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放課後
退屈な授業を終えて、遂に放課後。
京は帰りのHRが終わると同時に教室を飛び出て幸村の教室に向かう。
「迎えに行くから」とは言われたけど1秒でも早く幸村に会いたい。その一心で。
幸村の所属する教室に到着すると丁度HRが終わったのか生徒たちがぞろぞろと教室から出てくる。その中から幸村の姿を確認すると「精市!」と元気良く声を掛けて駆け寄ると幸村は目を丸くしながら距離を詰める。

「京。もう、迎えに行くって行ったのに」
「ごめん、ごめん。部活の事になると居ても経っても居られなくなっちゃってさ」

てへへと照れながら笑うと幸村は「仕方ないなぁ」と溜息交じりに微笑を浮かべる。
でも、心が落ち着く。京の屈託のなく、あどけない笑顔を見ていると。


場所を移動して海風館の生徒ラウンジ。
自販機で飲み物を買ってから新入生歓迎会の打ち合わせを始める。

「でも、何で私達2年に任せるかなー、先輩達」

京は歓迎会の台本の締めの言葉を考えながら唇を尖らせる。幸村はそんな京を「まぁまぁ」とはにかみながら宥める。確かに京の言いたい事も解らないでもないけど。
でも、実質現在のテニス部で一番強いのは男子では幸村で、女子では京の2年生コンビで。
そんな立海の男女の双璧が挨拶をすればテニス部には多くの新入生がやってくるだろう。そう先輩達は目論んでいる。
別にそんな事をしなくたって男女共に全国出場を果たしている強豪校なのだから新入部員は沢山入ってくると思うけど。
尤も、入部してきた新入生が立海のハードな練習にどれだけ付いて来られて、どれだけ関東大会まで残っていられるのかなのだけど。

ふと、ペンを弄んでいる京の右手を見ると薄く切り傷が出来ている事に気付く。
切り傷だけじゃない、彼女の小さい手はラケットを握り通しの所為で幾つも出来た豆が潰れて血が滲んでいる。でも、幸村はそんな京の手を"汚い"とも思わなければ不格好とも思わなかった。
京の傷だらけの手は京が王者・立海大の覇者の一人としてその力を磨き上げ、研鑽している立派な証明。
これは俺も負けていられないなと、じっと京の手を見つめていたら京はその視線に気が付いたのか顔を赤くして、さっと手を隠してしまった。
隠されてしまった手に思わず「あ」と残念そうに声が零れてしまうけど。京は眉を八の字に下げて、はにかむ。

「見てて楽しくないでしょ。私の手なんて」
「確かに楽しくはないけど……、でも京がまた強くなったって言うのを感じ取る事がで切るよ」
「えぇー?こんなみっともない、汚い手、精市に見せたく無いのになぁ」
「そう?俺は好きだな」

微笑みながらそう告げた幸村に京は更に顔を赤くした。
幸村が告げた"好き"は練習でごつくなった手の事を指しているというのは解ってるのに、自分そのものを好きだと言われたかの様に捉えてしまって、つい有頂天になってしまう。
言葉の意味が違っても、だ。その位の勘違いは許容して欲しいと自分自身に言い聞かせてみる。
すると幸村の白く、細い長い指先が京の手にそっと触れた。潰れた豆に指先が触れてびりっとした痛みが手に走るけど表情を変えないように努める。

「俺も頑張らなくちゃ。京に追い抜かされてしまいそうだ」
「謙遜しなさんなって。……私は多分、精市に追いつけないからさ」
「京?」

急に弱腰になる京の言葉に自然に眉間に皺が寄る。

「精市は強いし男の子だから。きっと女である私がどんなに努力して頑張って追いかけて、漸くの思いで精市に追いついても、追いついた先から精市はどんどん先に行っちゃう。私がどんなに努力して強くなったってね。精市だって同じくらい、いや、私以上に努力して強くなっていくんだから」

弱音を吐くなんてらしくもない。眉間に皺を寄せて京の言葉に耳を傾けるも京の目には闘志に燃える炎が燃え盛っている様に思えた。
京は「ふーっ」と長い溜息を吐くと前髪をぐしゃぐしゃにしながら「ごめん」と簿つりと呟く。
その「ごめん」が何に対しての謝罪かは解らないけど勝手にネガティブになってるな、と幸村は感じていた。

「何か、らしくない事言った」
「いきなりびっくりしたよ。京、普段弱音なんか吐かないから」
「馬鹿元気なだけなのが私の取り柄だからね」
「ふふ、そうだね。でも、俺は京の素敵な魅力、まだまだ沢山知ってるよ」

折角、顔の温度が通常に戻ったというのに笑顔で告げられた幸村の言葉にまた顔が熱くなって行く。
幸村の事が好きだから尚の事、幸村の言葉一つ一つに過敏に反応してしまう。

