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「#幼馴染」のBL小説を読む
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擦れ違っていく
翌朝。白石は寝ぼけ眼のまま、少しふらふらした足取りで洗面所に向かった。
まだ朝5時前だから他の部員は寝ているだろうと思ったけど洗面所には先客が居て。

「おはようさん、日南」
「! おはよう、蔵ノ介さん」
「(……ん?)」

何時も通りに笑っている日南なのに何故か違和感がある。言葉にしがたい本の小さな違和感が。でもそれがなんなのか白石は気づく事が出来なかった。
日南は水で濡れた顔を柔らかそうな水色のタオルでもふもふしながら拭いていた。
ふと僅かに前髪も濡れているからきっとその所為で違和感があるんだなと気付いた。

「何や日南、えらい早起きやん」
「うん。これから朝食作らなくちゃ行けないから」
「朝から大変やな。俺も少し手伝ってもええ?」
「え、でも練習に響いたりしたら……」
「朝食作るくらいで練習に響かへんて。それとも、迷惑やったかな?」

そう聞くと日南は僅かに頬を赤らめて、少し嬉しそうに、でも慌てて「ううん!」と首を横に振る。
首を振るのを止めると少し目線を伏せてただ一言「嬉しい」と、そう言った。

「私、昔から誰かと一緒にご飯作るの夢だったんだ」
「? 家族の人とは一緒に作らんっかったん?謙也から聞いとるけど日南のお父さん、料理師免許も持ってるんやろ?」
「昔はお父さんのお手伝いしたり、お母さんと一緒にお菓子作ったりしたけど……2人とも忙しくて中々一緒に作る時間取れなくなって。お父さんの部屋にある本借りてご飯作るようになってたし。時々お父さんが冷蔵庫に作ったの入れてお仕事行ってたけど、私ももう中学生なんだしこれくらい出来る様にならなくっちゃ、って」
「……そっか、日南も大変やもんなぁ」

ははと作り笑いを浮かべると同時に脳裏で原の「日南の事が好きなら、同情するんやないで」と言うあの言葉が思い浮かぶ。
そうは言ったってあんな話を、日南の境遇を聞かされたら同情せずには居られない。それはきっと他の四天宝寺レギュラー達もそうだろう。
でも、日南の準備の手伝いをしたいと言う気持ちは日南の過去や境遇を聞いて同情しているからじゃない。日南が大変そうだからと言うのもあるけど、でも日南の事が好きで少しでも共有している時間を増やしたいから。

「やっぱり俺も手伝う。日南に甘えてばっかいられへんし」
「いい。いらない!私は皆に練に習専念して貰いたいだけだし」
「せやけど……」
「とにかく、いいの!……もしお手伝い必要になったその時は蔵ノ介さんにお願いするから。今日は平気」
「……それならええけど。ホンマ無理せんでな?日南、無理ばっかするんやから」
「気に掛けてくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから。じゃあ私、着替えてから厨房行くね」

そう言って日南は白石の横を通り抜けて部屋に戻っていってしまう。
少しずつ遠さかって行く日南の背を見ていたら胸が痛くなる。自分の気遣いや、日南に対しての感情は日南にしてみたら迷惑なんじゃないか、と。そうじゃなきゃあんなに必死に断る事なんてしないだろうし。
顔を俯かせていると不意に「白石?」と声を掛けられた。
顔を上げれば風で色褪せた様な金髪の親友がきょとんとした顔で立っている。

「おはようさん、謙也」
「どないしたん?朝からそんな暗い顔してからに。今日南ちゃんとも擦れ違ったけど、何か浮かない顔しとったし。……もしかしたら喧嘩でもしたんか?」
「あ、いや……喧嘩はしてへん。ただ、ちょっと日南にウザがられたかなって」
「? 何があったん?」

謙也は親身で優しい性格をしている。クラスや、仲間内でギスギスしていれば割り入って話を聞いて仲裁する位に。
でも謙也にさっきのやり取りに関しての話をするとなると謙也に日南の事が好きだという事を教えてしまう事になってしまって。今はまだ誰にも日南の事が好きだという事は伝えたく無い。とは言ってももう小春と原にはバレてしまっているけど。

「いや、ホンマ何でもない。堪忍な、心配かけて」
「? ならええけど。日南ちゃんもやけど白石も何かと溜め込む性格やさかい、苦しくなったり辛くなったりしたら俺に何でも言ってや。話だけは聞く事出来るし」
「……ありがとう、謙也」


