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少年H勧誘作戦
その後、すぐにテニス部の面々は屋上に上がり財前 光らしき人物をオペラグラスで捜索し始めた。

「そういえば、先生から聞いたけど皆朝礼の時抜け出したって本当なの?」
「げっ。ばれとったんか……」
「ばれとったんかって……ひっどーい!!私も朝礼参加したく無いのに、皆だけずるい」

日南が膨れっ面を浮かべるとユウジがけらけら笑いながら人差し指で日南の頬をつつく。

「阿呆。新入生が入学早々おサボりなんかしてみぃ、そっちの方が問題やん。どういう事やねんテニス部」

うりうりと日南の頬を指先で突き通しているユウジに小石川が「止めぇやって」と溜息混じりに言いながら、更に今度は一年の頃の事を思い出す。

「ユウジ。そう言うお前も入学早々サボってたやん。俺、知ってんねんで?」
「せやせや、日南ちゃんにお説教なんて1年早いで」
「1年で良いんだ……」

そんなやり取りを背に謙也はじっと一人で校庭をくまなくオペラグラスで眺めてみる。するとめぼしい人物が見つかったのか「おっ」と声を零す。

「多分あいつや。いや、間違いない」

そう言って謙也は部長である白石にオペラグラスを渡す。
オペラグラスの中に写った、けだるそうにベンチに座って空を眺めている少年を白石は見た事があった。
今しがた話題に出ていた朝礼の時、屋上から一人だけ校長のギャグを不服そうに見つめていた新入生がいた。その彼が写っている。

「あいつは確か……」
「どれ?」
「ベンチに座ってるあのツンツン髪」

白石が「ほれ」と日南にもオペラグラスを渡し、日南も少しだけ身を乗り出してオペラグラスで該当の生徒をみると、「……やっぱり」と小さく声を零した。
先程からの日南を見ていると財前と顔見知りなのかと疑念を抱くが、日南の事だから何か知っていればすぐに教えてくれる筈。でもそれがないのは日南が財前の事を知らないからだと思っていたのだが。
日南は髪を風に靡かせながら一瞬だけ呼吸を詰まらせて謙也にオペラグラスを付き返しながら白石の方を見た。

「知ってるの?財前君の事」
「え?あ、まぁ……な。せや日南……」

そういえば先程何故財前の名前が出た時に気まずそうな顔をしたのかを尋ねようとしたら謙也が言葉を遮る。

「しかし勧誘ちゅーても一体どないして誘えばええんやろ」
「簡単やないの。一発おもろいネタでどかーんと笑いとってまえば後はこっちのペースやん」
「ああ、せやな」
「待って、……それは難しいと思う」

小春の提案に日南が声を低くして難色を示す。

「えぇ?なして?」
「実は私ね、財前君と同じクラスなんだけど、何と言うか……ううん」

其処まで言って日南は言葉を詰まらせて悩んでしまう。
入部してからいつもニコニコ笑っている顔しか見た事が無かったからか、白石をはじめとしたテニス部の面々は日南がこんなに悩んでいる事に、財前が不良か何かなのかと想像し始めてすらいた。そうであれば入学して間もないが、テニス部大好きな日南が難色を示すのも納得がいく。
しかし、漸く形容するに相応しい言葉を選ぶ事ができたのか日南は「あのね」と言葉を繋げる。

「気難しい、のかな。クラスでも一人だけ浮いてるっているか……うん。ちょっと近寄り難い感じで」
「日南ー、そんな事は如何でもええねん」
「え?」

暗い表情で顔を俯かせていた日南の肩にユウジが腕を回す。そしてニカっと明るい表情を浮かべ、告げた。

「俺達の、四天宝寺中のモットーは?」
「え?……あ」

ユウジの言葉にこの学校がどういう学校か思い出した日南は表情をいつも通りに戻し、他の先輩部員達を見回す。
そして、その場に居る6人で声を揃えて、張り上げる。

「笑かしたモン勝ちや!!」

しかし。意気込んでも問題はある。
白石がその問題を困り顔で提議した。

「で、誰行く?」
「ほな、金色小春トップバッター行かして貰いまひょか」

ルンルン気分で意気揚々と名乗りを上げた小春がスキップでも踏みそうな勢いで件の財前の元に向かおうとする。
すかさずユウジが「よっ!金色!!」とはやし立てた。
しかし一方で日南が「あ、ちょ、待って……」と小声でおどおどしている。

