であまり飲む事が出来ない。
少し呑んだだけで顔が真っ赤になって呂律が回らなくなる。しかも、泣上戸で甘え上手になるというオマケ付き。
「自分が下戸や言う事解ってるのに」と言うと「あんまり責めてやるなや」と、一氏が紅茶に口付けながらそう言う。

「相手は俺と同い年の先輩で、そいつめちゃくちゃもてる奴やから周りの女が怖かったんやろうな。でも日南も頑張っとったみたいやで?彼氏が心配するからあまり飲まんって言うてたみたいやし」
「……日南」
「まぁ、日南に信頼されとる言う事やな」
「ホンマ嬉しいわ……」

ニヤニヤしそうなのを何とか我慢しながら紅茶を啜る。
日南みたいに上手く淹れる事が出来ないなぁ、とは思いながらも中々良い感じだとは思っているけど。
すると一氏は「せや」と何かを思い出した様に声を上げる。

「自分、日南に渡す婚約指輪は買ったんか?」
「いや、まだやけど」
「はぁ!?おま、まだってどういう事やねん!何年日南の事待たせるつもりやこのヘタレ」

ガタガタと椅子を鳴らしながら立ち上がり、今にも掴みかかって来そうな一氏に「待って!」と声を掛けながら、咳払いを一つ。

「中々、日南に良さそうなデザイン見つからへんねん。日南に渡すもんならどんなもんでも妥協はしたない言うか……」
「……まぁ。気持ちはわからんでもないけどな」

静かに椅子に座り直す一氏に白石はホッと胸を撫で下ろした。
一氏は昔から怒ると迫力があるし、それが彼の意中の相手の小春と後輩である日南の事になるとさらに迫力を増す。
何だかんだ言って一氏も日南の事が可愛くて仕方がなかったみたいだし。

「せや、そんなに気に入るデザイン見つからへんなら白石がデザインすればええんやないか?」
「俺が?」
「おん。日南のヤツ、昔も今も自分にベタ惚れやし、白石がデザインした指輪や知ったら嬉し過ぎて卒倒してまうかも知れんけどなぁ」

ケラケラ笑う一氏に白石は考え込む。
自分でデザインするだなんて今まで考えつかなかった。
でも一からデザインをするとなるとお金は勿論、時間すらも沢山かかってしまうからネックだ。
それに今でも完璧を求めてしまうが故に日南に渡す物に対しても完璧を求めてしまいそうで、そこが気掛かりだ。
悩んでいると一氏が悩みの種を察してくれたのか「ええデザイナー知っとるから紹介したるで」と珍しく笑みを浮かべる。

「まぁ、日南のおふくろさんなんやけどな。あの人ここ数年ジュエリーデザインにも手ぇ出しとるし、結婚するなら早めにご挨拶しといた方がええんとちゃうか?」
「……せやなぁ」
「日南の両親は自分の事気に入っとるみたいやし、反対はせんと思うで」
「……おん」

そんな会話をしていたら廊下の方から「うぅー」と言う呻き声が聞こえてくる。
日南が目を覚ましてリビングにやってきたみたいだ。
頭が痛いみたいだから水でも飲ませてあげるか、と白石は立ち上がってすぐに冷蔵庫からミネラルウォーターを出すとコップに注ぐ。飲みやすいようにストローを指して。
ドアが開くと頭を抑えた日南がヨロヨロとリビングに入ってきた。まだ顔が赤い。

「おー、酔っ払い娘。ようやく起きたんか」
「頭、痛い……」
「そらワイン1瓶にチューハイ2杯も飲めば具合悪くなるやろ」
「なっ!?そないに飲まされたんか……。日南、大丈夫か?水飲む?」
「……飲むー」

そう言った日南はべったりと白石に抱き着いて来て。アルコールの所為なのか何なのか体温が上昇していて熱い。
突き放す事も、引き剥がしてソファに座らす事も出来ないでいたら一氏が見兼ねて日南を引き剥がしてソファに座らせた。
白石もすぐ隣に腰を下ろすと日南の体を支えて水を飲ませてやる。
喉も乾いていたのか、こくこくと細い喉が水を嚥下する度に上下する。
そんな様を見ていた一氏がテーブルに肘を付いて溜息を吐き出す。

「白石、なんぼなんでも過保護過ぎやせぇへん?水くらい自分で飲ませや」
「零したりしたら大変やろ」
「それが過保護やっちゅうねん」
「自分かてよう小春に同じ事やっとるやん」

そう言い返すと一氏は声を詰まらせてから「小春はええんや、小春は!」とトンデモ理論をぶちかまして「帰る」と、玄関まで向かう。
コップをテーブルの上に置いて一氏を送り出そうとすると一氏は「日南の事見とれ、阿呆!」と言って玄関から出て行った。
後でもう一回お礼のメールを送らなくちゃな。そう思いながら甘えてくっついてくる日南の頭を優しく撫でる。
汗を掻いてるみたいだからシャワーを浴びさせてあげたいけどこの酔い方なら明日浴びさせた方がいいかな、なんて思う。

今日はもう一緒にベッドに連れて行って寝るか。
そう思って日南を横抱きにすると、一氏の言葉を思い出す。
「危うくお持ち帰りされる所やったんやで、あの阿呆」と。
思い立った事があって日南をソファの上に一旦下ろすと日南に覆い被さり、首筋に舌先を這わせる。

「? くら?」
「ん?」
「何してるの?」
「危機管理がなっとらん日南に少しお仕置き」
「えー、お仕置きやだー」

呂律が回ってない舌で、子供みたいな事を言う日南に苦笑を浮かべてしまう。
酔うと甘えん坊になる事は知っていたけど、まさか幼児後退までするだなんて。これはますますあまり酒を飲ませない様にしなくては。
アルコールの味がする唇に口付けて「だーめ」と意地悪に告げて、首筋を舐めて吸い上げてを繰り返す。
口付ける度に日南が小さく、色付いた声を零すけど警戒心がない日南が悪い。
熱で赤らんだ首筋には更に赤いキスマークが幾つも浮かんでいて。白石はそれを満足そうに見つめる。
相手が馬鹿じゃなければこれがどういう意味か解るだろうし、酔いが覚めた日南にもお仕置きになる。
満足した所で日南をもう一度横抱きにすると今度こそベッドルームに向かう。
明日、目が覚めた日南がどんな顔をするか楽しみだ。


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一方、白石宅のマンションを出た一氏は駅のホームで大切な人に電話しながら電車を待っていた。

「白石は相変わらずやで。日南に骨抜きや。あー、式の日取りとかは特に聞いてへんなぁ。あ、電車や。すぐ帰るさかい、続きは後でな。愛してんで、小春」

語尾にハートマークを散らして、最後にリップ音を立てて携帯を切る。
電車に乗るとすぐに空いている隅っこの席に腰を下ろし、溜息を吐く。
あの2人がここまで漕ぎ着くのに一体どれだけの苦労があっただろう。
日南が四天宝寺に入学してきて、テニス部のマネージャーになってからと言うもの、白石はずっと日南の事を見続けていて。
日南も白石の事をずっと見続けていて。
いつの間にか知らない内に2人は恋人同士になっていたけど、いつくっつくのかずっと見守ってきたから結婚を考えてると白石が告げた時は「ようやくかい」なんて体中の力が抜けた。
尤も、白石が結婚を考えているという話はまだ四天宝寺でも一部の人間しか知らないけど。
式を上げるなら全力で2人が笑えるネタを考えてやらなくちゃ。
頬を綻ばせながら一氏は小春が待つ自宅への帰路を急いだ。


2016/06/10