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リベンジマッチ
切原が立海ビック3に勝負を挑んだその日の15時。
京もユニフォームに身を包み、テニスバッグを持って男子テニス部のコートにやってきていた。
その姿を見た赤髪長身の生徒が「ありゃ」と言いながら京の隣に寄ってくる。

「京ちゃんやん。どないしたん、男子コートまで来て」
「あ、毛利先輩。この前の毛玉頭新入生が精市達に勝負を挑んだって聞いて。まぁ、その新入生が私も試合を見るように、とか何とか言っていたみたいで」
「へー。何や、京ちゃん人気あんなぁ」

毛利はくわっと気の抜けた欠伸をしてその場で伸びる。京はその様を肩眉を下げて見詰めていた。
何でこの人が男子テニス部レギュラーに居るのか未だに良く解からない。
悪い人ではないし、テニスが弱い訳でもない。寧ろ強い。
でも練習に碌に出ていないのにレギュラーには入れている事が京にとっては疑問の種だった。幸村も、真田も同じ事を思っているみたいだけど。
そういえば、数日前の切原と3年生の試合で毛利だけ切原と試合をしていなかったなと思い返す。毛利であれば切原を負かす事も出来た筈なのに。
過ぎた事だからと首を小さく横に振って払拭する。

そろそろ試合が始まる頃合だ。
毛利からコートに視線を移すと切原は準備万端と言った体制でコートに立っている。
その姿を見た京は薄く唇を歪ませた。
この数日間彼が血の滲む様な特訓をしてきた事が目に見えて解かる。腕も足も、数日前よりも筋肉がしっかりと付いていた。
それに何より、面構えが数日前よりも清閑になっている。
「いい顔になったじゃん」。そんな風に思いながら切原の事をじっと見ていたら不意に切原がこちらを見てきた。
笑みを浮かべて手を振ると気まずそうに顔を背けられたけど。

「此処は任せてもらおう」

真田がジャージを脱いでコートに入っていく。
きっと真田も目の前に居る新入生が数日前とは違う事に気がついている。
幸村と柳の元に移動すると2人共薄く笑みを浮かべていた。

「全く、人が良いな。弦一郎は」
「案外好きなんだよ。ああいう無鉄砲な子が。君もそうだよね、京」
「さぁ、どうだろう。面白ければ何だっていいや」
「相変わらずの道楽狂だな、お前は」
「それって褒めてくれてる?」

少し身長が高い柳の顔を覗くように見上げると手に持っていたノートで軽く額を叩かれた。
そして笑みを浮かべて言われる。「褒めてはいないし、そういう事は精市にしてやれ」と。
それがどういう意味か解らないで居たけど、反対隣に立つ幸村の顔を見てなんとなく意味を察して京は赤く染まった頬を俯かせた。

「行くぜ」

立海男子テニス部の面々が固唾を呑む中、切原の真田に対するリベンジマッチが幕を開けた。

切原のサーブで始まったゲームは真田が優勢で。
真田は成長した切原に対し"風林火山"を如何せんなく発揮していく。
しかし、切原は防戦一方でありながらも真田とラリーを続けていた。
それだけでもう切原の成長は誰の目にも見て取れる。
数日前まではただ立ち尽くしてポイントを奪われるだけだったのに今では食らい付いていける、それだけで立派なものだ。
切原の放つライジングショットを風林火山の"林"で威力を殺し、ドロップショットで返す。
切原は前衛に飛び出し打ち返すも高く上がってしまって、真田にスマッシュで点を取られてしまった。

「ふむ、点は取られたが今のライジングショットの威力は申し分ないな。足腰の鍛錬を怠っていないようだ」
「へぇ、何だかんだ言ってアドバイスはちゃんと聞いて特訓したわけね」
「その口振り、君の入れ知恵だね?」

楽しそうに微笑む幸村に京は「えへへ」と舌を出して笑う。
やっぱり、今はジャージの下に隠れているけど膝の傷は切原との試合での傷と言う事で間違いはないらしい。
全く、面倒見が良いのか悪いのか。本人に言ったら必死の形相で否定されそうだから言わないけど京も大概人が良い。
そう言う所も彼女の魅力なんだけど。そう思いながら幸村はコートに視線を戻した。

対極的コートでは真田が冷たい視線で倒れ臥している切原を見下ろしている。
「決まったようだな」。そう告げて踵を返してコートを出て行こうとしたが、「待てよ」と声を掛けられ足を止める。

