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女の子
昨日、今日とで財前が知った"風鳥 日南"の情報はこうだ。

生まれはドイツ。父は日本人、母はドイツ人のハーフである事。16歳のお兄さんが一人いる事。
家の都合で単身、大坂の叔父叔母の家に引き取られている事。
テニスは3歳からしているが、生まれつき心臓が弱くて中々外に出られなかったという事。
料理や裁縫が好きで普段から何かを作っていると言う事。

メールや電話では時間が限られてしまうから屋上で隣に並んで昼食を取っていたのだが、日南の弁当は完全に和食だったから微妙に「気ぃ合うな」と思うと少し嬉しい。
試しに少し分けて貰ったけども料理が好きと言うだけあって中々の手前だ。

「せやけど、風鳥がお嬢様や言うんは知っとったけど、あの風鳥グループのお嬢様やとは思わなかったわ……」
「前も言ったけど、あんまり口外しないでね?その、お嬢様扱いって結構嫌だから」
「そういうもんなん?」

聞き返せば日南ははにかみながら「うん」と小さく答えた。
風鳥グループと言えばレストラン経営や食品輸入等を主にした大企業。食品事業以外にも色々幅を利かせている。
まぁ、金銭絡みで寄ってくる奴は少なからず出てくるだろうな、と言う事は想像に難い。
特に中学生なんてバイトが出来ない事もあってお金に困る時期だと兄が苦笑いを浮かべながら言っていた事を思い出す。女なんて化粧品や洋服にも興味を持ち始める時期だから特に。
別に日南の家の事を言いふらす事も無いし、日南が嫌なら嫌で、嫌がる事をしようとは思いもしないけど。

「せやけど、何で府立の四天宝寺に入学したん?風鳥やったら私立とかもっと良い進学校とかに行けたんとちゃう?」

紙パックの林檎ジュースを飲みながら日南は少し悩んでから、ジュースを嚥下した。

「財前君と一緒で近所だったからって言うのもあるし、謙也君も通ってるから安心なのもあるし、今は無いけど四天宝寺は女テニが昔強かったって聞いてたから」
「へぇ。せやけど女テニって確か去年廃部になったって聞いたんやけど」
「うん。謙也君ったらね、その事教えるのすっかり忘れてたー!!って」
「流石忍足先輩やな。頭の中までスピードスター」
「? それって、忘れっぽいって事?」
「せや。あの人、早く走る事に集中し過ぎて色々大事なモン落としてそうやし」

最初は何を言っているか解らなかったが、説明を聞いて「成程」と納得してしまう。そして、不意に笑ってしまう。
確かに謙也は昔から急ぎすぎて大切な事を忘れたりと忘れ物が多かった。
小学生の時も良く日南に分度器やコンパスを借りに来ていたし、この前も英和辞典を忘れたから貸して欲しいと教室に着たばかりだ。
しかし、財前と話をしているのが楽しくて仕方が無い。最初はあんなにびくびくしていたのに。
昨日のあの電話のやり取りのお蔭で少し、気が楽になったと言うのもあるのかもしれないけど。

「そういえば風鳥って3歳の頃からテニスしてたって昨日部長言うとったけど、ほんまなん?」
「んー、3歳って言う明確な記憶は無いんだけど、その位からラケットは振ってたかな。パパもママもテニス大好きだったし、お兄ちゃんも物心付いた時には大会に出て優勝してたし」
「ほー?じゃあ、風鳥も上手いんか?テニス」
「んっ?んー、まぁ、それなりに……かな」
「なんや、自信なさそうやん」

何かを思い出しているぼんやりとした目で日南は「ちょっとね」と返した。
すると誰か、他の生徒が来たのか古くなっている屋上のドアの蝶番が軋みを上げて、開いた。

「おっ、先客発見!」
「謙也君に蔵ノ介君」
「先輩らも昼っすか」
「まぁな」

疲れた顔をしている白石が溜息を吐きながら日南の隣に腰を下ろす。更にその隣に謙也が腰を下ろした。
4時限目が体育だったのだろうかと思ったが、普段からハードな練習をこなしている白石がそんな簡単に疲れを見せる訳も無い。
これはただ事じゃないと思った日南は身を乗り出して「どうかしたの?」と謙也に聞くと、謙也は「あー」と気まずそうに声を上げて、明後日の方向を見た。
しかし白石がぽつんと、小さな声で呟く。

「女子、怖い」
「部長の隣のそれも女子っすけど」

紙パックのお茶のストローを口に咥え、財前が突っ込むと白石は「日南はええねん。大人しいから」と零す。
女子と何かあったのだろうか。心配になり「大丈夫?」と声を掛けると小さく頷かれた。

「白石、モテるからなぁ。女子に追い掛け回されて疲労困憊っちゅー話や」
「成程……」

そういえば入学当初、部室の前で白石が女子生徒に告白されている所を目撃した事がある。
言われてみれば女子の押しが強かったのか、白石があたふたとして困っていたなぁ、と他人事の様に思い返していた。
それにその事を小春や一氏に話したら二人は「あー」と何か意味ありげに声をハモらせて「白石君は、ねぇ?」「あいつモテるから」と言っていた。

