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果たし状
「どうした精市、嬉しそうだな」
「そうかい?」

翌日登校中に柳と合流した途端、彼は少し驚いた顔でそう言った。
すると柳は「ああ」と小さく頷いて、すぐに「ふむ……」と考えこむ。きっと幸村が何で嬉しそうなのかをデータを基に考えているのだろう。
そんなデータで推し量れるものでもないのだけど。きっと、達人と呼ばれる彼ですら知らないデータなのだから。
実を言えば、帰宅後一人部屋で京との会話を思い出してもだもだとしていた。
京が自分の事を本当に好きだ何て思っていなかったら「好き」の一言が嬉しくて仕方が無かったし、両想いだという事がわかっただけでもそれはそれで嬉しい。
こんな恋愛事に浮かれている姿を真田に見られたら「たんどる!」と一喝されてしまいそうだけど。

「さては京関係だな?」

さらりと言われた言葉に顔がかっと赤くなっていく。
柳の洞察力や情報処理能力は他の人間に比べてはるかに高いけど、恋愛事情まで何でもござれで正味驚いてしまった。
そして思う。彼と敵同士でなくて良かった、と。
もし彼が立海に居ないで、他の学校のテニス部に所属していたら幾ら"神の子"と謳われる幸村でもどうなるか解かったものではない。それでもテニスで柳に負けるつもりは無いけど。
ずっとだんまりで照れ顔を浮かべている幸村を見て柳は薄く唇を綻ばせた。

「それで、色良い返事は貰えたのか?」
「うん。まぁ……」
「? どうした。歯切れが悪いな」
「……」

『立海が三連覇を成し遂げたその時で良い。その時に答え、聞かせてくれたら嬉しい』。
その言葉を思い出して、少しだけ後悔した。
自身への節制も兼ねて立海三連覇後に答えを聞きたいと、そう制約をつけた。
今冷静に思い返してみればなんて格好付けた言葉を吐いてしまったのだろう。
急にしおらしくなってしまった幸村が心配になったのか、柳は「精市?」と普段よりも優しい声で名前を呼ぶ。

「京とは両想いだったけど、まだ付き合っていないんだ」
「何?どういう事だ」
「俺、格好付けた事言って答え聞くの先伸ばしにしちゃってさ。立海三連覇を成し遂げた後に答えを聞かせてくれ、なんて……その間に京が他の男を好きになってしまったりしたらどうしようって今更悩んでる」

はは、とはにかみ笑いを浮かべると柳は途端に険しい顔をした。
しかしすぐにいつもの冷静で飄々とした表情に戻っていく。
そして「自身を持て、精市。京は一途な良い女だ」とぽんと背中を叩かれた。

「なんか、蓮二の方が京の事を解かっているみたいでへこむなぁ」
「俺は立海テニス部の参謀役、だからな。別枠として考えておいてくれ」
「そう聞いて安心したよ」
「珍しいな、そんな弱音を吐くだなんて。らしくもない」
「京、人気あるからね」
「その点は問題ないのではないか?」
「え?」
「あいつと両想いだったのだろう?それであれば大丈夫だ。あいつは、花祭 京と言う女は一度好きになった人間を放って他人に靡くという事はしない性格だと俺は思っている。現に、お前に五感を剥奪されて死に体になりかけた時も、何とか持ち直してテニスを続けているだろう?」

昨日、別れ際に京に言われた。
『もう去年の事気にしないでよね。私はあの試合の事感謝してるんだから、もっと強くならなくちゃてっぺん取れないって解かったし、まだまだ強くならなくちゃいけないって解かったんだから』と。
そして手を振りながら『また明日!あ、今度は精市とダブルス組みたいな。好きな人とダブルス組むの憧れてたし、検討してね!』なんて言われて。
確かに柳が言う通り京は真っ直ぐひたむきな性格だからすぐ他の男に目移りする事は無いかな?と思うと少しだけほっとした。

