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僕達同棲しています



「ただいまー」

仕事を終えて帰宅してみれば家の中は真っ暗でしんとしていて。
いつもであればドアを開けたら大切な人が笑顔を浮かべて「おかえり!」と笑顔で迎え入れてくれるのに、今日はそれがない。
廊下の電気をつけて、リビングの方へ向かうとソファの上に毛布の塊が転がっている。サイズ的に中に人が入っていそうだ。

「日南?」

腰を屈めて名前を呼びながら毛布を剥ぐと、日南はすーすーと気持ち良さそうに寝息を零して眠りについていた。
もしかしたら、また持病の発作を起こしているんじゃ。そう思っていたからただ眠っているだけと言う事に安堵する。
発作については高校進学と共にアメリカに渡って治療してきたから大丈夫だというのは解かっているけど、人より少し病弱な彼女だから心配になってしまう。
安堵の溜息を吐くと白石はそのまま薄暗いリビングの電気もつけて、ベランダ側の大窓に向かい、カーテンを閉める。
そしてまたソファの近くに戻ると、キッチンに限りなく近い位置に寄せてあるダイニングテーブルの上には既に夕飯が用意されていて。今日の夕飯のメニューはチーズハンバーグとシザーサラダとポタージュの様だ。
もしかしたら夕飯を作って待っている内に眠りこけてしまったのかもしれない。
なんせ今の時刻は20時を過ぎてしまっているから。普段であれば遅くても18時には帰宅出来ているのに随分と遅くなってしまった。
加えて日南に遅くなると一言も連絡すらも出来ていなかった。

「……心配掛けさせてごめんな」

優しい手付きで日南の髪を撫でる。
中学の時から日南にこうしてやるのがずっと大好きで。日南も「嬉しい」と気持ち良さそうに目を細めて喜んでくれて。それは今でも同じなのだけど。
本当はこのまま寝かせておいてあげたいのだけど、夕飯を食べずに待っていてくれていたみたいだから起こさないと。
そうは思うけどやっぱり気持ち良さそうに眠っている日南を無理矢理起こすのも憚られる。でもここは心を鬼にしなくては。

「日南。日南ー。起きや、20時やで」

肩を優しく揺すってみるも日南は「んん……」と唸り声を上げるだけで。何回も揺らしてみるけど何度も何度もそれの繰り返しだ。
こうなったら最終手段を出す他ない。日南の耳元に唇を寄せるとゆっくりと声を吐き出していく。

「ただいま。早よ起きな、襲ってまうで?」

そう言った途端、毛布の中で日南はもぞもぞと急に動き始める。
そして今まで頑なに閉じていた目蓋をゆっくりと開いて、寝ぼけ眼に白石の姿を写す。

「おはよ、日南」
「おはよ?……あれ、くら?」

寝ぼけているのか目蓋を何度も開閉して真正面で屈んでいる白石の肩に体を凭れさせる。

「なんやなんや。寝起きの日南は甘えたさんやな」
「蔵ノ介さんがいるって事はお仕事、終わったの?」
「せや。……帰って来るん遅なってごめんな、日南」

額にそっとキスをすると日南はそれが嬉しかったのか、頬を染めて身を捩る。
ゆっくり毛布を全部剥がしてやると、ぎゅっと抱き締められた。ずっと毛布に包まっていたのか、ほんのりと温かい。
もしかしたら言葉にしないだけで帰りが遅いのを心配させていたみたいだ。そう思うと胸の奥がぎゅっと締め付けられて痛くなる。
でも、大好きな日南の小さい肢体を抱き締めていたら、そんな痛みも溶けるように消えていってしまった。

「蔵ノ介さんが無事に帰って来てくれただけで、私は嬉しいよ」
「日南が想ってくれてるから何事も無く毎日過ごせてるみたいで嬉しいわ」
「蔵ノ介さんは」
「ん?」
「蔵ノ介さんは私の事、想ってくれてる?」

きょとんとした顔で急にそんな事を言われるから言葉に詰まってしまう。
もっともっと力を込めて日南の体を抱き締めると「当たり前や」と声を震わせて呟く。

「そんなん、当たり前や。四六時中日南の事想っとる。中学の時からずっと」
「!」
「あんな?日南の事、愛してなかったらアメリカ帰って来てすぐに同棲しようなんて誘わへんて」

「察してや」と、少し照れたようにそう言った白石に日南はその時の事を思い出して段々と頬を赤く染めていった。
そうだ。白石は素直に愛情を表現するのは苦手な人だ。そんな人が勇気を振り絞って愛情を伝えてくれたのに、大切にしてくれていない訳が無い。
それは日南の自惚れでしかないのだろうけど、白石の事は中学の時から沢山解かっているつもりだ。他の誰よりも沢山。