「大変だね」
「他人事やな」
「だって、それ以外の言葉が浮かんでこないんだもん。財前君も大変そうだけど」
「俺はミーハー女は嫌いやから」
「だから告白されても断ってたんだ」
「そもそも好みや無かったし」

そう言って無表情で残りのお茶も飲み干すと日南の弁当箱からひょいっと出汁巻き卵を摘んで食べてしまった。
一応「あ」とは声が零れたがさっきから「美味い」と褒めてくれてたし、随分気に入ってもらえたんだなと思って気にせず弁当を食べ進める。

「財前の好みってどんな子やねん。バンギャ?」
「……先輩、喧嘩売ってますか?」

謙也に絶対零度とも取れる冷たい視線を向けてそう言ってから、いつもの目でもくもくと弁当を食べている日南を見る。
そして呟くように、吐き捨てた。「間逆の女の子っすわ」と。


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放課後。日南はいつもの様に財前と雑談を交わしながら部室へと向かう。
しかし急に財前が足を止めて「あ」と声を零した。

「どうしたの、財前君」
「あれ」

財前が指を指した先はテニス部の部室で。丁度部室の前で白石が女子に告白されていた。
見た所あれは2年生の先輩か、はたまた3年生の先輩か。同学年では見た事が無い女子だった。
遠目で、更に横顔しか解らないけども綺麗な人だな、と日南は思う。

「邪魔、しない方が良いのかな」

ぽつんとそう言ったら隣に居た財前が「はぁ?」と意味が解らんと言いた気に声を零す。

「白石部長、どっから如何見ても嫌がってるやん」
「え?そうなの?」

日南には白石の頬は若干赤く染まっていて、身振り手振りをしながら女子と話をしているようにしか見えなかったから財前が「嫌がっている」と言ってもそうは見えなかった。
それはまぁ、見ているものの様子や色形が全て自分が見ているそれと同じだとは思ってはいないけども。
すると財前は日南の手を引き、「行くで」と小さく無表情で呟いて白石と女子生徒のほうへ早足で向かう。
若干、財前が怒っている様に見えたのだが気の所為だろうか。しかし段々白石達との距離は詰まっていく。
そして。

「部長、そろそろ着替えんと部活始まりますよ。風鳥も着替えられませんし、はよしてください」

日南の手を離し、財前はそのまま部室に入ってしまう。
これが一体どういう事かは解らないのだが、白石も女子生徒も日南と同じで何が何だか解っていない様だ。

「堪忍な、さっきの後輩の言葉通りもう部活始まるからこの話はこれでしまいにしよか」
「あ、ちょぉ白石君」
「日南、すぐ着替えるさかい。俺が出てきたら部室で着替えてもろてもえぇかな」
「? 構わないけど、その分仕事始めるの遅くなっちゃうよ?」
「今日くらい遅なっても構わんよ」

そう言うと女子生徒に「じゃあ」とだけ告げて白石も部室に入っていってしまった。
女子生徒はしょんぼりしながら踵を返し、校舎の方へ戻っていく。

「あ、あの」
「何」
「もし良かったら、練習見て行かれませんか?くら……白石先輩、テニスしてるトコ、とても格好良いんですよ」

笑顔を浮かべながらそう言うと、その言葉が琴線に触れたのか女子生徒はキッと日南を睨みつける。
その目には憎悪が篭っていて日南は思わず肩を竦めて、1歩後退した。

「同情なら止めてくれへん?自分1年やろ?何様やねん」
「え……?」
「忍足君の顔見知りやからってマネージャーにしてもろて……コネ使ってテニス部に可愛がって貰って……うざったいわ。このビッチ」

そう言って彼女は校舎に向かって走って行ってしまった。
突如浴びせられた暴言に思考が停止して身動きすら出来ない。
ビッチの意味を間違えて覚えていなければ雌犬だのそう言った表現の、良く無い言葉だよね?と首を傾げる。
それに、別にコネを使って男子テニス部のマネージャーになった訳ではないのに。可愛がって貰いたくってテニス部に入部した訳では無いのに。
本当にテニスが好きで、テニスを続けるチャンスを貰ったからマネージャーとしてでも入部したのに。
胸の奥が急に重たく、熱を帯びていく。

「堪忍な日南。もう部室で着替えても……日南?」

着替えを終えた白石が財前と一緒に部室から出てくる。
しかし日南に声を掛けても何の反応が無い事を不思議に思い、財前と顔を見合わせながらそっと日南の顔を覗くと、二人は目を見開いた。
日南の双眸から涙の粒がぼろぼろ零れていたから。着替えているこの数分間で何があったのか。
察しの良い財前はすぐにさっきのあの女子生徒と何かあったんだなと察したのだが、白石はそういう事には疎いのかおろおろとして日南に「どないしたん?」「何で泣いてるん?」と聞いている。

「な、何でもない。着替えてくる!」

日南は少し大きめなカーディガンの袖で涙を拭うと部室の中に入ってしまった。着替える為に部室に篭ってしまった今、もう二人は部室に入る事は出来ない。
そんな部室のドアを白石は心配そうに、財前は恨めしく見つめる事しかできなかった。


2016/01/21