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新入生歓迎会
「はぁー、緊張したぁ」

新入生歓迎会を終えたばかりの京はテニス部のユニフォームに袖を通して、重々しげに溜息を吐いた。
元々こう言った発表会やプレゼンが苦手だから尚の事。
きっと自分ひとりじゃ部活紹介なんて出来やしない。そう思っていたから男女混合での部活紹介で本当に良かったと思う。
隣で幸村もテニス部のユニフォームを身に纏って他の部活の主将達と話をしていた。内容はもっぱら全国大会についての話の様だけど。
すると首の裏側にずしんと何かがのしかかり、微妙に体が沈んだ。

「京ちゃんおっつー」
「! 先輩!」

京に声を掛けてきたのは1学年上の女子バレー部の部長で。
そして、その隣には吹奏楽部の部長が控えめに立っていて、京に小さく会釈すると微笑を浮かべる。
部活と学年が違えど、1年生の頃に彼女達には沢山お世話になっていたのだ。

「見てたよ、テニス部男女混合でのプレゼンテーション。花祭さんと幸村君の紹介解り易かったし、全国大会3連覇の意気込みも強く伝わってきたよ」

「それに2人共、お似合いで羨ましいな」。
吹奏楽部の部長が優しい口調でそういう物だから、京は照れた様に頬を染める。
バレー部の先輩は「いっちょ前に照れちゃって」と、照れてでれでれしている京の脇腹をごすごす小突いてくる。
「ちょ、痛いっス!先輩、痛いっス」と笑いながら言うと先輩も調子に乗って、今度は京の脇腹を擽り始めた。すぐに吹奏楽部の先輩が止めてくれたけど。

「花祭さん達女テニの試合、見に行ける時応援しに行くね」
「ありがとうございます!私も先輩達の試合やコンクール、見に行ける時だけど応援しに行きます!」
「ありがとう。いつも元気な花祭さんが応援に来てくれたら心強いな」
「でもね京ちゃん、吹奏楽のコンクールは大声出して応援しちゃいけないんだからね」
「しません!」

バレー部の先輩が耳元でぼそっとそう言うと、顔を真っ赤にして反論の声を上げる。
冗談だとしても先輩は私を一体どういう目で見てるんだ!そう言いたげに。
すると吹奏楽部の先輩ははにかみながらバレー部の先輩の頭を小突く。地味にゴッと鈍い音がしたけど大丈夫か。

「そうだよ、千郷じゃないんだから。じゃあ、またね花祭さん。お疲れ様」
「先輩もお疲れ様でした!」

手を振り遠ざかって行く先輩2人の背を見送ると、自分も教室に戻ろうと踵を返す。
だが。振り返った先に誰かがいて思い切りぶつかってしまった。
すぐに距離をとって「ごめんなさい!」と頭を下げて謝る。
しかし、予想していた「何をしているんだ」という怒号は無く、かわりに「ふふっ」と優雅な笑みが聞こえてきた。
顔を上げると先程まで一緒に登壇し、部活紹介を行っていた幸村が其処に居た。

「楽しそうだったね」
「うん。良い先輩達なんだよ。1年の時色々お世話になったんだ」
「そう。京が良い先輩だって言うならそうなんだろうね」

部活や学年が違うとは言え、仲が良い先輩を幸村にが褒められると何だか嬉しくなってくる。幸村も大好きだけど、先輩達の事も大好きだから尚更。

「何で笑ってるんだい?」
「だって、精市に先輩達褒めてもらえて嬉しいんだもん。先輩達大好きだからさ」
「! やっぱり京は素敵な女の子だね」
「? どういう事?」

何でいきなりそんな事を言うのか。そういう意味合いで尋ねてみると幸村は「内緒」と良いながら笑みを浮かべる。
何でよ。何で内緒よ。と思って少し不貞腐れていたら目の前で幸村が京に手を差し出す。

「教室、早く戻ろう。ホームルーム始まっちゃうよ?」

そう言った幸村は京の目には童話の中の王子様の様に見えて。肩に掛けているジャージが不思議なくらいにマントに見える。
お姫様は私で良いのかな?なんて柄にも無い事を思いながらも、ドキドキと高鳴っていく心臓の鼓動を感じながら幸村の掌に指先で触れた。
昨日はあんなにこの手で幸村に触れる事を躊躇していたのに。
途端、幸村は京の手をぎゅっと握り締めて教室まで走り出す。
廊下を走るのは危ないという事は重々承知だけど今日だけは許して欲しいな、なんて走りながらそう思った。

===============


「花祭ー、お前、まだ部活の時間じゃないぞ。何でテニス部のユニフォームで戻ってきてるんだ」

少しだけ遅れて教室に戻った途端、既に教室に戻ってきていたクラス担任の先生が呆れ顔でそう言うとクラスの中がどっと笑いに包まれる。

「だって、このホームルーム終わったらすぐに部活じゃないですか!」

幸村に手を引かれたまま教室に戻ってきたから、と言うのもあるけど一旦制服に着替えてまたユニフォームに着替えて、なんてそんな面倒な事はしたくない。
先生もそれを察してくれたのか深い、深い溜息を吐いた。
流石、1年の時から京のクラス担任をやってくれているだけある。

