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取り付けた約束
準備期間は何事もなく、滞りなく進み、あっという間に木下藤吉郎祭本番がやって来た。
日南は日に2回公演予定の演劇部の舞台"眠れる森の美女"に参加していたから中々テニス部の出し物である女装喫茶に参加出来なかったけど、時間を見付けては喫茶店をやっている教室に顔を出していた。

「……やっぱり女として負けてる気がする」
「部長の事か」

教室の隅っこで嫌々女装をしている財前と2人で、きびきびと接客している白石を視線で追っていた。
衣装合わせの時に舞台用の王子様衣装を着て部室に行った時、白石は格好いいと褒めてくれて嬉しかったけどよくよく考えたら女らしくないともとれる一言で。白石の言葉なら何でも嬉しいけど。
白石はうっすらと汗を流しながらも男女問わず笑顔で、ドレスを翻しながら接客を続けていた。そんな白石すら格好よく思えるから大概惚れ込んでしまっている。
すると先輩だろうか、あまり馴染みのない女子生徒が携帯電話を片手に日南に声を掛けてきた。

「風鳥さん、あんね?お願いあるんやけど、ええ?」
「はい。何でしょうか」
「白石君の手が空いたら風鳥さんと白石君のツーショット撮らせて貰いたいんやけど」
「?」

女子生徒から言われた言葉の理解が追いつかなくて、思わず首を傾げてしまう。すると彼女は「お願いっ!お姫様と王子様のツーショットって1回写真撮ってみたいんよ!!」なんて頭を下げられてしまう。

「あの、顔上げてください!私は構いませんけど蔵ノ介さんにも聞いてみないと……」
「俺がどないしたん?」

丁度手が空いたのか白石が軽やかな足取りでこちらにやって来る。
なんて完璧なタイミングだろうと思いながら日南は今までの経緯を簡潔に説明する。

「!あのね、私と蔵ノ介さんの写真撮りたいってお願いされてて……。私は構わないんだけど蔵ノ介さんはどうかなって」

そう説明すると白石は一瞬きょとんとしたけど、すぐに笑顔で「かまへんで」と対応してくれた。背後で財前が「マジっすか……」なんて言っているけど気にしていない。
邪魔にならない様に、黒板を背にして写真撮を撮ってもらうと女子生徒は嬉しそうに礼を告げて教室をあとにした。

「まさか写真要求されるとは思わんかったわ……」
「私も。あ、そろそろ講堂に戻らなくちゃ」
「もうそんな時間か。……さっきは見に行けへんかったから時間見つけて見に行くわ」
「ありがとう!待ってるね」

そう告げて教室を出ようとすると白石が少し焦った顔で「待って」と日南の手首を掴む。掴まれた手にドキッとしたけど、白石はすぐにその手を離してしまった。

「日南さえ良ければ午後、時間少ししかあらへんけど一緒に見て回らへん?」
「!!」
「あ、もしかしたら友達と約束……」
「ううん!空いてる!!じゃあ舞台終わったらすぐ教室戻ってくるね!!」

白石の言葉を遮って約束を取り付けると日南は廊下を早歩きで移動していく。背後から見ていたらマントがヒラヒラたなびいて、小さな背中ながら勇敢に見えた。

「白石ー。ぼさっとしてへんと、はよ戻ってきぃや!」
「済まん!今戻るわ!!」

謙也にどやされて教室の中に戻るけど、顔がにやけてるんじゃないかと思って中々接客に身が入らない。
今日こそは日南に告白する。そう準備期間中、ずっと胸に誓っていた。
ニヤニヤしていると謙也に訝しげな顔をされたけど、この感情を抑えるのは数十分は難しいだろうな、なんて思っていた。

一方の日南も講堂に向かう間に切り替えなくちゃと思っていたけど、白石からのお誘いが思っていた以上に嬉しくて顔が火照ったままだった。
嬉しすぎてセリフが抜けてしまいそうなのが怖いけど、無事に舞台を終わらせる事だけを考えなくてはいけない。白石が見に来てくれるかもしれないのにそんなヘマをする訳には行かないし、失敗してしまっては折角舞台を見に来てくれた人達にも申し訳が立たない。

「頑張らなくちゃ」

上手く気持ちを切り替えて講堂の控え室に入っていった。
きっと白石も、他のテニス部の仲間達も見に来てくれるし、似さ見に来てくれる人達に「来て良かった」と思ってもらいたい。そう思いながら次の公演の準備に入った。


