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不協和音
レギュラーの面々+日南はユニフォームに着替えてコートから少し外れた所で円陣を組んでいた。

「それにしても見学に誘うっちゅうんは盲点やったなぁ」
「え」

白石の言葉に日南は愕然とする。

「所謂逆転の発想やね」
「えええええ……」

そして続けられた金色の言葉にも更に愕然として声を上げてしまった。

「ともかく見学に来てくれたっちゅー事は入ったも同然や」
「そうやね」
「いやいやいやいや」

その後の謙也&ユウジの言葉に突っ込みを入れるが悉くスルーされる。
それ所か4人はもの言いたげな日南を無視して声を揃えて「良かった良かった」等と言っている始末である。
呆れながら財前の方を見るとジト目でこちらを見ている財前と目が合い、肩を縮こませる。あの目は「何時になったら練習始めんねん」と言いたげな視線だ。
日南は慌てて声を掛けようとするが4人の笑い声に掻き消されて声が全く届いていない状況だった。

「……あの、テニスの練習しないんすか」

たまりかねて財前が自分から声を掛ける。
すると4人は笑い声をぴたりと止め、財前の方をじっと見てから白々しく、誰でも解かる大根演技に移行する。

「せや、テニスやテニス」
「テニスしよか、テニス」

財前は既に「阿呆くさ……」と言いた気な表情を浮かべ、顔を白石達が向かった方向と反対方向に背けた。
そんな財前に小石川が何気なく近付き、自分のラケットを手渡す。

「なぁ、財前君。良かったら打ってみないか?」

日南も小石川の隣に駆け寄ると「見てるだけじゃつまらないと思うし、どうかな?」と声を掛けてみると、思いもよらず財前は首を縦に振った。
「ケンちゃんナイス!」と視線で小石川に伝えると小石川も「せやろ?俺かてやる時はやるんや!」と成し遂げた視線を返してくる。
そんな折、金色&一氏コンビがわっと財前の元に集ってきた。
金色は財前の手を取りラケットを握らせるが、何だか教え方がいろんな意味で生々しいと日南は感じた。

「ラケットの持ち方教えてあげるぅ。此処が持つ所。ココをこうやって優しくぅ……」
「えぇい、お前は黙ってろ!」

小石川が金色を怒鳴りつけると、歓迎されまくっている財前が間に割り入る様に言葉を紡いだ。

「あの、大体解かりますから」
「え?」

ラケットを一度宙に放り、持ち直す。ラケットを握る手は何の間違いもなく、綺麗にフォアグリップで握られていた。
思わずテニス部の面々は感嘆の声を上げる。

「財前君、テニスやった事あるん?」
「前に1、2回」


===============


「嘘でしょ、あの謙也君と蔵ノ介君が……」

財前は素人とは思えない動きで白石・謙也のダブルスを封じ込めていく。
まるでボールの軌道総てを見切っているかの様に、既にその場で待ち構えている。

「(本当に、テニス1、2回しかした事ないの?!)」

思わず、握り拳を握る手に力が篭る。
財前は天性の才能を持っている。日南は目の前のコートで繰り広げられている試合を見てそう思っていた。
試合開始前にアドバイスをした、ダブルスパートナーの小石川に「邪魔しないでくれれば良いっすから」と言ってのけ、不意をつかれたとは言え謙也と白石からサービスエースを奪っただけある。
しかもほぼ、財前が一人で謙也と白石の二人を相手にしている。小石川は一度たりともボールに触れてすらいない。

「何やアイツ!」
「新入生にしては中々やるやん!」

クロスに打つと思いきや、そのままがら空きの真正面、しかもラインギリギリを狙って財前はボールを返す。

「スピードなら負けへん!!」

だが、"浪速のスピードスター"の異名を持つ謙也がすぐにボールを拾いに走る。
しかし、ボールは高く、緩く空に舞い上がり、財前にとってのチャンスボールとなってコートに戻っていく。

「幾らスピードがあったところで……正確なショットで返せなければ、意味無いっすよね!」

容赦なくコートにスマッシュが突き刺さる。
だが、財前のスマッシュを予測していたのか白石がすぐにカバーに入り、クロスに打ち返す。
たったそれだけの事なのに日南には白石の行動一つ一つに一喜一憂してしまう。
小石川が逆を付かれた事に愕然としながら目でボールを追うも、其処には既に財前が待ち構えていた。

