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似た者同士
真田は素振りに勤しんでいる新入生達を見詰めながらも、辺りを見渡していた。

「あの子、今日も来ていないね」
「規律を乱す者に立海テニス部に入る資格等などない」
「そう」

真田の言葉に素直じゃないな、と幸村は思った。
先日、この立海大付属中テニス部の先輩方を侮辱し、哀れに散って行ったあの新入生・切原赤也の事を自然に探している事を気取られたくなかったみたいだけど、気にしている事は周囲にはバレバレだ。
小学生の時からの付き合いだからこそ解かる。彼が、真田が切原の事を気に掛けている理由を。
顔を僅かに俯かせて笑うと「だが」と、真田は言葉を紡ぐ。

「ん?」
「素質はある。放っておくには惜しい」

背を向けたままの真田から、奴を放っておくのも忍びないと、そういう思いが伝わってくる。
本当に素直じゃない。そう思って幸村は小さく鼻で笑った。
この前、屋上庭園で素直じゃない親友のもう一人が小生意気な1年生の事を買っていたっけ。そして、今の真田と同じ様な事を口にしていたっけ。

「京も、同じ様な事言ってたよ」
「花祭が?」
「うん。"あの子は鍛え甲斐がある、鉄は熱い内に叩き打て"って」
「……頼む幸村、俺をあの単細胞と同じ扱いにしないでくれ」
「ふふ、それと同じ事を京も言っていたよ」
「……」

「仲良しだね、君達」と何気なく言い放つ幸村に真田は痛む頭を片手で押さえ込んだ。
別に仲良しだと思われても構わないけど(現に性格がアレでも京の事は高く評価しているし、何だかんだ言って話も合うから好ましくは思っている)、幸村の言葉には何か含みがありそうで嫌な感じが少しだけする。

「あ、そうだ弦一郎。今日さ、俺と京と3人で一緒に帰らない?」
「む、構わんが……いきなりどうかしたのか?」
「ちょっとね。思い出話でもしたいなぁ、なんて」

優しく微笑んだ幸村の言葉に矢張り何かあると感じたが、真田は素直に首を縦に振った。


===============


その日の帰り道、幸村と真田と京は3人で肩を並べて駅までの道を歩いていく。
立海大付属中は海沿いにある学校だ。そうなると帰路も最寄り駅も自然と海沿いを歩く事が多くなる。
小さな波の音と磯の香りが潮風に乗って通り過ぎていく。

「あの子、あの時の君に似てるよ」
「あの時の君って、弦一郎?」
「ああ。そうか、京もずっと居る感覚だったけど、君とは中学を選んでる時に出会ったんだもんね」

そう微笑みながら京に言うと京はうんうんと首を縦に振った。
対する真田は生真面目な無表情を浮かべて真っ直ぐ道を歩いている。

「2年前のジュニア大会、小学生だった弦一郎は試合後にふらりと現れた手塚に惨敗した」
「!! 弦一郎が?」

幸村の言葉に京は驚いて真田の顔を見詰める。
いつも無敗の真田が、小学生の時とは言え惨敗を喫していただなんて。
そりゃあ人間誰だって、どんな才能を持っていたとしても絶対に負けないだなんて事はありえないのだけど。
しかも、その相手がプロからも声が掛っている手塚 国光だと聞いて更に驚愕した。
京も手塚の実力を知るところだけど、一体どんな試合が繰り広げられたのか。
その試合を真田本人の口から聞いてみたいけど、黙りこくっている真田の横顔を見ていたらそんな事を聞くのも不躾だと思ってしまって内容を尋ねる事が出来ない。

真田はその時の事を思い返していた。
真夏のコートの下で、飄々としている手塚 国光に敗北を喫し、両膝を付いている幼い自分の姿を。
そして、肩で呼吸を繰り返しながら手塚 国光に言い放った言葉を。
「いつか……いつか俺が、ナンバーワンになってやる」。
その言葉に手塚は振向き、じっと真田を見詰めていた。
あの時の敗北の屈辱も、手塚の冷たい視線のずっと忘れられずにいた。いや、忘れてたまる物かか。
あの時の雪辱は必ず注いでやると、そう誓っていた。

「それから弦一郎は練習に練習を重ね、ついに頂点へ登りつめた。人は負けを知るほど強くなれる。あの時の君の様にね」

幸村は凛とした瞳を真田に向けそう言った。
真田は相変わらず真っ直ぐ目の前を向いて我関せずの勢いだけど。
京は肩に掛けていたテニスバッグの肩紐をぎゅっと握り締める。
今まで、中学に入ってから無敗を築き上げてきた真田の過去にそんな事があっただなんて。

「……手塚に負けたのが原動力になって今の弦一郎がここに居る、って事か。なんだかいい話だね」
「だろ?」
「でも、弦一郎の気持ち何となく解かるな。私もずっと勝ちたいのに勝てない相手居るし」
「へぇ、それは初耳だな。是非ともお聞かせ願えないかい?」
「そ、それはまたいつか、ね」

そう言った京は何かを思いだしたかの様に「あ」と声を上げると顔のまん前で両手をぱちんと合わせた。

「ごめん、2人共!部室に忘れ物しちゃった。取って来るから先帰ってて!」
「忘れ物だと?全く、たるんどる!」
「ごめんってば。また明日ね!」

そう言いながら京は今まで来た道を戻っていく。元気に走りながら。
幸村はその様を見て「相変わらず元気だね」と微笑み、真田は呆れたように溜息を吐いた。
しかし一体何を忘れたというのか。幸村は少し待ってようか、なんて真田に声を掛けようかと思ったけど彼女が戻ってきた時に「何で帰ってないの?!」と言われそうだからその言葉を飲み込んで、そのまま家路に着いた。