「お前なぁ……。まぁ良いか、花祭早く自分の席に座りなさい」
「はぁーい」

擦れ違うクラスメイト達が「お疲れ様」と声を掛けてくれる中で京は椅子に座る。
幸村もユニフォームのまま教室に戻ったけど、もしかしたら彼もクラスでは茶化されたのかな?そう思うと自然に笑みが零れてくる。
茶化されて狼狽している幸村なんてそういえば見た事がないな、なんて思いながら。
茶化されてもいつもはにかみながら「止めてくれないかな」と優しく諌める彼の事だから、きっと狼狽までは行かないのだろうけど。
一度だけでいいから狼狽している幸村を見てみたいなぁと京は先生の話に耳を傾けながらそう思った。

先生の話が段々つまらなくなってきて大きな欠伸をした所で丸井と視線が交わる。
丸井もつまらなさそうな顔をして、それから口パクで何かを京に伝えていた。
目を凝らして口の動きを見ると「帰り、ケーキ、食いに行こうぜ」と言っているようで笑顔で頷くと丸井も笑顔を返してきた。
仁王はぼんやりと窓の外を眺めているけれどそんなに先生の話が退屈なのかと思う。人の事を言えた義理じゃないけど。
今の京の気持ちは部活の後にケーキを食べに行く。それに傾いていた。


先生の退屈な話も終わり、楽しみにしていた部活も終わり、京は部室で制服に着替えていた。
運動終わりの女子テニス部の部室内は色んな制汗スプレーの匂いが混ざり合っているけど、それはこの1年で大分慣れた。
部内でも今日の新入生歓迎会の部活紹介は好評で。
部長に至っては「やっぱり京に任せてよかったよ!」だなんて褒めてくれて嬉しくなる。
今日この後、皆で横浜にでも行ってこようか、なんて話をしていたけど京は一言「ごめんなさい、用事あるんで!」と告げて、足早に部室を出る。
背後から「えぇー」と言うブーイングが聞こえてきて胸の中でにわかに罪悪感が生まれたけども。
部室から出たら既に真正面の男子テニス部の部室前に丸井とジャッカル、それに珍しい事に柳 蓮二も一緒だ。

「珍しい、蓮二も一緒にくるんだ」
「いや、俺はお前に言いたい言葉があっただけだ。良い紹介だったぞ、部活紹介」
「! なんだろう、蓮二に褒めてもらえると滅茶苦茶スペシャルな感じ。って言っても殆ど精市が内容考えたんだけど」
「こちらこそお褒めに預かり光栄、だな。それでもお前も一緒に発表しただろう?」

ふっと笑う柳は柔らかな物腰で京の言葉を素直に受け止める。
照れていたら「そうそう」と柳が言葉を繋げる。

「弦一郎から伝言だ。お前にしてはしっかりとした部活紹介だった、と」
「……蓮二、弦一郎何処?」
「所要がある故、既に下校しているが?」
「何するつもりだったんだよ……」

「チッ」と舌打ちをしそうな顔をした京にジャッカルが心配そうな顔でそう尋ねるけど、京は「ちょっと、ね」とだけ返す。
明日会ったら帽子のつばを掴んでイタズラしてやる。その上で膝カックンしてやる、弦一郎め。
……なんて子供みたいなイタズラを考え付いたけど口に出すつもりは毛頭ない。
口に出した所で目の前にいるこの柳 蓮二がバラすだろうし、紹介内容の殆どは幸村が考えたものだから幸村が褒められたと思えば良い話だ。
でも、やっぱり言い方が上からだから明日膝カックンはしてやろうとは思うけど。果たして膝が硬そうな真田に効くものか。

「それより早くケーキ食いに行こうぜー。腹減っちゃったよ」

傍らでずっと無言で京と柳の会話を聞いていた丸井が「もう我慢出来ない」と言いたげな顔をしながら、グリーンアップル味のガムを膨らませる。

「そうだね。ジャッカルは?」
「いや。俺は今日はオヤジに手伝って欲しいと言われた事があるから行かない」
「そっかぁ……ジャッカルいないと寂しいな。何するかわからないけどお手伝い頑張ってね」
「あぁ、ありがとうな。また機会あったら誘ってくれ」
「おぅ、また明日な!」

「じゃあ俺もそろそろ帰る」と言ってジャッカルは帰宅していってしまった。
学校でしっかり勉強して、ハードな部活をこなして、家の手伝いもしっかりするなんて本当に出来た人だと思う。精々食器洗いとお風呂掃除位しかしないから尚更。
柳も「俺も帰ってデータを纏めるとするか」と帰宅の体制に入る。
そうだ。明日からは新入部員がどっと入ってくるんだっけ。
ともなれば参謀の渾名を持つ柳が探るデータも膨大になるだろうから、纏めておけるものは先に纏めておくに越したこと無いだろう。
尤も、新入部員がどれだけ残るかふるいに掛けてからデータを取るのだろうけど。

「二人共、ケーキも良いが程々にしておけよ」

ふっと、笑みを浮かべた柳はそうとだけ告げるとジャッカルの後を追うように玄関まで颯爽と歩いていく。
同い年のはずなのに大人っぽい。あれは頼れる先輩になるな、と思わず感心してしまった。
丸井の方を見ると丸井も同じ事を考えているみたいな顔をしていた。

「……1個だけ食べて帰るか」
「だねぇ。蓮二に釘刺されると抗えない」
「おぅ」

それに明日の事もあるし。明日の放課後には流石にケーキは消化されてるだろうけど、ぽっこりお腹をユニフォームに隠して新入部員達と練習するなんて恥ずかしくて仕方が無い。
さっきまでは丸井とケーキ食べに行くのが楽しみだったのに、既に頭は明日の放課後に意識を向いていた。


2016/03/04


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