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燃える闘士
「あー、疲れた」

帰宅したばかりの京はすぐに部屋に戻ると制服のままベッドの上に腰を下ろすと、ベッドの上にテニスバッグを転がした。
本当は京とベッドの上に寝転がりたいけど今日はやる事がある。
立ち上がるとドレッサーの上に置いてある真水が入った霧吹きを片手に窓辺に立つ。窓辺には昨日幸村から貰ったゼラニウムの花がぬいぐるみと一緒に置かれていた。
ゼラニウムの花を見る度に幸村の事を思い出して嬉しくなる。
毎日学校で顔を合わせるとはいっても、好きな人とはずっと一緒に、近くに居たいとそう思っているから。

「後で栄養剤あげるからね。元気に咲いてるんだよ」

昼休み、クラスの友人から教えてもらった。
「植物は育ててくれる人の愛情や言葉を受けて綺麗に育つから沢山話掛けてあげてね」と。
そう言われてみれば屋上庭園で日向ぼっこをしている時に幸村も優しく花達に言葉を掛けてあげていたっけ。
口元を綻ばせていると不意に膝にぴりっとした痛みが走った。
気になって膝を見てみれば赤く、皮膚が捲れて血が出ている。
恐らく、切原の試合の時に擦り剥いたのだろう。何処で怪我をしたのかまでは解からないけど。
京ははぁと溜息を吐くと「ツイてない」と呟いてベッドに腰を下ろすと、ベッド下から救急箱を引っ張り出して応急手当を始める。

切原とのゲームは京が6-0で圧勝したが、その時も切原は自分が負けた事を信じる事が出来なかったのかずっと「クソッ」と叫んでいた。
無理もない。京の記憶が正しければジュニアの頃はほぼほぼ負け無しの筈で。
入学した中学で早々に2敗を喫すれば自尊心は打ち砕かれるだろう。更に言えば、つい先日馬鹿にした女子テニス部に負けたのだから、尚更悔しい筈だ。

「京ー、帰って来てるのー?」

消毒液を膝に吹きかけていたら母親が声を張り上げながら帰宅しているのかを確認してくる。
京は同じ様に声を張り上げながら膝に大判の絆創膏を貼り付けた。

「うん、帰って来てるー」
「まったくアンタって子は!帰って来たら"ただいま"くらいは言ってから部屋に入りなさい!夕飯出来てるから早くおいで」
「はーい」

今日はもう切原に関して何かを考えるのは止めておこう。
今日の晩ご飯は何かな、なんて思考を素早く切り替えて京はリビングに向かった。


一方の切原はと言うと帰宅した後もずっとブスくれていた。
折角あの天下の立海大付属中テニス部の3年生を倒してナンバーワンになったのにその直後に真田とか言う2年に負けるし、今日は花祭とか言う2年女子に負けるし、散々だ。
昨日、先輩である丸井とジャッカルに3強と呼ばれる3人の2年生の事は教えて貰ったけど、あの花祭と言う2年生の事は全く教えてもらえなかった。
切原にしてみたら興味が無い対象だったし、聞いてないから丸井もジャッカルも教えなかっただけなのだろうけど。
それにあの試合じゃ、京が昔自分をぼこぼこにした選手かどうかと言うのも解からなかった。
彼女に負けた時に決意したのだ。「絶対ナンバーワンになって、あの女を見返してやるんだ」と。それ位、ジュニア時代のあの敗北は切原のプライドを強く刺激していた。
そして、今も京と試合して敗北した事でプライドが強く刺激されている。連日の敗戦の所為、と言うのもあるのだろうけど。

「あー、もうなんなんだよあの女!クソ強いし、打球重いし、ゴリラかよ」

本人が目の前に居たら「おい、お前今何つった?」と、瞳孔を開いた目で言われそうだから言わないけど。
試合を持ちかける前はそんなに怖いとは思わなかったけど、今思い返せばとても怖かった。
自分の姉がキレた時と同じ目をしていたから。関係ない話だけど喧嘩で姉に勝った事は今のところ一度もない。
でも、切原にとっては京の存在はイレギュラーだったけど、強い選手が更に居るという事は朗報だ。踏み越えていく存在が多ければ多いほど強くなれると、そう思っているから。


「ぜってぇ強くなって立海3強と花祭とか言う先輩もぶっ潰して、絶対ナンバーワンになってやる!」

「明日からまた特訓だぁぁぁぁ」と一人で叫んでいたら隣の部屋に居る姉が「赤也うるさい!」と怒鳴り込まれた。


===============


「京、お前また膝怪我してんじゃねーか」

登校中に合流した丸井が京の膝を見てそう言った。
この前も膝を怪我したばかりなのによく怪我をする奴だな、とは思ったけどこう短期間で怪我をしていると心配になる。
同学年からも、上級生からも慕われる京がイジメに合っているとは思わないけどもしかしたら、何て思わざるを得ない。
しかし今回の怪我については以外にあっさりと京からネタ晴らしをされた。

