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部長とマネージャー
財前との試合が終わり、財前がテニス部入部を決め、実は他にもいた部活未入部の1年生も大量獲得出来た。それが昨日の話。
新生四天宝寺男子テニス部のその日の部活も終わり、日南は片付けが終わっていなかった備品を倉庫や部室に一人で戻していた。細い腕に、身長を越す位に積み上げられたダンボールを抱えて。
しかし、「少し貸して」といつも聞いている声がすると同時に腕に掛かる負荷が少し減った。
顔を上げるとすぐ隣に、未だユニフォームを着た白石がダンボールを幾つか腕に抱えていた。

「蔵ノ介君!」
「うわ……これ結構重いな。いつもこんなん一人で片付けとったんか」
「う、うん。マネージャーの仕事だし」
「アカン」
「え?」

白石は日南から引き取ったダンボールを一度地面に置いて、残りのダンボールも掻っ攫う様に奪い取る。
今まで腕にのしかかっていたダンボールの重たさが急になくなり、変な違和感だけが腕に残った。

「マネージャーの仕事やからって、こないな重いモン女の子に持たせられるかいな。ちゅーか、何入ってんねん、これ」
「えーと、補充のドリンクの粉とかボールとか、その他の備品諸々」
「こんなに重いやな……知らんかったわ」

「取り合えずこれは俺が片付けるから、日南は其処に居って!」と言ってダンボールを部室へ運んでいく。
その背中を見て白石だって疲れているのに、これは自分の仕事なのにと自責の念に駆られるが、でも白石が自分の事を気に掛けてくれた事が嬉しくて仕方が無い。
しかし、ふと思う。もう皆帰ってしまっているのだが、何故まだ白石は学校に残っているのか。
日南は皆の練習が終わる前に先に部室で着替えているから既に制服だ。
もしかしたら、部活が終わった後も一人で練習しているのか。そうとしか思えない。
白石がダンボールを部室に置いて戻ってくると「堪忍な」と何故か謝罪の言葉を日南に向ける。

「な、何で?」
「こんな大変な仕事ばかり頼んでもうて……。腕、辛かったやろ」
「い、いいの!この位、皆が部活や試合を安心して出来る様にサポートするのが私のお仕事なんだから!……それに、謙也君や蔵ノ介君達が居なかったら私、中学入学と一緒に大好きなテニスに関わるの止めてたし、だからこの位平気!」
「日南……」

満面の笑みを浮かべてそう言うと白石は切なそうな、申し訳なさそうな顔をして日南の頭をそっと撫でた。

「蔵ノ介、君?」
「日南がマネージャー張り切ってやってくれるんは嬉しいし頼もしいけど、無理だけはせんといてな?その……日南は心臓、弱いんやから」

白石がそう言うと途端に日南の表情から笑みが薄れていく。
まずい。失言したか。白石はそう思い、何か別の話題を探そうとするが中々日南の気を引けそうな話題が思い浮かばない。
しかし、日南はすぐに表情を何時も通りのそれに戻すと「うん」とだけ頷いて顔を上げた。

「そうだ、蔵ノ介君も早く帰る準備しなくちゃ!」

白石の背後に回って背中を両腕で押して部室に向かうも、白石は中々動いてくれない。
それでも頑張って押してみるも白石は業と足に過度の体重を掛けて意地悪な表情を浮かべ、微笑みながら日南を見ていた。
しかし必死に部室まで押していこうとする日南の顔を見ていたら何だか可哀想になってきて結局体重を足にかけるのを止める。そして、日南の方に向き直ると自分の意思を口にした。

「俺はもうちょい練習してから帰るわ。日南ももう今日は帰り?あんまり遅くなるんもあれやし」
「……それなら私ももう少し学校に居る。部長が練習してるんなら、少し位はお手伝いしたい」
「日南……」

