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いきなり前途多難
何事もなく始まる朝。
白石 蔵ノ介は全力で走っていた。目覚ましを6時でセットしたは良いが今日は朝練があるのを忘れていたからだ。テニス部部長が朝練に遅刻なんて面目が立たないし、それにメンバーにも迷惑が掛かる。
それに、新しく入った新入生マネージャーにも呆れられる事請け合いだ。
そんな事、白石のプライドが許さなかった。
息を切らせて校門を潜り、テニスコートの近くを通れば既にメンバーは準備運動を始めていた。

「すまん!遅れた!」
「おっそーい!蔵ノ介君、遅刻!!」
「日南、ホンマごめん!」
「しっかりしてよね、部長さん」

現段階で唯一の1年生、マネージャーの風鳥 日南が頬を膨らませながら案の定呆れながら下から見上げてくる。
しかしその姿が妙に小動物みたいに見えて可愛らしくて仕方が無い。
日南は「もう……」と短く声を零すと「早く練習入っちゃわないと今度は皆に何か言われちゃうよ」とだけ言ってマネージャーの仕事に戻って行ってしまう。

「お、おん……」

ぱたぱたと歩幅が小さいなりにてきぱきと仕事をこなしていく日南の背中を見て白石は「しっかりせなアカンなぁ」と思いながら、僅かながらに白い頬を桜色に上気させていた。

「何や白石、少し遅かったなぁ」
「はよ、謙也」
「おはようさん。日南ちゃんに怒られとったな」

「朝から羨ましいやっちゃ」とうりうりと肘で小突いてくる謙也に「やめぇや」と制止を求め、ぐしゃっと前髪を掻き揚げる。

「遅刻なんて部長がする事とちゃうからな。しゃあないわ」
「でも日南ちゃん、怒っても可愛ええよな。小動物みたいで」
「阿呆。後輩に叱られる先輩なんて格好つかんわ。日南にそれ聞かれたらどつかれんで」

そんな軽い会話を交わしながら二人はコートの中に入っていく。
この後テニス部にとって重要な一騒動が起きるかも知らずに。

「あ、そうだ。蔵ノ介君、謙也君。今日は朝礼あるから練習20分早めに切り上げろって先生から伝言。ケンちゃん達にはもう伝えてあるから」

ストレッチを開始しようとした途端、日南がタオルの山を抱えて白石と謙也にそう告げにくる。

「わかった。おおきにな、日南」
「で、その先生は何処行ったん?朝から見てへんけど」
「少し調べ物があるって職員室行っちゃったけど……そう言えばそれきり見てない」
「何やっとんねん、あの先生は」

謙也が呆れながらそう言う横で白石と日南は苦笑いを浮かべる。しかし日南は空気を変える様に「いつもの事だからもう気にしない方が良いんじゃない?」と言ってまた、業務に戻っていってしまった。


朝練習を終えた後、全校生徒は朝礼の為にグラウンドに出ていた。
だがその中に例外も居る。白石は朝礼がだるかったのか一人列から抜け出し、屋上から朝礼の様子を見下ろしていた。
ふと、1年生の列を見るとつまららなさそうに欠伸をしている日南を見つける。
先程からしきりにきょろきょろしている様にも見えたから気付くかな、と思い手を小さく振ってみるも悲しかな日南は気づいてくれなかった。何となく悲しくなる。
そんな時背後からドアが開く音と聞き慣れた親友の声が聞こえてくる。

「何や、白石も抜け出して来たんか」
「眠くなんねん、教頭の話は」
「朝練の後は特にきついからなぁ」

マイクで増強された教頭の話に白石は耳を僅かに傾けつつも、少しばかりうとうとしていたら謙也が不意に「なぁ、白石」と声を掛けてくる。

「ん?」
「部長としてどう思う?ウチら今年は良いトコまで行けるんとちゃう?」
「せやな。金色も一氏も1年の時よりずっと強くなってる。忍足のスピードテニスもええ調子やしな」
「あぁ、浪速のスピードスターは絶好調やで!」