「ごちそうさま」
「! 茶化さないでくれないかい?」
「今の精市を茶化さずしていつ茶化せば良い?」
「何だか今日の蓮二、意地悪な上に饒舌だね」
「友に春が来たからな」

どんな言葉を用意しても柳には敵わなくて「もういいよ」と諦めモードに入りながら、幸村は肩を降ろした。


===============


「と言う話を登校中にしていてな」

昼休み、幸村と柳は別クラスに所属している真田のクラスにやってきていた。
同じクラスにテニス部でも仲が良い柳生も所属しているのだが、どうやら彼は生徒会の仕事で昼休みも不在らしい。
先ほど生真面目な顔でそう教えてくれた真田の顔は薄っすらと赤く染まっていた。心なしかぴくぴくと肩が震えている。
その様を見て「たるんどる!」が飛んでくるなと思った柳はそっと両掌で両耳を覆い隠した。
だが、真田は怒鳴る事など無く、珍しく小さな声で「幸村」と呼んだ。

「うん?」
「お前は花祭の事を好いていたのか?」
「え?う、うん。大分前から」
「水臭いではないか!俺とお前は立海で天下を獲ると約束した親友同士、何故俺には何の相談も無く蓮二には相談をする」
「……弦一郎が「色恋等たるんどる」と怒鳴る確率50%、何のアドバイスも出来ず赤くなっている確率48%だったから精市も相談出来なかったのだろうな」
「てっきり「色恋等たるんどる」って思ってたからびっくりしたよ。応援してくれるんだ」

柳の言葉に同調しながらも幸村は控え目に言葉を零すと、真田は何か引っ掛かる事があったのか眉間に皺を寄せて2人の顔を見た。
そして短く溜息を吐く。いつも毅然としている弦一郎が溜息を吐くだなんて珍しいな、と柳は思った。

「俺は何も色恋が悪い事とは思ってはおらん。色恋に現を抜かし腑抜けるようであれば喝を入れるが、動力となるのであれば話は別だ。進んで応援しようと思う」
「意外だな」

柳がぽつりと零すと幸村も思わず頷いてしまう。
自分がどう見られていたのか解かった真田は苦い顔をしながら「お前ら……」と何か居痛げな顔をしているけど、咳払いを間に挟んで言葉を押し殺す。
今の幸村の恋愛事情の話をどうにかして逸らしたい。真田がそう思っている事に柳はすぐに気が付き、口元を薄く綻ばせた。

「弦一郎の虫の居所が悪くなる前に話を変えよう。頼まれていた今日の自主練のメニューだが……」

柳が話題を転換した途端、教室近辺が急に騒がしくなる。
一体何だと教室の出入り口を3人は一斉に見詰めた。
すると其処にはこの前よりも少し顔立ちが凛々しくなったあの新入生・切原 赤也が居て、ずかずかと2年生の教室に入ってくる。
真っ直ぐ幸村達が集まっている真田の席に向かってくると手に持った紙をばんっと勢い良く叩き付けた。
3人は不思議そうに叩きつけられた紙を見詰める。紙には豪胆な文字で"果たし状"と書かれていた。

「今日の午後3時にテニスコートに来い。……逃げんじゃねーぞ」

腕を組んで、少し尻込みしながらもそう言った。
「それと」と切原が少しだけ苛付いた声で言葉を繋げる。

「あの花祭って女テニの先輩にも、見に来るように言って下さい。絶対に」

そうだけ告げて切原は教室を出て行く。
急に襲来してきた2年生に啖呵を切られたクラスメイトを他のクラスメイト達が心配そうに見詰めてくるけど、3人は特に意に介さずいつも通りに会話を続ける。