「逃げんじゃねーよ」

ただならぬ気配に切原の方に振り返るとこちらを向いた切原の目は真っ赤に充血していた。
その悪魔の様な姿に、その場で試合を見ていた全員が驚愕にて肩を揺らす。

「あんた、潰すよ」

その後の試合展開はといえば、切原が急に人が変わったように真田を押し始めた。
スピードもパワーも、目が充血した途端に桁外れな位に身体能力その物が上がっている様に見受けられた。
あの日の試合の中で教えた特訓メニューをこなしたからと言ってこんな風に能力が上がる訳が無い。
そう思いながらも京は試合を瞬きせずに、呼吸をする事すら忘れてじっと見詰めている。
幸村もそんな京の事を一瞥すると、今もコート上で試合を繰り広げる切原と真田にその真剣な眼差しを向けた。

「マジか、真田が押されている?!」
「鉄壁のガードを誇る風林火山の"山"をどうして発動しないんだ?」
「発動しているよ。……当の昔にね」

幸村のその言葉に丸井やジャッカルも驚きを隠せずに居た。
しかし、負けず嫌いと言うのは恐ろしい。

「良いだろう。もう遠慮はせん!」

本気を出した真田は風林火山の"火"の強力な一撃で切原のラケットを弾き飛ばした。
その後も本気を出した真田に切原は徐々徐々に押されていってぼろぼろになっていく。

「久々に弦一郎が本気を出した所見た」
「そうだね」
「それにあの子……切原。この数日間練習を重ねたからと言ってあんなに強くなるものなの?」
「君が試合した時はああならなかったのかい?」
「!」

試合の事を口に出すと京は驚いた様に幸村の顔を見た。
柳は何の事か解らないで居るようだけども耳だけはこちらに傾けたまま、試合を集中して見ている。

「隠してるみたいだけど左膝、彼と試合した時に怪我したんだろ」
「何で」
「君の言葉を聞いていたら試合したっていう事が伝わってくるから。さっきの入れ知恵にしろ、君は試合を通して指導をしていくタイプの人間だからね」
「ああ、確かに京は嘘を吐くのも隠し事をするのも下手だからな」

同調した柳の言葉に「そういう事だよ」と言葉を重ねて京の頭を撫でると、幸村は颯爽とコートに向かって進んでいく。
そろそろ試合をとめないと真田が切原を壊しかねない。そう思っての判断だろう。
柳と京も顔を見合わせてその背の後を付いていった。

「そこまで!君の負けだ、切原君」
「俺の、負け……」
「そうだ。君の負けだ。今の実力では何度やっても結果は同じだ」

幸村の言葉に悔しがる切原に柳が静かに言葉を告げる。

「君はもっと強くなれる」
「!!」
「テニス部に入って更なる高みを目指せ。俺達はいつでも相手になってやる」

そう告げた真田達は踵を返し、コートの外へと出て行く。
切原はラケットを握り締めたまま、眉間に皺を寄せて立ち尽くしているだけだった。
悔しいから立ち尽くしている訳では無い事は京にも解かっていたけど、何だか少し心配になる。

「大丈夫だ」
「! 何が」
「あやつはそう簡単に折れる様な男ではないだろう。今は考える時間を与えてやるのが一番だ」
「……精市も蓮二も弦一郎も私の考え見透かしすぎ。なんなの、エスパー?」

むすっとしながらもベンチにかけて置いたジャージを真田に手渡すと、真田は無言でジャージを受け取る。
そして小さく「たわけが」と京に言うと、そのままコートを後にした。
恐らくクールダウンしに言ったのだろう。試合の後はいつもそうだ。
小さく溜息を吐くと今度は未だ意気消沈している切原の方を見つめる。

「声、掛けなくて言いのかい?」
「弦一郎が"今は考える時間を与えてやるのが一番だ"って言うからねぇ。少し放っておいた方が良いんじゃない?それに私がどうこう言ったて無意味も無意味でしょ」
「助言をした癖によく言う」
「うるさいよ、蓮二」

罰が悪い顔で返せば柳も幸村も微笑を浮かべる。
京は両腕を頭に回し、その場でくるりと踵を返してコートを出て行く。
見て欲しいと言われた試合が終わったから女子テニス部のコートに戻るつもりだろう。練習に戻ってももう部活は終わりかけの時間だけど。
出入り口前の階段に足を掛けた後、京はその場で一度足を止めた。

「でも、ま。何も言わなくたって指針は既に弦一郎が示してるから、問題ないような気もするけど」
「そうだね」
「じゃあ私は女テニ戻るわ。精市達も残りの時間で練習するんでしょ?」
「うん。もし良ければ京もこっちでやっていかないかい?」

そう声を掛けると京の顔が段々赤く染まっていく。
京は振向くと「いいや、女テニ戻るよ。ありがと」と笑みを浮かべて階段を駆け上がっていった。

「相変わらず忙しないな」
「うん。でもそれが俺の大好きな花祭 京だから」

溜息を吐く柳の横を通りの抜け、幸村は別のコートに入る。
そして柔和な笑みを浮かべて柳に告げた。「さあ、俺達も練習しようか」と。


2016/05/22


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