ニカっと子供の様な明るく、純粋な笑みを浮かべる謙也に白石もつられて微笑む。

「俺のスピードに加え、白石がいつも言ってる正確なショットが打てるようになれば怖いモン無しや。一番大事なんは基本やからなぁ。白石のバイブルテニスは俺の良い手本や」

その何気のない一言に白石は目を見開いた。

「今年は全国ベスト4も夢やないで。何たって今のテニス部には勝利の女神さんも居るし。なっ、白石」
「勝利の女神って、日南の事か?」
「日南ちゃん以外に誰がおんねん」

再び、ドアの古びた蝶番が軋む音がすると「白石君に忍足君♪」とこれまた聞き慣れた声が聞こえる。
ドアの方を見ると其処には仲良しで有名な金色小春、一氏ユウジコンビが其処に居た。
「やっぱり此処や」とユウジが言うと同時に二人は白石と謙也の元に駆け走ってくる。

「何や、皆来てもうたんか」
「二人で朝礼抜け出したりして〜妖しい」
「んな訳あるかい」

小春は日常的にボーイズラブ系統のネタを振ってくるからもう既に慣れてしまったのだが、こうして突っ込みを入れるのも最早日常茶飯事と化している。
いつもの様に笑い飛ばしていたら教頭が降壇し、入れ替わりに校長が登壇する。
すると、グラウンドから、白石達が居る屋上まで空気ががらりと変わり始めた。

『あー、マイクテス、マイクテス』

「おっ、校長の挨拶が始まるでぇ」

小春が今か今かと生唾を飲み込む。
校長が大きく咳払いをすると、四天宝寺中御馴染みのあのギャグが炸裂した。

『ほーじ、ほーじ四天宝寺。って、わしゃ蝉か!』

これまた御馴染みのポーズを決めた途端、全校生徒がコケ、爆笑の嵐に包まれる。
それはグラウンドの生徒のみならず屋上にたむろしている4人もそうだ。
しかしその中でただ一人、笑っている生徒の中で笑っていない生徒がいるのを見て白石は笑うのを止めた。
跳ねさせた黒髪にむすっとした表情の新入生。見た所日南と同じクラスの様だが。
校長の必勝ギャグで笑わない生徒もいる事に白石は驚愕を隠せなかった。


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昼休み。
白石と謙也は昼食を摂りに食道に向かおうとしていた途端、呼吸を弾ませながら走っていた日南に呼び止められた。

「あ、謙也君、蔵ノ介君。見つけた!!」
「どないしたん?そない呼吸切らせてからに」
「日南、廊下は走ったらアカンで」
「解かってます!でも、先生が緊急で部室に集合だって!2年生レギュラー全員!」
「2年生レギュラー」
「全員……?」

何のこっちゃと二人は顔を見合わせながらも、おどおどしながら2年生の教室まで来た日南と一緒に一先ずは部室に向かう事にした。
何があるかなんて部室に行けばすぐに解かる事なのだ。
此処で考えるよりも部室に行ってしまった方が早い。そう思い、3人は部室まで急いだ。

部室には既に他の四天宝寺男子テニス部2年生レギュラーの面々全員集まっていた。それはマネージャーである日南も例外ではない。

「よーし、皆揃ったな」
「何ですか。昼休みに呼び出したりして」
「あぁん、告白やったら皆がおらへん所でしてぇ!恥ずかちいから!」
「いいから座れ」

珍しくオサムが小春のおふざけを真顔でいなす。
これは何か重大な問題でも起きたのではないかと一同はその胸に不安を抱いた。

「お前ら2年になって少しは強なったみたいやな」
「チームは今まで以上に纏まってきてます」
「今年はええ線行きそうやな」

力強い小石川の言葉に謙也が言葉を続ける。
しかしオサムの表情はその言葉とは裏腹に仄暗い影を落としていた。しかしすぐに不敵な笑みをフッと浮かべ「いや」と紡ぐ。

「このままじゃアカンな」
「何でやねん、先生」
「いいからいいから。日南、グラフ貼ってくれ」
「はーい」

日南が小さな狭い領域の腕で大きなグラフを広げ、ホワイトボードに磁石でとめる。
上の方は爪先立ちをしても届かないのかオサムが「ほんまちっさいなぁ、自分」とけらけら笑いながらからかっている。
その様子を見て少しばかり白石はムッとした。そのムカつきが何故起きたのか、理由は解からないけど。
隣に座っている謙也がカッと目を見開いて阿呆面をしているのを見ていたら如何でもよくなったのもあるが。

