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勝利と敗北
翌日、試合会場のテニスアリーナに来ていた四天宝寺の面々は立海大付属の錚々たる顔ぶれを見て固唾を呑む。

「王者・立海……」
「どいつもこいつも一癖ある面構えやなぁ」

コートに入る事が出来ない日南は非レギュラーの部員達と一緒に応援席で立海の面々を見詰めていたけど、白石達と同じ様に固唾を呑んでいた。
肩にジャージを掛け、腕を組んでいる少年が幸村精市。"神の子"と呼ばれる神童。物腰が柔らかそうな外見をしているけどどんな試合をするのか、実際にこの目で見てみたかった。
そして小春が「好み」と早速ロックオンしていたのが"皇帝"真田 弦一郎。少し離れていた所に居て、目を固く瞑っている人が"達人"と呼ばれる柳 蓮二。
そして、更にメンバーから少し離れた場所に居る赤い癖っ毛の長身の男。彼が毛利 寿三郎。
結局具体的にどんなゲームメイクをするのかをするのか調べる時間がなかったけど、それなりに強いという事はうかがい知れる。
現にこの大人数が試合観戦しているアリーナで伸びをしながら大欠伸が出来る時点ですでに大物の様な気がしてならない。

「絶対行くで、決勝!」
「おう!」
「ほな、円陣組むか。日南ー、お前も降りてこっちきいや!!」

原に声を掛けられて「え、私も?!」と声をあげ、まだ席に座っていない審判に視線を向ける。
すると審判は「まだ試合始まってないからコートに入っても構わないよ」と優しく、そう教えてくれた。
おずおずしながら手すりを飛び越えようとすると謙也と白石がぎょっとした表情を浮かべて、日南の着地予定地点で日南を抱きとめようとする。
しかし日南はぶつかったらまずいと思い何とか空中で方向転換して、2人の手前で少し右側に体をそらしながら着地した。

「日南、おま、危ないやろ!」
「ごめんなさい。でも、こうでもしないと試合の時間迫っちゃうでしょ?」
「せやけど……」
「日南ちゃん、試合前にあまり心配させんといて。心臓に悪いっちゅー話や」
「ごめんってば」
「はいはいはいはい。白石君も謙也君も日南ちゃん連れて早よこっちきいや。円陣組むで」

小春が手をぱんぱんぱんぱん叩いてせかす。
白石達と皆の元に向かうと肩を組み合う。そして、少し低く腰を下ろした。

「よっしゃ、ほなら行くでー!!ワイらのモットーは」
「勝ったモン勝ちや!!」
「王者立海に勝って準決勝進んだるでー!!」
「おお!!」


その様を少し離れた場所で幸村達立海大付属のメンバーも見ていた。

「彼らの団結力、侮れないね」
「うむ。しかし、女子マネージャーを交えて円陣など……たるんどる」
「そう言ってやるな弦一郎。四天宝寺ではマネージャーもチームの一員として数えているのかもしれないぞ」

そう柳が窘めると幸村がくすくす笑って「男尊女卑は良くないよ、弦一郎」とそういう。すると真田は言葉を詰まらせてしまった。
そんな3強の会話を聞きながら、日南や財前と同じく1年生であり、早くもレギュラー入りを果たした天才が詰まらなさそうに唇を尖らせる。

「あんな円陣組んだって無駄っしょ。どうせ勝つのは俺達立海大なんですし。ね、毛利先輩!」
「さあ、どうやろ」

切原の言葉を欠伸をしながら適当に流す。
しかし、その目はしっかりと四天宝寺に向けられていた。四天宝寺、と言うよりは原に向けられていたといった方が正しいけど。


===============


「ほな、全国大会準決勝敗退残念かーい」

試合が終わった後、四天宝寺の面々は肉々苑と言う焼肉屋の駐車場に集まっていた。
試合が始まれば実力の差は歴然としていて。
ダブルス2、3はストレートで敗退。そして、シングルス3の謙也VS毛利の試合も後がないという謙也の焦りから、四天宝寺の夏はベスト4で終了してしまった。
コートに立つ直前までは「白石、体温めときや。必ずお前に回すで」と言って颯爽と試合に臨みに行ったのに。
謙也の事を信じていた白石も相当焦っていたように見えたけど。
日南はちらっと謙也の方を見ると、落胆しきってしまっていてずっとしょげている。
大阪に来てから5年間、ずっと謙也とは家が隣同士で仲良くしてもらっていたけど、こんなにしょげている謙也を見たのは初めてだ。
勝負の世界はいつでも"勝ち"と"負け"に二分される。今日は四天宝寺が"負け"ただけで、謙也が悪い訳でもないのに。
元気が無い謙也を見ていたら悲しい気分になってきて、胸が詰まる感じがして苦しい。

「ほな、差し入れにもろたスイカでスイカ割りでもしよか」

渡邊がそう言うと皆はスイカ割りの準備を始める。
だが、謙也は気分じゃないのかふらっと皆の輪から外れ、駐車場の奥の方へ行く。

「謙也君……」

謙也の事を元気付けたいけどどうしたら良いのだろうか。
考えてみたけど今この状態じゃ日南が何を言っても謙也の事をもっと傷付けてしまいそうで。慰めたい訳ではなくて、元気付けたいだけなのに空回っては元も子もない。
それに昨日、悩んでいる白石に対してどうにかしたいと思った時に原に言われた言葉もある。
悩んでいる謙也に対して下手に言葉を掛けて、謙也の成長を止めてしまうことにでもなったりしたら。
そう思うと今度は日南がどんどんネガティブな方向に気分が沈んでいく。