無事に眠れる森の美女の公演も終わり、急いでテニス部が女装喫茶をしている教室に戻ろうとしたら白雪姫の服装のままの白石が壁に背中を預けて佇んでいた。

「蔵ノ介さん!」
「日南!!お疲れさん、めっちゃかっこよかったわ。あの殺陣、めっちゃ練習したやろ」
「うん。動きを完全にモノにするのに時間掛かったけどね。見てくれて嬉しい」
「……せやって、約束したやろ?時間見つけて見に行くって」

そう言った白石の表情はとても優しくて。でも言葉にし難い、初めて見る表情で胸元がザワザワする。
その表情に見惚れていると、今度は明るい笑みを浮かべて眉を八の字に下げる。

「なんて、どうしても見たかったから皆に頼んで舞台見る時間作らせてもろたんやけどな。謙也が放送委員でちゃんと録画しとる言うてたけど、やっぱ生で見たかったし……って日南?どないしたん?」

くるくる変わる白石の表情に見蕩れていたら、なんとも嬉しい言葉がポンポン彼の口から出てきて思わずぼっとしてしまう。
でも、それは白石のことを不安にさせていたとは思わなかった。はにかみながらも本心を素直に紡いだ。

「……そんなに楽しみにして貰ってただなんて思わなかったからちょっと驚いちゃって」
「うーん、あんまり伝わってへんかったかなぁ……。俺、ずっと前から楽しみにしてたんやで?」
「本当?」
「ホンマや。せやって、俺は日南の事……」

「好き」。そう紡ごうとしたら「白石!日南!!」と、特徴がある先輩の声が2人を呼び掛けた。振り返ると紺のセーラー服を着た原が息を切らせてこちらを怖いくらいに睨んでいる。

「自分ら来ないなところでイチャコラしてへんとはよ戻ってきぃや!手ぇ全く回らんわ」
「えー。ハラテツ先輩、私今一芝居終わってお疲れモードなんですけどー」
「やかましいわ!ほら、はよ行くで」

ぐいっと白石は右手を、日南は左手を掴まれて原に教室まで引っ張られていく。ちょっと困り顔だったけど顔を見合わせると何故だか笑みが零れた。
しかし、日南は白石が何を言おうとしたのか気になって仕方が無い。でも、きっと今聞いても教えてくれないだろうなと思っていた。

「蔵ノ介さん」
「ん?」
「さっきの、また今度聞いていい?そうだなぁ……来年の全国優勝した時にでも!」
「長っ!!」

日南の言葉に原が突っ込む。日南の事だからボケて行った事だとは思うけど、自分のことをか見透かされて居るような気もして白石は悩んでしまう。
でも、告白するのにはだいぶ長くなってしまうし、カッコつけかもしれないけど全国優勝を果たして告白と言うのも良いかもしれないとすら思ってしまう。

「せやな、来年全国優勝した時に聞いてな。日南」
「自分もそれでいいんかい」

原が「来年の四天宝寺、お笑いの面では大丈夫かいな」なんてげんなり突っ込んでいるけど白石も日南もくすくす笑っていた。
大切な言葉なら、大切な時に聞きたい。言いたい。好きな人の、好きな人への言葉だから。


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時は流れて3月には3年生の原は卒業してしまった。
でも、四天宝寺の近くの高校に進学してテニスは続けるらしい。進学先の高校には同じく元部長の平も居るから時々シゴキに来るわなんて笑って言っていた。
そして4月。新入生が続々とテニス部に入部してきて在校生達は喜んでいた。昨年の今頃は1年生はマネージャーの日南しかいなくて、新入部員になりうる財前をどうやって勧誘しようかとか悩んでいたのに。今となってはいい思い出だと日南は思っている。

「日南ー。ちょお紹介したいヤツがおるんやけどええかな」
「! はーい。今行きまーす」

昨年から継続して部長を続けている白石に呼ばれて彼の方へ行くと、ここに居るはずのない人間の姿があって日南の瞳は驚愕に揺れた。

「覚えてるやろ?去年西日本大会で戦った熊本・獅子学中の千歳 千里や。春から寮に入っていって、一緒に学校生活を送る事になったんや。仲良くしてな」
「ども。あん時はあの時ば本当に楽しかった。これからば一緒に生活するけん。よろしくな。……えっと」
「マネージャーで2年の風鳥 日南です。よろしくお願いします」

手を差し伸べると千歳は満面の笑みを浮かべて「よろしくな」と日南の言葉に応えた。白石はそれを見て確かな予感を感じていた。
このメンバーなら今年こそは王者・立海大付属を倒し、全国優勝の悲願を達成出来るのではないかと。

「今年こそは絶対優勝するで」
「勿論!頑張りましょう、部長」


end


2017/03/30