===============


「いけないいけない、折角精市がくれたのに持って帰るの忘れるトコだったよ」

京は腕に紙袋を引っさげていたが、その中には植物用の栄養剤プラグや肥料、それに花の種が入っていて。
栄養剤のプラグは昨日鉢植えに分けて貰ったゼラニウム達に、と家にあるものを持ってきてくれたらしい。朝練習の時に受け取ってそのまま部室に置いてしまっていた。
普段花を愛でるという事をしないからどうしても持ち帰る事を忘れてしまう。
そういえば小学生の時も理科の実験で育てていた花を持ち帰るのを忘れて物の見事に枯らしてしまったっけ。
今思い返せばぞっとする。好きな人が手塩に掛けて育てた花を放置して枯らすだなんてそんな事する位なら一生テニスが出来なくなった方がまだましかもしれない。それはそれで嫌だけど。

少しだけ駆け足で駅までの道を急ぐと海の方から聞きなれた音が聞こえてきた。
テニスボールをラケットで打つ時の特有の音だ。
でもここ近辺にテニスが出来るコートなんて物はなくて。最寄のコートは京達が通う立海大付属中にしかない。
ボールを打つ音だけを頼りに京は辺鄙な場所で練習している人間を探す。
もしかしたらあの小生意気な新入生かもしれない。そう思って。
音を伝っていったら海沿いにある廃船が置かれている小さなスペースに到着した。そこにはテニスボールが沢山転がっていて、その中に最近良く見かけるもじゃもじゃ頭を見つけて、京は彼に近寄った。

「部活に来ないで何してんの」
「!! アンタ、女テニの……」

伏せていた顔を上げたら罰の悪そうな顔をしていて。すぐに顔を伏せてしまった。
ああ、これは嫌われてるなと思うけど紙袋やバッグをその場に置いて、足元に転がるボールを一つ拾い上げた。

「何でここにアンタがいるんすか」
「アンタアンタって、君ねぇ。先輩をアンタ呼ばわりしてるとその内本気でシメられるよ?」
「でも俺アンタの名前知らねぇし」
「花祭 京」
「! え?」
「え?って私の名前。だって知らないんでしょ?私の事」

そう言うと切原はきょとんとした顔をしてそれから唇を尖らせた。

「その花祭センパイが俺の所に来て何の用っすか?」
「こんな辺鄙な場所でテニスしている人が居るから誰かと思ったら君だった」
「辺鄙な場所って……、ここくらいでしか練習できる場所ないから」
「ならテニス部入ればいいじゃん。それにここ、海に近いから砂浜とかもフルで活用したら結構足腰強くなるよ?走るだけでもさ」

手にしていたテニスボールを高く放り上げると、そのまま落下してきたボールをキャッチする。
もう一度ボールを放ろうとしたら切原が目をまん丸にして自分を見ている事に気が付いて「何?」と声を掛ける。

「いや、何でアンタ……花祭先輩は俺に助言するような事……」
「……私は君みたいな口だけの子は嫌いだよ。でもね、1度の敗北を巻き上げようと必死になって努力をする子は大歓迎。そういう子の成長していく姿見るの、楽しみじゃない?」

「かといって、君に言動の数々を許している訳じゃないけどね」と言ってボールを切原に放り渡す。
切原は上手くボールを受け取るとテニスバッグを背負う京の背を呆然と見詰めていた。
もしかしたら目の前のこの人は自分の事を目に掛けてくれている?そう思ったけどそうでもないみたいだ。掴みにくいというかなんというか。
でも、通りすがりの女子テニス部風情にそこまで言われる筋合いはない。
ムッとした切原は廃船に立てかけておいたラケットを握り、受け取ったボールを京に向けて思い切りサーブを打つ。
だが。打ち放ったボールはすぐに真っ直ぐ切原の顔面横すれすれを猛スピードで飛んでいく。
そして岩に当たり、放物線を描いて緩やかに地面に落ちていった。

「……は?え?」

背後を転がるボールと京を交互に見返すと京の手にはラケットが握られていて。
いつの間に彼女はラケットを握っていたのだろう。どうして自分に向かってサーブが打たれたと解かったのだろう。
困惑していると長く、重苦しい溜息が聞こえてきた。

「あのさぁ、その気に入らないと暴力的になるラフプレー癖直した方が良いよ」
「え?」
「……テニスは人を傷付ける為の道具じゃないんだ。次、テニスで人を傷付けようとしたらその時は引き摺り回すぞ、青二才」

肩口に向けられた京の視線に切原は体を震わせた。
ジュニアの時にいつだったかは忘れたけど、同じ様な目を向けた来た選手がいた。
その選手にぼこぼこにされたのは今でも良く覚えている。
その選手の事をよく覚えていなかったから再戦する事は叶わなかったけど。名前も所属校も何も覚えていなかった。
もしかしたらその時の選手が目の前に居るのかもれない。そう思うと妙に気持ちが高揚した。
グッと息を飲み、拳を強く握る。そして意を決して口を開いた。

「待てよ」
「あ?」

切原の呼び止めに不機嫌なまま振向いた京だが、すぐにその表情は笑みに変わる。
京の姿を見詰める切原の目はとても真っ直ぐで、真摯な目をしていたから。

「俺と、試合してくださいよ花祭先輩」

不敵な笑みを浮かべる切原に京は犬歯を剥き出しにして笑った。


2016/04/27


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