「いきなり決めてしまうかも知れへんけど……そん時は堪忍な」

語尾にハートマークを乱舞させて、投げキッスを決めて屋上を後にした小春に日南は矢張り難色を示していた。
小春のギャグが面白いのは解かっていは居るが、財前が授業中の先生のギャグでも眉一つ動かした事が無いのを日南は知っている。それどころか「下らんわ」と零しているのを聞いた事がある。
そんな日南に白石は微笑みかけながら頭に手を置き、優しく撫でる。

「大丈夫やて。金色のギャグで笑わん奴なんてそうおらへん。信じよ、金色の事」
「……蔵ノ介君」

一瞬きょとんとした日南は白石の言葉の通り、小春が上手くやってくれる事を信じて「うん」と小さく頷いた。
しかし日南は心の奥底で思っていた。「笑わせるより、まず普通に見学誘った方が良いんじゃないかなぁ……」と。だがこんなに楽しそうに財前を笑わせてテニス部に入部させようと計画している先輩達を見て中々言うに言えなくなってしまっているのだけど。
とりあえず、後でひっそり教室で財前に話しかけてみようかな、とは考えているけども。


しかし、そう上手く事は運ばない。小春もユウジも謙也も、白石までもが惨敗と教室に居る時にメールが届いた。
ユウジに至っては彼が来た時に丁度教室の中に居たから失敗の現場を見ているが「あ、これは酷い」と思った位だ。
何せ財前が教室のドアを開いた途端にギャグを、校長のモノマネを開始し、即座にドアを閉められたのだから。思わず心の中で「どんまい」とすら呟いた。

「(やっぱりかぁ……)」

案の定の結果に日南は携帯電話の画面を見たまま苦笑を浮かべる。
多分、皆屋上にいるだろうな。そう思って席を立とうとすると「なぁ」と少しばかり不機嫌そうな声で呼ばれる。
中腰の状態のまま顔を上げて其方を見ると其処には無愛想な表情をした、財前 光が日南を見下ろしていた。
まさかの状態に日南は思わず喉の奥を引くつかせ、財前の顔をじっと見つめる。

「ど、どうかしたの、財前君」
「何で引き攣っとんの」
「いや、財前君から人に話掛けてるトコ、初めて見たから」
「……あっそ。なぁ、風鳥ってテニス部やったよな?」

意外な切り返しに日南は喉の奥で声を引き攣らせながらもこくこくと頷く。

「テニス部の先輩ら鬱陶しいから止めさせてくれへん?付き纏われて迷惑なんやけど……いきなりギャグやられても意味わからんし、別段面白くないし」
「……ご、ごめん。あ、あの財前君」

此処まで迷惑がられているのなら此処はもう自分で部活見に来ないか誘おうとするも、財前が溜息を吐いた事で不意に言葉が止まる。

「別に風鳥が悪い訳やないやから謝らんでもええ。とりあえず用もないならしょーもないギャグしにくるんは止めさせてや」

そうとだけ告げて財前は背を向けて教室から出てしまった。
行き場を失った言葉を飲み込んで机に突っ伏す。

「ああああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう!!意気地なし!!」

いきなり声を上げた事でびっくりしたクラスメイトが「大丈夫?」「財前君に何か言われたん?」と次々に心配して言葉を掛けてくる。
だが日南の耳にはそんな言葉達は届いておらず、不甲斐無さに涙を浮かべた顔を上げると席を立ち、電話を掛けながら屋上に向かおうとする。
クラスメイトに「風鳥さんも変わった子やなぁ……」と囁かれている事等露知らず。

