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五感剥奪
部活の時間、切原は今日もあの廃船がある広場に行こうとテニスコートを横切っていた。
コートでは新入生から3年生まで、テニス部員が厳しい練習に励んでいた。
あんな事さえなければ自分だってあのコートに立って試合をしていたのに。立海大付属中のエースとして。
すると、コート内を走る新入生にあの幸村が「ほらそこ、スピード落ちてるよ!」と厳しい視線で声を掛けている。
彼が少しだけ首を動かした途端、切原の存在に気がついたのかにっこりと笑みを浮かべる。
それに気がついた切原はそそくさとその場を離れて、校門へ急ぐ。今日は京が言っていた通り、砂浜を走って足腰を鍛えてみるかなんて考えながら。

昨日の試合の際に指摘をされた。
「下半身がボールの動きについて行ってない!動体視力が打球に追いついてもそんな貧弱な足腰じゃすぐにバテて動けなくなるよ!」と。
確かに京は業と自分を走らせるように左右に大きく打球を振り分けたり、有利も有利な局面で態とドロップショットを打ったりと、やたらと走らされた気がする。
それから腕力や握力についても貧弱だ何だと言われてラケットを弾かれたりしたけど、その度に良い練習法を教えてくれたりした。
本当は敵から塩を送られるような事をされるのは嫌だけど、なりふり構ってなんかいられない。
強くなれるなら言われたトレーニングもこなしてやると意気込む。

そんな切原と入れ替わりにユニフォームに身を包んだ京が男子テニス部のコートに顔を見せに来る。
書類が挟まったボードとペンケースが手に握られていた。

「精市ー」
「京、どうかしたのかい?」
「次の男女合同練習について相談して来いって部長に言われた」
「あはは、遣いっぱしりにされてるね」

「勘弁して欲しいよ、私だって練習したいのに」なんて眉を八の字に下げて肩を竦める。
幸村は何となくだけど、女テニ部長の行為が京に対して信頼を寄せている様に感じ取れていた。
きっと女テニの時期部長には京が選ばれるな、と幸村は予感している。
加えて持ち前の明るい性格と人懐っこさ、勝負に対しての非常さも厳しさも兼ね備えている。
それに、這い上がろうと、勝利を掴もうと一生懸命になっている人間に対しては須らく手を差し伸べる優しさもある。
京は一度自身の怠慢からレギュラー落ちを体験しているから、人一倍レギュラーでい続ける為の努力を知っているし、京のぼろぼろな手から相当な努力をしている事もうかがい知れる。
没落と勝利に対する執着を人一倍持ち合わせている京は部長になるにはぴったりな器だと思う。
勿論幸村本人も京に負けるつもりもないし、次期部長候補筆頭に立っているからもっと研鑽を重ねていくつもりだけど。

「あの子、今日もまた来てないんだ」
「うん」
「昨日私にも負けたのがそんなに悔しかったのかな」
「え?」

京は幸村の隣に並ぶとコート内を一瞥してポツリと呟いた。
その表情は限りなく無表情に近いけれど何処となく心配の色が滲んで見えた。
そう言えば今朝、京の口振りでは切原と試合をしたように聞こえたけど、この所はどうなのだろうか。明確に言われた訳ではないから気になっていた。
でも、膝を擦傷について「試合中にいつの間にか擦り剥いてた」と言っていたし、切原と試合をした可能性は十二分にある。
それについては本人が口にするまで尋ねようとは思わないけど。

「あ、そうだ精市。今日この後時間あったら少し打ち合って貰っても良い?」
「別に俺は構わないけど、そっちの時間は良いのかい?」
「本来やるべき事以外をさせられてるからこの位許して貰わないと割に合わない」

きっぱり言う京に「京らしいや」と吹き出しながら言うと京は「えへへ」と声を零して笑った。


===============


「……いつの間にか本気の試合になってたね」

部活が終わり、京と幸村は肩を並べて帰りの駅へと向かう。
結局あの後、コートを1面だけ借りて普通に打ち合いをしていたのだけどいつの間にか二人して本気で打ち合っていた。
試合の中で一度顔面から転びながらボールを打ち返したけど、その時に口の中を切ってしまったらしい。口の中が血の嫌な味で溢れかえっている。
その直後から京のフォームが急に崩れ始め、柳が異変を察知して試合を止めてくれたから事なきを得たけど。

「そうだね。……ごめん、京」
「いや、良いって。精市の所為じゃないし」
「でも、怪我増えて……」
「試合中の私の不注意だから気にしないで」
「……」

そうは言うけど男の身としては気になってしまって仕方が無い。
今の京は頬を強く打ち付けてしまったせいで頬に湿布を貼っている状態で。
幾ら試合中のアクシデントとは言え女の子に、しかも顔を怪我させるというのは男としては最低な行為だ。しかもそれが意中の相手であれば更に気が重い。
俯いて、自分の足を見ながら歩いていれば「そうだ」と京が声を上げる。

「ね、精市。カフェ寄ってかない?」
「え?」
「試合に負けたから私が奢る」
「別に、時間はまだあるから構わないよ。それに自分の分は自分で出すから気にしないで。でも、今日は何で寄り道の提案なんて」

