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未来へ馳せる想い
あの試合の後、切原は決めた。
テニス部に入って立海3強を倒してみせる、と。
そんな切原は何故かひいひい言いながらグランドを走らされていた。
その様を部室から出てきて、帰ろうと校門に向かう京も見かけた。
だいぶ息が上がっている所を見るともう何十週と走りこんでいるらしい。

「何で走ってるの」
「! メスゴリ……花祭先輩」
「今"メスゴリ"まで聞こえたけど、もしかしたらアンタ私の事"メスゴリラ"ってあだ名付けてないでしょうね?」

青筋を浮かべ、仮面を貼り付けたような笑みを浮かべてそう言うと切原は「やべっ」と口を両掌で抑える。
おべっかを並べ立ててキザったらしい言葉を並べられるよりはまだましだけど。
腕相撲もテニスも、他のスポーツも下手な男子よりは強い自覚はあるし。何回もゴリラ扱いはされた事があるし(中学に入ってからは真田が怒鳴ってやめさせてくれていた)。

「ま、いいや。言われ慣れてるし。次言ったら容赦しないけど」
「ていうか、ちゃんと今日の試合見に来てくれてたんすね」
「まぁね。……ちゃんとあの時言った練習内容こなしたんだ」
「! ばっ、別にそんなんじゃねーし。ただ、あの真田って先輩や他の3人、それにアンタを倒したかったから練習に組み込んだだけで」

早口で捲くし立てる切原に京はぷっと吹き出した。
何と言うか、必死になって否定し過ぎて逆にボロを出してるかんが否めない。
今の言葉を総括したら「お前達を倒したいから言われた内容をやりました」にしかならない。切原が気付いているかどうかは解からないけど。
京が笑った事にムッとしたのか「何笑ってんだよ!」なんてきーきー言ってるから多分気付いていない。

「ごめんごめん、ちょっと面白くって」
「何が面白いんすか。じゃあ、俺真田さんに言われたグランド100週まだ残ってるんで」

そう言って切原は再び走り始める。
幾ら鍛錬と研鑽の鬼の真田といえども部活が終わった時分、しかも新入生にグランド100週なんて走らせるかななんて思いながら京も帰路につこうとする。
すると「花祭先輩!」と元気な切原の声が鼓膜を震わせた。
切原は既に京と対極の位置にあるグラウンドの奥にいて、じっとこちらを見ていた。

「何?」
「テニス部に入って、俺が強くなったらまた試合してくださいよー!それまで負けたら承知しねぇっすから!!」
「! 誰が負けるか!」

そう声を張り上げると切原はにかっとした笑みを浮かべてまたグラウンドを走り始めた。
また此処まで戻ってくるのに30秒は時間が掛かるだろうからと京は小さく息を吐いてそのまま校門へ向かう。
折角やる気を出して走っているのにそのやる気を削いでしまうのも不本意だ。何だかんだ言って楽しみながら走っているみたいだし。
校門を出て行動に出れば、校門の少し外れた所で男子テニス部2年の面々が固まって何かを話していた。

「何してんの?」
「あ、京」
「今帰りか?」
「うん、少し片付けしてた。と言うか切原、何でグラウンド走らされてるの?」
「仁王の奴が真田に変装して走らせたんだよ。なんつーか、可哀想になってきた」

ジャッカルが肩を降ろしながらそう言うと京はジト目で仁王を見ると、仁王は業とらしく目を逸らして口笛なんか吹き始めた。
クラスでもそうだけど仁王の悪戯は時々度が過ぎている様な気がする。
京も丸井もついこの前仁王に化かされたばかりだし。京は授業中、席を立って教科書を読み上げている途中にブーブークッションを置かれて赤っ恥だし、丸井はパッチンガムで思い切り指を挟まれていたし。
風紀委員である真田にチクッたお蔭で今では穏やかなものだけど、今でも悪戯をするなら逆にして欲しかったと今でも思う。

「雅治、あんたいい加減にしなよ」
「ピヨ……」
「で、何してた訳?」
「あの坊やの事について少し話していただけさ。丁度話に折り合いがついたから、解散して今から帰る所だけど」
「切原の事?これからの身の振り方とか?」

京が尋ねると真田が「うむ」と小さく頷いた。
「ふーん」なんて少し他人事の様に思って話を聞いていたけど幸村がいつの間にか隣に並んでいて「気になるのかい?」なんて微笑んで言うものだから、僅かに顔が赤くなる。
両想いだと解かった途端に幸村の事を意識してしまって辛い。
まだ付き合っていないから手を繋いだりとかそういう事も気軽に出来ない状態なのに、こうやって優しい笑みを浮かべてくるから京の中では大惨事だ。好きと言う感情が抑えきれなくなってきている。
耳朶の近くに幸村の唇が寄せられている。もう少しで唇が触れそうなところで「ふふ」と微笑むものだから体が一試合終えた時の様に熱を帯びて熱くなっていく。
多分幸村はそれを解ってやっているんだろうけど。