「もしもし、謙也君?」
『あっ、日南ちゃん?大変や、今度は小石川が行くらしいで!!』
「え?あの、財前君の事で話が、謙也君……?謙也君?」

言葉を続けようとした途端、謙也が一方的に電話を切ったのか通話終了の電子音だけが耳に虚しく残る。
その途端に日南の中で何かが切れた。

「ああああああ、もう!!」

廊下の床を勢いよく蹴り、財前が向かった方向に駆けて付いて行く。小石川が財前に接触する前に財前に追いつかなくては。
しかし、時既に遅しという奴で廊下に人だかりが出来ていた。
「もしかしたらエンカウントした?」と一抹の不安を抱えながらも人混みを掻き分けて輪の中心まで到達する。髪や制服がぐちゃぐちゃになっていても、もうそんな事に構っている余裕は日南には無かった。
漸くの思いで人が少ない中心部に付くと小石川が額に小さい提灯を充てて硬直してる光景が目に入った。心なしかその場の空気が白けている。小石川がギャグで滑った事は明白だった。
『テニス部の先輩ら鬱陶しいから止めさせてくれへん?付き纏われて迷惑なんやけど……いきなりギャグやられても意味わからんし、別段面白くないし』。教室で言われた言葉が脳裏で反響する。
まずい。これはまずい。そう思いながら弁明の為に前に出ようと一歩を踏み出すが、財前が、今までノーリアクションだった財前が「良いですけど」と小石川に返した。

「ほ、ほんまか!」

自分でも驚愕な小石川が相当と財前は「うん」と小さく頷く。

「て言うか、テニス部なんやから最初から"テニス見に来い"って誘いに来ればえぇやないですか」


===============


その日の放課後。早速部活見学する事になった財前と、日南は少し気まずそうに隣に並んでテニス部部室に向かっていた。
財前はクラスに居る時と同じ、少し覚めた雰囲気で、言葉を掛けるのも難しい雰囲気だ。

「なぁ」
「!! な、何」
「なして最初から部活見学に来い言わないん?風鳥んトコの先輩ら」

その言葉に思わず「ですよねー」と思ってしまう。他でもない、日南本人も財前と同じ意見を抱いていたのだから。
しかしあんなに意気揚々と、楽しそうに財前 光テニス部勧誘計画を立てていた白石達を見ていたら「まず笑わせに行く前に話し合いいようよ」とも段々言い出しにくくなっていた。だが矢張り無理にでも言い出したほうが良かったんだな、と思い、同時に財前にも申し訳なくなって顔を俯かせる。
すると財前は溜息を吐いて「お前、なしてそうなん?」とつまらなさそうに言った。

「クラスでもそうやけど、風鳥って消極的過ぎ言うか、他人に流され過ぎ言うか……自分の意見持ってへんの?」
「じ、自分の意見位は自分でも持ってるよ。でも、相手は先輩だし……それに、財前君をテニス部に誘おうとしてる先輩達とても楽しそうだったから中々、話し合いからしてみようよって言うに言えなくって」
「……流されすぎやろ。でも、お前結構良い奴なんやな」

今の流れで何処がどう良い奴と言われる要素があったのか解からなかったが、財前がそう思ったのならそれで良いやと思う。

「そう言われたの、初めてかな。あ、あそこがテニス部部室。先輩達ももう来てるみたいだから其処で待ってて!私も着替えてくるから」
「おん」

最初とは打って変わって元気にぱたぱたと部室の方に走っていく日南の背中を財前は少し呆然と見つめていたが、何故だか悪い気はしなかった。
それどころか日南に抱いていたイメージが少しだけ変わった。様な気がする。

「なんや、風鳥って結構……」

そう呟いて一瞬僅かに口元を緩ませた。

「変な奴やな」


2016/01/01