そう尋ねる京は急に気恥ずかしそうな表情を浮かべ、頬を上気させた。
普段見ない表情に一瞬だけ息を飲んで見つめていた。

「……精市ともうちょい話してたいって言うのが本音なんだけど、嫌?」
「!!」
「嫌ならこのまま帰るけど……」
「嫌じゃないよ。京と一緒に居る時間はとても楽しいから、出来るならもう少し一緒に居たいな」

途端に京の表情がパッと明るくなって、いつもの太陽の様な笑みに変わっていく。
さっきまで胸に抱えていた後ろ暗い感情が何処かに吹き飛んでいる様な気もしたし、やっぱり京の笑顔を見ているだけで元気になれるな、なんて微笑みながら幸村はそう思った。


京がよく行くと言う少し古風なカフェで対面しながら席に着く。
そしてコーヒーとケーキのセットを2人分頼むと幸村は真面目な顔で京の顔を真っ直ぐ見詰めた。

「京、世間話をする前に正直に言って欲しい。今回は何を奪われた?」
「何をって、何が?」
「はぐらかさないで。五感の事だよ」

五感の話題を出すと京は途端に試合の時に見せる好戦的な目で幸村の事を見詰めた。
幸村はその隙の無いプレーから試合中に五感を奪う事が出来た。
相手は次第にどこに打っても何をしても打ち返されるイメージが段々と脳裏に焼きついていき、やがて五感を奪われ、最後にはプレーをするのも嫌になる。
でも意図的に奪う事が出来る訳ではなく、無意識下で奪っているようだから京は気にせずにいたのだけど、そんな能力めいたものを扱える本人からしたら理由や原理を解き明かしたいのだろう。
おしぼりを右手で握って、解いてを繰り返しながら言葉を紡ぐ。

「……聴覚と触覚、後は味覚。痛覚が無くなったから口切ったのとか頬ぶつけたの気付かなかったのかも」
「……すまない」
「だから精市の所為じゃないって。だって無意識の内にやっちゃうんでしょ?……もしかしたらまだ、去年の事気にしてる?」

京の言葉に指先がピクリと反応する。
実を言えば昨年の京のレギュラー落ちも幸村が一枚絡んでいた。
昨年も今日みたいに本気で打ち合って京から五感全てを奪って、自信を喪失させてしまっている。
試合の後も上手くテニスが出来なくなって、嫌気が差して練習にも出なくなって、そしてレギュラー落ちをして。
あの時の京を見た時、軽率に試合を持ちかけた自分を呪った。そして、試合中に相手の五感を奪う能力を持った自分に嫌気がさした。
それでも部活の先輩や仲間達、京は変わらず接してくれたけど。
そう言えば京はあの時どうやって立ち直ったんだっけ。

「あのね、精市。私は精市のお陰で、あの試合があったから今の自分でいられるんだって感謝してるくらいなんだからね」
「!」
「確かに1年の時のあの試合でテニスが嫌になって、やめたくなって、練習もサボった。でも折角なれたレギュラーから平部員に戻った時に悔しいって思いが強かった。それは私の心が弱かったからって言う結論に至って、精神鍛え直しながら体も鍛え直した。……精市や弦一郎、蓮二や他の周りの人達の力を借りてね」

「だから、ありがとう」と京は柔和な笑みを幸村に向けた。
疎ましいと思っていた能力の事でこんなにも感謝されるとは思ってなかったから。

「あとね」
「待って。俺からも言わせて。……ありがとう」
「私が精市に感謝こそすれ、精市に感謝される事は無いよ」
「あるよ。京がいたから俺も一緒に頑張る事が出来た、いや頑張ることが出来るのかもしれない」

丁度よく、店員がコーヒーとケーキをテーブルに運んで来る。
会話は一度途絶えたけど、2人は真摯に目を見つめ合っていた。
幸村がゆっくりと唇を紡ぐ。

「俺は、京の事が好きだ」
「! せいい……」
「真っ直ぐで明るくて、向日葵みたいな君がずっと羨ましくて、愛しくて仕方がなかった。正直、去年のあの試合で避けられてたりしたらショックだったけど、今の君の言葉を聞いて告白する決心がついたよ」

京は膝の上で握りしめた拳をギュッと、更に強く握りしめた。
嬉しいのに、素直に喜べない。
何で喜べないのかなんて理由はわかっている。
それは、幸村と自分を結び付けてくれた競技に執心しているから。

「答えは今すぐじゃなくて良いよ」
「!」
「立海が三連覇を成し遂げたその時で良い。その時に答え、聞かせてくれたら嬉しい」

まっすぐ自分を見つめる幸村に瞳が涙で潤んでいく。
でも心には余裕があるのか、京はプッと吹き出していた。

「三連覇って、来年まで待ってくれるの?」
「あぁ。京の気持ちも解ってるからね。テニスに集中したいって」
「よく解ってる、流石精市。でもね、先に言わせて。私も精市の事が好きだよ」

微笑みを零しながら告げられた言葉に、幸村は「うん」と小さく頷いた。


2016/05/02


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