「正確過ぎてオチが見え見えですわ」

あくまで冷静に。財前は白石の打球を性格に打ち返す。

「げ……ゲーム、小石川&財前」
「そんな……白石の聖書テニスが」

財前の運動神経や抜群すぎるセンスに四天宝寺の面々は驚愕以外の表情を浮かべる事が出来なかった。
"聖書"と持て囃され、2年生にして今年から部長を任される事になった白石から意図も容易く得点を奪うだなんて。
しかし、だからこそ彼に入部して欲しいと日南はそう思った。
財前が入部したら四天宝寺の攻めは強固になる。そう確信めいた物を感じていたからだ。

「"聖書テニス"っていうか、それって"教科書テニス"でしょ」

相も変わらず口にする言葉は辛辣だけども。

「いやぁ、教科書テニスかぁ。上手い事言うな」
「教科書だけにそろそろ本気で行こか」
「せやな」

白石と謙也が気を取り直そうとすると財前が暗い表情で小さく溜息を吐いた。

「あの、無理におもろい事言おうとしないで良いっすから」

財前がそう言うと金色とユウジが「厳しい」と零すが、日南は何となくその言葉で財前が何故一人で過ごしている事が多いのか気付いた。
もしかしたらお笑いとかそういうものが苦手なんじゃないか、と。
そうだとすれば授業中のギャグや、朝礼の時の校長のギャグで笑わなかった事も説明がつく。勧誘しに言った謙也達が撃沈した理由と結びつく。
財前は詰まらなさそうに重い溜息を吐いた。

「俺、駄目なんすよ、そういうの」
「え、何が?」
「何でもかんでも笑うだの、笑かすだの意味解かんないって言うか」
「そらまぁ、何でも"笑かしたモン勝ち"やからなぁ」
「だから、それが意味不明だって言ってんすよ」

財前の言葉に日南は「やっぱり」と心の中で呟いた。
日南も大坂に来たばかりの頃はいきなりギャグを見せられても意味が解からなかったし、笑う事をせずにきょとんとしていた。
お隣さんである謙也に吃驚される位に笑う事はなかった。
四天宝寺に入ってまだ1ヶ月しか経っていないが、本当に入学して1週間位の頃は財前と同じで「笑かしたモン勝ちって、意味わかんないし」と冷ややかに思っていた位だ。
今では何となくだが意味を掴み始めているし、正直言うとしょうも無いギャグやコントを見せられても今では笑ってしまう事の方が多くなったが。そう思うと慣れと言うのは恐ろしい。

「そういえば校長のギャグで笑ってへんかったもんなぁ、財前君は」
「あれの何処を笑えば良いんすか」

それを聞いた金色とユウジが驚愕する。

「あのギャグでウケへんの?!」
「あえへん……」
「言われてみれば私もあれで笑った事無いかも。何で皆笑ってるの未だに理解出来ないっていうか……」
「嘘?!」

財前の言葉に便乗してみると隣にいたユウジが日南のジャージの胸倉を掴んで「何で?!何でウケへんのや!逆にその理由知りたいわ!!」と思い切り揺らされる。
揺らされ過ぎて気分が悪くなってユウジに制止を求めるが、お笑い命な彼は日南を揺らす手を止めない。
顔を蒼褪めさせながら「あ、えずく……」と小声でぼそっと呟いた途端にコートから走ってきた小石川が背後からユウジをどついて止めさせたけども。
白石は財前の発言と今正にコート脇で起きていたやり取りを見てはにかむ。

「君、何で四天宝寺入ったん?」
「近所だったから。でも、こんな学校って知ってたら入りませんでした」
「えぇ学校やと思うけどなぁ」
「世の中"ボケ"と"ツッコミ"じゃない人間も居るって事です。俺とこの学校はアンタ達とはジャズとヘビーメタル位ノリが違うって事っスね……」

気持ち悪さから目に涙を溜めて、小石川に背中を擦ってもらいながらも確りと財前と白石のやり取りを聞いていた日南は少しだけしょんぼりとした顔をして、考えをまとめる。
今の発言から察するに、財前はこの学校を入った事を間違っていると思っているんじゃないだろうか。
日南も財前の気持ちも解からないでもない。時々この学校の、生徒のノリについていけなくなって、「どうでも良いや」と流してしまう事の方が多い。
ノリが違う人間と同じノリで生活するのは何と言うか肩に力が入ってしまって、確かに疲れる。
でも、この四天宝寺は四天宝寺でいいところが沢山あるからそんな風には思って欲しくは無い。