日南の真っ直ぐな表情を見ていたら無理に帰らせるのも気が引ける。
家の方向は途中まで同じだし、彼女の家は謙也の家の隣だから場所も知っている。
自主練習を少し早めに切り上げて家まで送ってあげれば良いか。そう思って笑顔で「じゃぁ、サポートお願いするわ」と返した。


===============


それから1時間程の自主練習を負え、2人は薄暗くなった帰路につく。

「そういえば、良かったね」
「ん?」
「財前君の件。それに、蔵ノ介君も何か吹っ切れたみたいだし」
「あぁ。……先生に感謝せんといかんわ」
「? 先生?って渡邊先生?」

首を傾げている日南に「せや」と頷く。
だが、渡邊が白石に何をしたのか全く解からない日南は更に首を傾げてどういう事かを考えていた。あの人はいつも秘密主義の様でいてそうは見えない。捉え所が無い人だな、とは思っていたけども。
しかし、白石が渡邊のお蔭で何かを掴めたと言うのであればそうなのだろうとすんなりと納得した。

「なぁ、日南」
「何?」
「もう誰にも俺のテニスを"教科書テニス"って言わせへん。俺のテニスは基本が基本や。この基本をもっともっと突き詰めて真の"聖書テニス"を完成させる」
「!」

白石は歩く足を止め、日南の目の前に立ちじっと顔を見つめる。そして日南に頭を下げた。
突如の事で日南は慌てて足を止めた。何故、頭を下げるのだろう。そう思いながら。

「え、ちょ、どうしたの?」
「これから四天宝寺はもっと強くなる。その分部活も忙しくなる。やから日南の仕事もこの1ヶ月以上に忙しくなるし、負担も沢山掛かると思う。それでも俺らのマネージャー続けて貰ってもえぇ、かな」

恐る恐る白石が顔を上げて日南をじっと見つめる。
随分と自分勝手な事を言っているのは百も承知だ。
さっき日南からダンボールを奪い取って代わりに部室まで運んでみて解かった事がある。
今まで、白石がテニス部に所属した後もマネージャーをやりたいと立候補する女子は沢山いたのだが、その全てが立ち去って行ったのは膨大且つ、重労働な仕事内容故だと。中には部員目当てで志願しただけの女子生徒も居たかもしれないが。
でも日南の場合は違う。女子テニス部に入部しようとした所、女子テニス部がなくて可哀想だからとマネージャーに誘い込んだだけ。
本人の意思もあったけど、こちらからマネージャーに誘わなかったら彼女はきっと"マネージャーになる"なんていう選択肢を選ぶ事はなかっただろうし、考えもしなかっただろう。
僅かに日南の瞳が揺らいで表情が動いたのを白石は見逃さなかった。
ゆっくりと日南の表情は穏やかな微笑に変わっていく。

「勿論!忙しくなるからってマネージャーを辞めたりはしないよ。寧ろ、楽しみ!」
「楽しみ?」
「皆がどんどん強くなっていくのが。強くなったら全国優勝も夢じゃないよね!!」
「!! せやな」

包帯を巻いた左拳を日南の顔の前に突き出すと、日南もその意図を汲んだように左拳を突き出し、こつんとぶつけ合った。

「でもでも、無理しちゃ嫌だよ?」

「さっきの自主練習見てて思ったけど、少しハードだったから……」と、白石の練習に付き合ってみて感じた感想を述べる。
若干の上目遣いに、左手の人差し指で頬を数回引っ掻く日南のその言葉に「やっぱり少し無理があったか」と思い知らされる。

「善処するわ。日南も、キツかったら遠慮せんと俺に言うんやで。マネージャーやからってあないな重たいモン無理して持たんでえぇんやから」
「……うん。あ」
「ん?」
「私、こっちだから。また明日」

別れを告げて自宅の方向に帰ろうとするも、別方向の筈の白石が変わらず付いてくる。
「蔵ノ介君?」と意味深に名を呼ぶも、白石は「家まで送る」としか言わない。
でも、その一言がとてつもなく嬉しかった。白石と少しでも長く時間を過ごせるかと思うと。
白石の事を考えると体が温かくなっていって、気分もふわふわした感じになる。
長い時間一緒に居る謙也やもう一人の忍足の名を持つ幼馴染に対してもそんな感情は抱いた事が無いのに。