===============


現在朝食後の軽いウォーミングアップ中。小春は悩んでいた。
目の前で白石と日南が話をしているけど前よりも2人の距離が離れている、というよりは僅かにぎすぎすしている様な。そんな感じになっていて。

「あ、蔵ノ介さん。これ渡邊先生が練習に使えないかって言ってたんだけどどう?」
「縄跳び用の大縄、やな。確かに瞬発力付けるんにはええかも。ありがとうな、持ってきてくれて」
「ううん、いいの。……あ」
「あ」

手が触れた途端に日南は肩を僅かに跳ねさせて縄跳びを白石に渡す前に落としてしまった。
重たい音を立てて地面に落ちた大縄を見た2人は暫く無言で縄を見て、それから暫くして日南から「……ごめんなさい」と謝罪の声を掛ける。
いつもなら白石がすぐにフォローに入るのにそれが無いあたり何かあったとしか思えない。
「構わへん、堪忍な。俺も上手く取れんかったわ」なんて作り笑いを浮かべながらしゃがんで縄跳びを拾い上げる。その後日南は渡邊に呼ばれているからとすぐに別荘の中に入ってしまった。

「蔵リン、ちょお」
「どないしたん小春」
「日南ちゃんと喧嘩したん?」
「なして?」

日南の話題を振った途端に僅かに表情が曇ったのを小春は見逃さなかった。
しかしそれで引き下がる小春ではなく。ずいずいと白石に迫っていく。

「日南ちゃん、昨日までは蔵リンの事、蔵ノ介"さん"やのうて蔵ノ介"君"って呼んどったし全体的に雰囲気がよそよそしい」
「!!」

小春に看破されていたから驚いたのか、白石は僅かに瞳孔を開いてそれから僅かに顔を伏せた。
朝感じた違和感は名前の呼び方だと気がつく。ただ呼び方が"君"が"さん"に変わっただけで距離が出来たように感じてしまって辛い。このままでは日南に想いを伝えるよりも先に誰か、財前に日南が取られてしまうかもしれない。
一人で悩んでいる白石を見ていたらこれは何かあったのだけは確実だと、小春は眼鏡のフレームを光らせる。

「原因は?」
「……解らん。せやけど、日南とは喧嘩してへんのは確か」
「日南ちゃんの事やから蔵リンがなんもせんで急に態度よそよそしくするとは思えへんけどなぁ」
「……もしかしたら、昨日財前の事好きなんか聞いたのかがマズかった?」

途端、小春の眼鏡の淵が光る。そしてずいっと小春は白石に詰め寄った。

「蔵リン、その話詳しく教えて貰えへん?」
「お、おん……」

一通りの話をしたら小春は「うーん」と唸りながら考え込む。やはり、白石が思った通り彼氏でも何でもないのに財前との恋愛関係を探ったのがいけなかったのか。

「せやけどあの日南ちゃんがそないな事で怒ったり、ヘソ曲げるともウチは思わへんけどなぁ……」
「恋愛通の小春でも解らへんか」
「堪忍な。首突っ込んどいて何も解らんくて」
「いや、気にせんといて」

しかしこれは由々しき事態。かもしれないと小春は考える。
今年に入って、日南が四天宝寺中男子テニス部に入部してきてからずっと白石と日南の事を見続けてきたから。
最初はただの先輩後輩。そして部長とマネージャーだった2人が段々親密になっていって、顔を合わせただけで頬を赤らめる様を見るのが小春にとっては至福の一時だった。
だから2人の微妙な気持ちの変化にも気付けていた。
どうにか2人の距離を元に戻す事は出来ないか。小春は中学2年にしてIQ200を誇るその頭脳をフルに回転させていた。しかし。

「……なぁ、小春」
「何?」
「色々考えてもろてるとこ悪いんやけど、スマン。余計な事、せんといてくれんか?」
「!」
「日南の事はその、俺自身の力でで何とかしたいんや。俺が変な事聞いてしもた所為で避けられてるとしたら、尚更」
「蔵リン……」

ちょっと寂しい気もするけど、それが白石が決めた事なら小春には何も言えずにいた。

「解ったわ。ウチから何もせぇへん。せやけどな」
「?」
「行き詰まったりしたら誰かに相談するんやで。見た所蔵リンは恋愛下手なんやからなぁ」

ニヤニヤしながらそう言えば白石はうっと息を詰まらせて、でも表情を綻ばせた。

「おおきに。小春」


2016/10/26