財前が白石達に背を向け、ポジションに戻ろうとした時白石はきりっとした顔で言い放った。

「成程?それで音も立てずにジッとしとる訳や」
「蔵ノ介君?」
「でも、それじゃ毎日おもんないやろ」

財前が足を止める。

「音を出した所で不協和音しか生まれないんスよ」
「……財前君」

「そんな事無いよ」。咄嗟にそう言いたかったが声が上手く出ない。
そうこうしている内に次のセットが財前のサーブで始まる。
ポーチに出た白石が今までのゲームで見せなかった重いショットで返すも財前は難なく返す。
だが財前が打ち返したコースはまたもやラインギリギリの厳しい場所。
咄嗟の判断で真逆から走り出す謙也に「だから。早ければ良いってモンじゃ……」と呟く。

「早けりゃええんや!」

財前の呟きを拾った白石が何かを捕らえた、明るい表情を謙也に向ける。

「早いだけじゃアカン事があったとしても、もっと早ぅなればえぇ事や!」
「白石……」
「走れ!忍足!!」
「おう!」

白石の言葉に謙也の足が、スピードが加速度を増していく。
あっという間にボールに追いついて、財前達のいるコートに打ち返す。
その打球も早かったのか財前が反応出来ずにそのまま謙也達のポイントになる。

「やった!」
「凄いやん、忍足君!」
「謙也君……すごい、あんなに早く走れるだなんて……!」

謙也とは家が隣同士と言う関係上、今此処にいるメンバーの中で一番謙也遠くの時間を共有しているのだが、あんなに早い謙也を見た事はなかったような気がする。
いつも徒競走も、リレーも1番で普段から走るのが速かったけども。
此処に来てこんなに早く走れるようになるだなんて誰も予想だにしていなかった筈だ。
でも、白石は謙也がもっと早く走れる事を信じて、確信していた。日南にはそう思えていた。

「やったで白石」

喜びを露わにしながら白石に近寄る謙也。
しかし白石は嬉しくないのかはにかんだ顔で暫しの間謙也をじっと見つめていた。

「すまん」
「?」

白石の謝罪の意味がよく解からず、日南は首を傾げながら一氏と金色に視線を向ける。
彼らも何故このタイミングで白石が謝罪をしたのか意味を図りかねているようだった。

「忍足。それに、皆。俺のやり方、間違うとった」
「白石?」
「蔵ノ介君?」
「どういうこと?」

風が、僅かながらに吹き始めると共に、白石は今の試合の中で感じた思いの丈を言葉にして紡ぐ。

「俺はこの1ヶ月、チームを強くしよ思って基本に忠実なテニスを皆にしてもらってた。皆も俺のやり方に付いてきてくれた。お蔭でチーム全体かなりえぇとこまで強くなったと思う。……せやけど、なんかウチらえらい小さく纏まってしもうたんや。それこそ、ぺらっぺらな薄い教科書の更に真ん中の1ページに収まってしまう位に」
「……」

そういえば、確かに基本重視の練習ばかりを繰り返して個々の個性を活かした練習は一切していなかったように思える。
でも、その事で白石がこんなに思いつめているとは日南は思ってもいなかった。
すっとそれでいいと思っていたから。新入生のマネージャー如きが口出しして良いとは思っていなかったし、そういう方針で練習をしているんだとずっと思っていたから。

「俺、部長になって忘れとった。皆と出会った時感じた事。忍足が持っていたのは誰にも追いつかれへんスピード。それやったらもっとそれを伸ばさなアカンかったんや。金色にも一氏にももっと自由なテニスをさせたらなアカンかった」

その言葉に皆も何かに気がつく。

「ちっちゃな音で綺麗な和音させても誰の耳にも届かへん。ウチらの強さは纏まる事や無い!大きくバラけて、もっとキャラ立てて、そう!不協和音や!!」
「不協和音?」
「ボケとかツッコミとか型に嵌まる必要は無いんやで、財前」

急に自分にも話題を振られて、財前は顔を上げる。

「お前のそのキャラ、おもろいで」

そう言われたのが初めてだったのか財前は困惑した表情を浮かべる。

「一緒に鳴らそうやないかい、でっかい不協和音」


2016/01/06