「あの坊やを少し可愛がってあげようと思ってね」
「……オ手柔ラカニオ願イシマス、精市サン」
「何で片言なんだよぃ。と言うか幸村君、京に近過ぎ」

風船ガムを膨らませながら丸井が呆れる。
すると幸村は「ああそうだ」と言って京の首筋に手を伸ばした。
かさりと何かが首に当たり、ピクリと反応してしまう。

「京ってば襟に葉っぱ付けて歩いてるんだもん。何処歩いてきたの?」
「え?普通に部室棟から道に沿って校外に出ただけだけど?」

「おかしいなー」なんて首を傾げてる京に申し訳ないと思いながらも微笑みを浮かべた。
当たり前だ。京の襟に葉っぱなんて付いてない。
ただ、京の近くに寄りたかっただけなんだから。
すると柳生が咳払いをして注目を集める。

「話も終わりましたし、今日はもう解散をしましょう。此処で集まっていては他の方の邪魔になりかねませんし」


===============


駅の近くで京と幸村は帰る前に喫茶店に寄ろうと、他のメンバーに内緒でこそっと姿を消していた。
何だか申し訳ない気もするけど、秘密の恋人ごっこみたいな感じもして楽しい。
きっと真田辺りにばれたりしたら大目玉を食らうんだろうけど。「寄り道などけしからん!」なんて。

「精市、何だか嬉しそう」
「そりゃあ大好きな君と2人きりになれたんだから嬉しく無い訳ないよ」
「ふふふ、私も2人きりになれて嬉しいよ」

つい幸福感で顔がニヤついてしまう。きっとこんな姿を他に見られたら「京が気持ち悪い顔してる」なんて言われるんだろうけど、今は幸せだから何を言われても気にならない。
幸村も嬉しそうに微笑んでいるし、練習の疲れも何処かに吹き飛んでしまっていると錯覚するくらいに満ち足りている。

「で、どうしたの」
「京とこうして話したかったから」
「最近また忙しかったもんね。今日なんて切原のリベンジマッチがいきなり来たし」
「そうだね。あれには俺も驚いたよ」

「でもあの威勢の良さは嫌いじゃないな」なんて微笑む幸村に、つい「私も」と返してしまう。
切原の場合は威勢が良過ぎと言うか、調子に乗りすぎと言うかと言う感じなんだけど。

「ま、でも悩みの種は一つ消えたんじゃない?」
「俺は彼の事そこまで悩んでないけどなぁ」
「そんな事言っちゃって、結構気にしてたんじゃない?」
「……まぁ。少しは、だけど」

罰が悪そうに視線を逸らすと京はくすくす喉を転がせながら笑った。
何もそんなに笑うことないじゃないか。そう思ったけど、京の笑顔を独り占め出来ているから構わないけど。
今でもこんなに楽しくて満ち足りた時間を過ごせているのなら、全国三連覇を成し遂げた後は……。そんな事を考えるけど、小さく首を振って考えを払拭する。
先の事はまだどうなるか解らない。それに、そう易々と三連覇を成し遂げられるとも限らない。
切原のような強い1年生が出てこないとも限らないし。

楽しいひと時もすぐに終わり、幸村は帰宅すると着替えてから趣味で育てている草花達に水をやっていた。
春先の夕方はまだ寒いからあまり水はやらないで、成長過程の芽を見ながら適度に間引いていく。
間引きと言う行為は苦手だけど、こうしてやら無いと栄養が行き渡らなくて綺麗な花が咲かないから仕方が無くやっているけど。
ある意味で部活のレギュラー選出も同じだな、なんて考えてしまい自然と苦笑いが浮かんだ。
間引きも水遣りも終わって家の中に戻ると、リビングのテーブルに写真立てが置かれていた。
きっと母が中の写真の入れ替えを行っていたんだろうな、と思いながら写真を見ていると昨年の全国大会の後の写真が沢山積み重ねられていた。
写真の山を手に取り一枚一枚眺めていく。昨年の事が昨日の事の様に鮮明に思い出せて、何だか胸がむず痒くなった。

「あ、これ」

ある一枚の写真を見つけて笑みを零す。その写真には賞状と楯を持った自分と京が満面の笑みを浮かべて隣り合わせで並んでいる。
全国大会が終わった直後に撮ってもらった写真だ。地元新聞紙のミニコーナーにインタビューと共に掲載された。"次代を担う1年生"として。

「次代を担う、か。期待、大きいよなぁ」

眉を八の字に下げながらそう呟くけど、幸村の本心はそう思っていない。
みんなの期待に添いながら、自分達がやりたいようにテニスをして、そして今の仲間達と天下を獲る。
幸村の目は炯々と野心に近い夢を見詰めていた。
今年も全国優勝させてもらう。はっきり言って他の何処の学校にも負ける要素は何処にもない。
跡部 景吾が擁する氷帝学園にも、手塚 国光が所属する青春学園にも、西の雄・牧ノ藤にも。

『私達が男女共に一緒に立海を全国に導こう!』

初めて会った時に満面の笑みを浮かべながら、手を差し伸べてそう言った京の言葉を思い出す。あの時から京は幸村の瞳の中でキラキラ輝いていた。
思えば、あの時から京の事が好きだったのかもしれない。思い返すと何だか気恥ずかしくて、でも巡り会えた事が嬉しくて。
窓の外に見える庭の赤く、小さい花ににっこりと笑みを浮かべた。
京が好きだと言ってくれた真っ赤なゼラニウムの花。花言葉は"君ありて幸福"。
また明日、京とどんな話をしようか。そんな事を考えながら幸村は自分の部屋に戻っていった。


2016/05/26


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