「ああこれ?昨日あの切原って1年と試合してね。いつの間にか怪我てた」
「切原と?」
「うん、そう。あの子、以外にガッツあるね」

けらけら笑いながらそういうものだから丸井は目をまん丸にして京の横顔を見詰める。
どういう経緯で切原と試合をする事になったのかが気になって仕方がない。
でも、何となくそれは聞いてはいけないような気がする。京は切原の事を嫌悪しているみたいだし。
だが、今の口振りではその嫌悪も少しは晴れているようにも思えたけど。

「……なぁ、京」
「何?」
「お前さ、女の子なんだからあまり危ない事すんなよ?その、心配になるからさ」
「大丈夫大丈夫、そんな危ない事はしてないつもりだから」
「現に怪我してんだろ」
「すり傷程度だし気にしてないよ」

「こんなん唾付けときゃ治るって」なんて、尚もけらけら笑い続ける京に丸井は言葉に言い知れないもやもやを胸に感じた。
言いたい事はそうではなくて。でも、それが上手く伝わらなくて。
もうこうなったら胸の内に抱えている感情をさらけ出して、ストレートに言葉を紡ぐしかないのか。そう思いながら赤い髪をガシガシと掻き乱す。
本当はもっと先、漫画みたいに学校行事中に伝えたかったけど今伝えないと駄目になってしまいそうな気がする。

「京、茶化さないで聞いてくれないか?」
「今度は何?そんな神妙な顔しちゃってさ」
「……俺、京の事」

「好きなんだけど」。そう続けようとしたら背後から「おはよう、京。丸井」と僅かに高い声が聞こえてくる。
何と言うかタイミングが良過ぎると丸井は口端を引き攣らせた。
そんな丸井に対して京は嬉しそうに顔を綻ばせる。

「おはよう、精市」
「おはよう。あれ、京その膝……」
「試合してたらいつの間にか擦り剥いてたみたいでさ。でも大した事ないよ」
「なら良いけど、気をつけなよ」

ついさっき繰り広げられた会話を目の前で展開されて途端につまらなくなる。
何だか、もやもやする。フーセンガムを膨らませるとすぐに弾けてしまった。もやもやし過ぎて集中力さえ欠如してる。
しかし幸村達はモヤモヤしている丸井に気付かないまま話を展開していっていた。

「あ、そうだ京。ゼラニウムは元気にしているかい?」
「うん、頑張って世話してる。折角精市が花を分けてくれたんだもん。枯らすなんて事する訳ないじゃん。ちゃんと霧吹きで水やってるよ」
「大切にしてもらえて何よりだよ。今まで大切に育てていた甲斐があったな」
「ゼラニウムって、この前京が教室で弄ってた花の事?」
「そうだよ。あの花は残念な事に萎れちゃったけど」

申し訳なさそうにそう言った京に「言ってくれれば押し花にして栞にでもしたのに」なんて幸村ははにかむ。
花の知識なんて授業の時に学んだ分の知識しかないから幸村と京の会話に入れなくて、それがストレスになっていく。
途端に京が「あ、そうだブン太」と声を掛けてきたから、出かけていた欠伸を噛み殺して「何?」と反応する。

「さっき何か私に言おうとしてたよね?なんだったの?」

このタイミングでそれを聞くか。前から京は間が悪いというか、空気が読めない部分があったけど今日は特に間が悪過ぎる。
目を逸らして幸村の方を見ると「何の話?」と興味深げに丸井の事を見ている。
今ここで京に自分の想いを告げて、幸村との仲が拗れるのは嫌だな。幸村は京の事が好きみたいだし。
そう思って「内容忘れちまった」と適当にはぐらかす。
すると京は首を傾げて「……そう?」と、話を元に戻しながら先に先にと進んで行く。

「(……あ)」

幸村と楽しそうに話をしている京を見て出来れば気付きたくなかった事に気付いてしまい、複雑な気持ちになる。
立海に入学してから今まで京と親友として一緒の時間を過ごしてきたけど、あんなに嬉しそうな顔をして話をする事なんて今まで無かった。
少しずつ遠さかって行く幸村と京の背中を見詰めて丸井は柄にもなく小さな溜息を吐いた。

「あの2人、性格正反対だけどお似合い過ぎだろぃ」

だからと言って京の事を諦める、と言う訳でもないけど。

「ブン太ー、何してんのー」
「ぼんやりしていると置いて行っちゃうよ」

途中、距離が離れた丸井に気がついた2人は立ち止まって丸井に声を掛ける。

「!! 今行く」

笑顔を浮かべながら自分を待ってくれている親友2人の元に丸井は元気良く掛けていく。
そんな丸井の中では幸村以上に頑張って、京をテニスで惚れさせてみせるという闘志が燃え上がっていた。


2016/04/28


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