「これを見ぃ」
「何ですか?このグラフ」
「イケメンが多い部活ランキング?」
「テニス部……ゼロ?」

張り出されたこのグラフが何を指し示すのか全く解からず、顔を見合わせる。

「このグラフはな、今年の新入部員の数や。見ての通り我がテニス部には未だに一人も新入部員が入ってへん。あ、マネージャーである日南は除外な」
「1年なんておらんでも俺達2年のレギュラーがいれば夏の大会は戦えるんちゃいます?」
「謙也君、それがね?」
「どないしたん、日南ちゃん?」

謙也の言葉に申し訳なさそうに日南が言葉を挟む。するとオサムが日南の言葉をウィンクしながら牽制し、説明を続ける。
「所がそうもいかんのや」と。

「生徒手帳の校則第24条を見てみぃ」

その言葉に日南を除くテニス部の面々が一斉に生徒手帳を取り出し、校則が書き連ねられたページを凝視する。
その眼差しは先程のおふざけムードとは裏腹に真剣な物だ。

「四天宝寺中学校校則第24条」
「部活動は各学年最低一名在籍している場合のみ活動を許可される……」
「ってことは……」
「マネージャー以外の新入部員を最低一人でも入れない限りこれから先大会には出場出来へんっちゅーこっちゃ」

衝撃が走る。折角テニス部は軌道に乗ってきたのに。
次の瞬間には事の重大さを漸く理解した部室内に絶叫が響いた。
オサムは真っ白に燃え尽きてしまっている面々を他所に日南の髪の毛を弄繰り回しながら、更に言葉と言う名のナイフをぐさぐさ深く突き刺していく。

「しかももうこんな時期や。新入生はほぼ全員どっかの部に入部してしもうた」

皆放心している中「残念やわー」と零すオサムに日南は「ん?」と何かを感じながら、オサムのトレンチコートのベルトをくいくい引っ張る。

「先生、先生」
「んー、何や日南」
「何でそんなに他人事風なの?先生顧問なんでしょ?なら、何でそんな軽いノリで……」
「それは内緒や。あーでも日南は可愛いからなぁ、教えてもええか。んんー」

「でも内緒な」と唇に一指し指を添えられ、日南はそれきり唇を尖らせて黙りこくってしまった。
そんなやり取りをしている他所で一人だけ先に我に帰った小春がぶんぶんと大きく首を横に振り、意識を完全回復させ、大声を上げる。

「全員?!一人も余ってへんの?!」
「安心せぇ。不幸中の幸いっちゅーべきかこの時期になってもまだどの部活にも入ってへんフリーの奴が一人だけおったんや。名前は"財前 光"」

その名前を出された途端、日南の瞳が一瞬不安に揺らいだのを白石は見逃さなかった。しかし日南はすぐに顔を伏せてしまってその後の表情は上手く見る事は出来なかったのだが。
しかし他の部員は日南の仕草や表情に目を向けていないのかその事を気に掛ける仕草すら見せない。今目の前に放り出された一筋の光明にだけ、目を向けている。

「あら、可愛い名前」
「部活を続ける為には」
「この1年をなんとしてでもテニス部に入れなアカンっちゅー事か」

やる気満々な謙也が未だ日南を気にして見つめている白石に目配せする。だが咄嗟に言葉が出ずに、言葉になっていない声を出す事しか出来なかった。
謙也の言葉にオサムはフッと笑い、只一言「そういうこっちゃ」と帽子を直しながら零した。


2016/01/01