「なっ!?せ……精市、そういう思わせぶりな事ばかり言うと勘違いしちゃうよ?」

優しくて聡明で、意志が強い幸村は顔立ちが綺麗な事も相まってか女子からの人気は高い。
一方で京は男勝りで元気で溌溂として喧しいと称される。幸村と自分は対極的な存在だ。
大好きなテニスを通して仲良くなれたのだけでも奇跡に等しいのに、友好的な意味合いを超越した好意を向けられるなんて事になったら幸村の事が大好きな他の女子に刺されかねない。
それこそ弱音なのかもしれないけど、幸村とはこのまま友達のままでいたい。

「ちょっと、顔洗ってくる。しゃんとしなくちゃ」
「うん。俺は先に台本書き出してるよ」
「……うん」

席を立つとトイレの方に向かってフラフラと歩き出していく。小さく丸まっている京の背を見て幸村は短く、小さな溜息を吐いて椅子の背凭れに全体重を掛けて呟いた。

「勘違いしてくれて良いのにな」

こうなったら正攻法で真正面から告白してしまおうか。回りくどいのは一切無しにして。
京は自分自身に卑屈になっている面があるけど気付かないだけで女子から人気があるし、男子からも慕情を込めて人気がある。男子テニス部にも京を狙っている部員は少なからずいるのだから。

「幸村、こないな所で何してるん?」
「あ、毛利先輩」

赤味が強い癖っ毛の生徒が片手を上げて「よっ」と声を掛ける。
毛利 寿三郎。昨年大坂・四天宝寺中から転入してきたテニス部レギュラーの3年生だ。サボり癖が付いている所為か中々部活には顔を出さないのだけど。でもその実力は折り紙つきだ。
部活が始まっているこの時間にこの海風館にいるという事は今日も練習をサボるつもりなのだろう。

「先輩、そろそろ真面目に部活に出ないと……3日もしないで新入生が入部してくるんですから」
「あははは、練習キツ過ぎて中々出る気せぇへんくてな。それより幸村、自分も部活サボりやん?女テニの花祭ちゃんと二人でこないな所で、学校内デートかいな」
「ふふ、そんな感じです。……なんて、言うと思いました?明日の新入生歓迎会での部活紹介の打ち合わせですよ。遅れる事は部長には伝えてあります」
「……ホンマ、自分いい性格してるわぁ」

肩を竦めてから毛利は「明日楽しみにしとるで」とだけ告げて海風館を後にした。
明日を楽しみにって、やっぱり何もしないのかあの人は。そう思いながら本日2度目の溜息を吐いた。


===============


「駄目だ、精市の中で私の印象駄々下がりだ」

併設されているトイレの洗面台に両手を置き、深く溜息を吐く。
何で今日に限ってこんなにネガティブな方向に思考が突き進むのか。やっぱり幸村と二人きりと言うのが京の中で何かを可笑しくしているのか。こんな事なら女テニの友人を引っ張ってきて来ればよかったと思う。
洗面台に手を置いたまま、そのままその場にしゃがみ込む。

「二人っきりで嬉しいのに、こんなに弱くて汚い私ばかり見せちゃって本当、死にたい……」

とりあえずネガティブ思考を拭い落そう。立ち上がると洗面台の蛇口を軽く捻る。
排水溝に流れ落ちていく水に手を差し込むと、思ったよりも水が冷たかった所為か自然に眉間に皺が寄る。
しかし冷たいだなんてなんて言っていられない。水を手に掬うと顔に水を叩き付ける。制服が僅かに濡れたけど京は気にも留めないでハンカチで顔を拭った。
水が冷たかったお蔭で頭の芯がすっきりしたような気がする。
いつまでもくよくよしていられないと気持ちを切り替えて幸村の元へと戻っていくと、京に気が付いた幸村は「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。それだけでもう気分が高まっていく。
元々座っていた椅子に腰を下ろすと幸村は何かに気が付いたのか、テニスバッグからふわふわなタオルを取り出して、京の顔に充てる。
幸村のタオルからはほのかに花の香りがした。

「顔、まだ濡れてる。駄目だよ、まだ寒いんだから」
「あ、ありがと」

少し照れ気味にお礼を返すと幸村は儚い笑みを浮かべて「どういたしまして」と返してくれる。
当たり前なやり取りなのに幸村の育ちの良さが伺い知れる。こういうさりげない気遣いが出来る幸村は本当に人として素敵だ。見習わなくちゃとすら思わさせられる。

「さ、お喋りは此処までにして台本、粗方内容組んでみたから目を通してもらえるかな?もし
の内容でよければ更に内容を肉付けしていこう」
「うん。ごめん精市、ありがとう」

「よーし、頑張るぞー」と張り切ると幸村も相も変わらず、綺麗な笑みで小さく頷いた。


2016/02/29


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