そうじゃなければ1年遅れで中学を卒業して、手術の為にアメリカに行って4年振りに戻ってきた大阪の、関西空港で白石はずっと日南が帰国してくるのを待ってくれている訳がない。
日南を見つけた途端、嬉しそうな顔をして日南に真っ直ぐ駆け寄ってきて、力いっぱい抱き締めてくれた。あの時は本当に嬉しかったし、泣きそうになった。
4年間遠距離で、中々話すら出来なくて寂しい思いを互いにしていたはずなのに、浮気する所か自分に褪めないでいて待っていてくれて。
一途に愛してくれて、大切にしてもらえている事が何よりも嬉しくて。
日南も白石の事を想いながらアメリカでの生活や手術を乗り越えてきたけれど、ずっと好きな人に想ってもらえるというのは本当に嬉しい。
自然と緩んでいく頬に表情を締めなくちゃと頑張ってみるけど頬が緩みっぱなしで締りが無い。
すると白石はにやにや顔で日南の事をじっと見詰める。

「なんや、あの時の事思い出して照れとるんか?」
「駄目?私にとってはとても嬉しい出来事だったんだか思い出して悦に浸りたい時もあるんだよ?」
「っ……!!せやからそれは反則やて」

顔を真っ赤にした白石に日南は「ふふふ」と微笑むと「意地悪や」と白石がしょぼんとしながら離れていく。
そんなに意地悪しちゃったかな、とは思いながら白石が離れていってしまったことに日南もしょぼんとした顔になる。

「ご飯、温めないとね」
「せやな。ホンマ堪忍な、遅くなってしもて」
「怒ってないから気にしないで。でも、何で遅くなったの?」
「それは、その……」
「?」

何気なく苦かれたであろう言葉に対して言葉に詰まると日南は首を傾げる。
本当はまだ先の事だから、暫くの間秘密にしておいて、その時が来たら日南にも教えてあげたいのだけど。
多分当たり障りが無い嘘をついても日南は「そっか」で済ましてくれるだろうけど、出来る事なら日南に嘘なんて吐きたくない。でも、日南を思い切り驚かせてあげたいと言う気持ちもあるから二律背反に苛まれる。
一人で逡巡していると日南は少し訝しげな表情を微笑みに変えて、「言えない事なら無理して言わなくても良いよ」と囁く。

「え?」
「蔵ノ介さんが私にも言うの悩んでいる事ならよっぽどの事なんだな、って解かるし。蔵ノ介さんなら浮気とかそういう心配もないだろうし。もし、今悩んでる事に関して私に言おうって決心付いた時に相談してくれたら嬉しいな」
「……堪忍な」
「いえいえ。何年蔵ノ介さんの傍にいると思っているんですか」

そうだ。中学の時に初めて出会った時から日南はずっと白石の傍にいてくれた。
四天宝寺中男子テニス部部長と、マネージャーとして。U-17選抜日本代表選手とマネージャーとして。
白石が挫けそうな時も日南はずっと傍にいて頑張って支えてくれていた。それは大人になった今も同じで。
だからこそ愛しくって、大切で、ずっと傍にいて欲しい、傍にいたいと思える。

「あー。ホンマ日南には敵わんわぁ」
「ふふふ、そうでしょそうでしょ!割と蔵ノ介さんの事はお見通しだよ!」
「何やて?!それはめっちゃ恥ずかしいわ」

本当は、日南に婚約指輪を贈りたくてアクセサリーショップに立ち寄って店員さんに色々相談していたから遅くなってしまったのだ。
つい大切な人の事になると熱弁してしまって、お店のお姉さんを少し困らせてしまっていたけど。
でも、そんな白石の想いが伝わっているからなのかお姉さんは笑顔で相槌を打ちながら真摯に話を聞いてどんな指輪が良いか、色々提案してくれた。
現在デザイナーとして勉強している一氏に会った時に言われたのだ。「自分、日南と結婚するつもりでいるなら婚約指輪はちゃんと渡しとかなアカンで」と。
結婚指輪だけで良いと思っていたら「甘い!」と怒鳴られた。
「婚約指輪っちゅうのはなぁ、生涯お前を大切にするっちゅー意味合いを持ってるんやから絶対に渡せ!ええな?!」と、かなりの念押しをされた事もあるし、気になって調べてみたら色々大切な意味合いがあるからどうしても日南に婚約指輪を渡したいと思っていた。
まだ、正直なところ日南は結婚と言われてもぴんとはこないだろうけど、だからこそサプライズで指輪を渡したいというのが白石の本音だ。
一氏からしてみたら「自分らいっぺん爆発しぃや」と言う気分らしいけど。

「はい。熱いから気をつけてね」
「おおきに。今日も美味そうやな。いや、絶対美味い」
「そんなにべた褒めしてハードル上げなくっても」
「ハードル上げてへんわ。せやって、日南の料理はなんだって美味いし」
「!! 作り甲斐あるなぁ」

ふにゃりと笑った日南はとても幸せそうで。自分の言葉一つでこうして日南を幸せに出来るのはとても嬉しい事だし、光栄の至だ。
でも事実日南の料理は美味しい。中学の頃からそれは変わらなかったけど、やっぱり腕は上がっている実感は有る。
結婚したらもっともっと幸せでいられるのかな。そう思うと胸が擽ったくなるし、彼女が好きである事を再認識する。
真正面に座った日南が微笑みを浮かべて「じゃあ、食べよっか」と言うと頷く。
2人は声を揃えてフォークに手を伸ばした。

「いただきます」


2016/06/07