「中々の威勢の良さだね」
「しかし何故京の名まで……、別に構わないが」

幸村と柳は困った様に、でも楽しそうに切原の背を見送っていたが、真田は叩きつけられた果たし状を広げ眉間に皺を寄せる。

「漢字が間違いだらけだ……。たるんどる!」


===============


昼休みが終わる前、幸村は京の所属する教室に向かってみたが京は教室に居なかった。
彼女のクラスメイトであり、教室でうとうとしていた仁王に声を掛けてみると寝ぼけ眼で窓の外を見詰めて、無言で窓の奥の景色を指差す。
仁王の指が指し示していたのはテニスコートの方向で。目を凝らして見てみれば壁打ち練習用の壁の前で黄色いユニフォームがひらひらと動いている。
京がユニフォームに着替えてひたすらに壁に向かってボールを打ち続けていた。

「ようやるのう、あいつも」
「本当だね。でも、それが京の美点で素敵な所だと思ってる。テニスに対して真摯で、ひたむきで」
「……脳筋じゃがの」
「そう言ってあげないであげてよ」

ふふと微笑んでから幸村は踵を返し、教室を出ようとする。
すると「待ちんしゃい」と仁王に声を掛けられて、足を止める。振り返ると仁王は幸村目掛けて何か、薄黄色の塊を放り投げた。
落さないように受け止めてそれを見る。

「メロンパン?」
「あいつ、昼食摂らずに教室出とるから渡しちょいて。俺の昼飯の余りじゃけぇ気にする事はないぜよ」
「……解かった。預かっておくよ」

幸村が仁王からメロンパンを預かって校舎を出ようとした時に、丁度京も練習を終えて校舎の中に戻ってきた。
黄色のユニフォームから清潔さが漂うグリーンの制服に着替えているけど急いでいたのかネクタイがよれている。

「京。練習お疲れ様」
「精市!ありがとう。……あれ、何で練習してるの知ってたの?」
「さぁ、何でだろう?」

クスっと笑って見せると京は自分の服装を見て「ああ」と声を零して納得していた。
頭からタオルも被っているし、これで何をしてたのかと聞かれて練習以外に返せる答えが見つからない。

「はい、仁王から預かり物。お昼抜いて練習してたんでしょ」
「お昼抜くつもりはないよ、練習の後に食べようと思っててさ。でもラッキー、メロンパン好きなんだよね。後で雅治にお礼言わないと、あ、精市もありがとう」
「俺はただ預かってきただけだよ。後は言伝」
「……言伝?誰から?弦一郎?それとも蓮二?」

怪訝そうな顔をしている京に小さく首を振ると、柔らかな声音で音を紡ぐ。

「君が目を掛けている新入生から」
「! 内容は?」
「"今日の午後3時にテニスコートに来い。……逃げんじゃねーぞ"だって」

切原の言葉を一言一句違わずに、はにかみながらそう言った幸村に京ははぁぁぁぁと溜息を吐いて肩を降ろした。

「本当クソ生意気な新1年生だなぁ、もう」
「言葉遣いが悪いよ。君は女の子なんだから少し気をつけなくちゃ。後は……」
「ん?」

そっと京の胸元に手を伸ばし、ぐちゃぐちゃになっているネクタイに手を伸ばす。
一度ネクタイを解くと幸村は慣れた手付きでネクタイを結び直した。

「ネクタイ、ちゃんと結ばないと。だらしないよ」
「……うん。ごめん」
「君のそう言う所も好きだけどね。つい手を焼きたくなる」

そう告げると昨日の事を思い出しているのか何なのか京の顔が嬉しそうに緩んでいた。その表情を見ていると幸村も嬉しくなってつられて微笑んでしまう。
結び終わると「はい、おしまい」と言って離れたけど、抱き締めておけばよかったななんてつい思ってしまった。

「今日、女テニも自主練習なんだろ?帰りのホームルーム終わったら迎えにいくよ」
「うん、待ってる」
「と言いつつ待ちきれなくて俺の教室まで来ちゃうからなぁ、京は。今日は頑張って教室に居てね、迎えに行きたいから」

折角迎えに来てくれるといっているんだから今日は堪えて教室で待っていよう。
淡く微笑む幸村に京は顔を真っ赤に染めながらただただ頷く事しか出来なかった。


2016/05/18


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