部活中に気になった事から他愛の無い会話まで、滅多に交わさない内容の会話をしながら日南の家までゆっくりと歩いていく。
白石が相槌を打って、笑ってくれているだけなのに話をする事が楽しくて、嬉しくて仕方が無い。
しかし楽しい時間と言うのは普段よりも短く感じてしまうもので、まだ話し足りないのに日南の家に着いてしまった。たったそれだけなのに悲しい気持ちになってくる。

「ほな、また明日。ゆっくり休むんやで。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

手を振り、日南は嬉しそうに眺めてから自宅の門を開けて家の中に入っていった。
さぁ、自分も家に帰ろう。そう思って踵を返すと親友の姿が視界に映り込む。黒い短パンにグレーのパーカーを羽織った、いつも顔を突き合わす金髪頭が。

「あれ、白石。珍しいなぁこんなトコおるやなんて」
「おう忍足。なんやコンビニにでも行っとったん?」
「おん。ロードワークがてらな」

がさっと音を立てながら腕に引っさげたビニール袋を白石に見せるとにかっと笑う。
中身を見る限りお菓子類と言う事に気がつき苦笑を浮かべる。
ウェイトコントロールとコンディション管理さえ確りしてくれれば特に文句も何も無いけれど。
しかしそんな白石を他所に謙也は気になった事をずけずけと切り込んでくる。

「白石は?家の方向こっちやないやん」
「日南、家に送った帰り」
「は?」
「練習に付き合うて貰ってん。こんな遅い時間一人で歩かせるんも気ぃ引けるし……忍足?どないしたん?」

心なしか謙也の表情が引き攣っている様に見える。一体何があったのか。そう思いながら声を掛けるが謙也はうんともすんとも言わなくなってしまった。
しかしすぐにハッとしてからぶんぶん顔を横に振り「何でもない」と返す。僅かに顔が赤いが何かあったのだろうか。

「……白石、一つ聞いてもええか」
「何や」
「その、自分、日南ちゃんの事……どう思ってるん?」
「日南?そやなぁ……思いやりあるし、真面目で俺らの事よう見とる。えぇマネージャーやと思うけど」

その言葉を聞くや否や謙也は安堵の表情を浮かべてから小さくガッツポーズを取った。
ガッツポーズの意味は解かりかねるが、謙也が日南に対してひたむきに向き合っている事は白石は良く知っている。
最初は日南をテニス部マネージャーに招き入れるつもりなんてさらさらなかったのに、謙也が日南の事を強く推挙するから、日南本人の希望もあって入れてみたものの意外に仕事を確りこなしてくれた。
その事を謙也に告げたら彼は笑顔で「やろ?!」と日南の事を自慢げに褒めた。
その時の笑顔だけで謙也が日南に多大なる好意を抱いていると言う事は見て取れたけども。それは只の幼馴染とは思えない位に。
ここに来て漸く謙也が日南を好きだという事に気が付いて少しだけ胸がジリジリとした痛みを感じた。

「……」
「どないしたん、白石。胸押さえて」
「いや……。明日も朝練あるし、俺もそろそろ帰るわ。明日も遅刻せんと来るんやで」
「おん。また明日ー」

謙也と別れて暫くしてから、漸く胸の痛みが薄らいでいく。
だが、痛い事には変わりはない。

「何や、この痛いの……」

日南と一緒に居る時は安らいだ気持ちになるのに、最近は他の男から日南の話を聞くと段々胸が痛くなっていく。
彼らは自分が知らない日南の話を容赦なくぶつけてくる。それが辛くて仕方が無い。

「こんなん、可笑しいわ」

眉間に皺を寄せ吐露した想いは誰にも聞かれず、閑静な住宅街の中に消えていった。


2016/01/06