「日南」
「え?あ……」

名前を呼ばれて顔を上げれば白石がその場に居て。手にはさっき割ったばかりであろうスイカの欠片が両手に握られていた。
そのうちの一つを日南に差し出すと「このスイカ、甘いで」と言って微笑む。
「ありがとう」と差し出されたスイカを手にとるも、なんだか食べる気にもなれなくて、つい溜息が出てしまう。

「どないしたん?あ、もしかしたらスイカ苦手やったとか?」
「えっ?!あ、ううん、違うよ、好き。……謙也君、大丈夫かなって。精神的に落ち込んでるみたいだし」

日南が謙也の方を向くと白石も同じ様に謙也の方に視線を向けた。
そうだ。日南は謙也の事もとても大好きで。自分よりもずっと長い間謙也の事を見ていて。
それを差し引いても、彼女は元々優しい性格と言うのもあるから落ち込んでいる謙也が気になって、心配で仕方ないのだろう。
白石自身も謙也の事が心配だ。でも、それを日南に気取られないように、笑みで隠して言葉を掛ける。

「大丈夫や。俺、少し謙也と話してくるさかい。ちょお、席外すな」
「あ」

そのまま白石はスイカを片手に持ったまま謙也の元へ駆けていく。
でも、心の中でどこかホッとしていた。自分が言葉を掛けるよりも、白石が謙也に言葉を掛けた方が何かと良いのかもしれない、と。
今は見守っているしか、祈っているしか出来ないけど、白石の言葉で謙也が元気を取り戻してくれれば名前はそれで良かった。
全国ベスト4だって立派なものだと思っているし。

「よお日南、スイカ美味いか?」
「! その声、ヒラゼン隊長!」

突如聞こえてきた、この場に居ない筈の大先輩の声を聞いて日南は元気に振り返る。
するとそこには大阪に居る筈の四天宝寺前々部長がその場に居て。
目をキラキラさせながらヒラゼン隊長、もとい平 善之の元に駆け寄ると小石川が不思議そうに首を傾げる。
平は現在高校1年生で日南は中学1年生。学校の中で知り合う事などありえない事だから。

「ん?日南は平先輩の事知ってたんか?」
「うん。入学した当初帰りに寄ったたこ焼き屋さんで隊長バイトしてたから、それで」
「ああ、そういう事か」

四天宝寺女子の制服は黄色と紺色で目立つ配色だし、近辺でワンピースセーラーの学校なんて他にない。
財前もずっと前に日南の口から出てきた"隊長"の姿を始めて見て、珍しく目をキラキラさせていた。
すると渡邊が何かを思いだしたかの様に「ああ、せや」と声を上げながらチューリップハットを被り直す。

「そのスイカ、平が差し入れてくれたんやで」
「! ありがとうございます、先輩」

皆で声を揃えて頭を下げると平は満面の笑みを浮かべて「可愛い後輩達が頑張った褒美や」と大声を上げて笑う。
そうだ。平がいた時の四天宝寺は兵庫・牧ノ藤に勝てず、ずっと辛酸を舐めさせられていた。
そしてその牧ノ藤は明日の決勝戦で、四天宝寺を負かせた立海と試合をする事になっている。

「んで、四天宝寺の紅一点は何にしょんぼりしとったんや?」
「……隊長、今日の試合見てました?」
「おん。観客席からばっちり見とったわ」
「……謙也君の試合、なんだか見てるの辛くって。今の謙也君も見てるの辛い……」
「……そうか」

平はしょぼくれている日南の頭を一撫でするとまだ誰も手をつけていないスイカの欠片を手にとって、踵を返す。

「日南」
「はい?」
「心強い隊長に任しとき。謙也をまた元気な顔にしたるわ」

そう告げて白石と謙也がいる場所に向かっていく。スイカに齧りつきながら。
平も原と同じで四天宝寺のモットー"笑かしたモン勝ち"が体に染み付いている人間だ。でも、ここぞと言う時は真剣に、最も頼りになる人物だ。
プライベートで色々良くしてもらっている日南はそれをよく知っている。

実を言えば平の言葉もあって日南はマネージャーとしてやっていけてる節がある。
放課後、たこ焼きを買いに行った時に近況を話して色々助言を貰っていたから。その近況報告も平が日南に話すように、と言いつけていた事なのだけど。
遠さかって行く平の背中を見詰めながら日南は小さく微笑みを浮かべた。
平なら本当にやってくれそうな気がするから、本当に頼もしい。


===============


「優勝は来年までお預けやなぁ」

白石は謙也にスイカを渡してから隣に腰を下ろす。
でも謙也の表情は更に暗くなってしまい、白石は息を吐きながら肩を落す。

「なんや、そのしおらしい顔。気色悪いやんか」
「俺が勝ってハラテツ先輩に繋いどけば……先輩がお前に回して決勝に行けてたかもしれへん」
「"かも"の話してもしゃーない」
「負けたらしまいや!」

そう力強く吐き捨てた謙也の表情を白石はじっと見詰めた。

「負けたら、しまいなんや。……白石、お前は勝つ為に例えそれが面白ないテニスでも基本に忠実なプレイをする。自分を殺してもや。……そこまで勝ちに拘るお前に回せてれば。……回さなアカンかったんや!!」

その言葉を聞いて溜息を一つ吐く。
謙也や自分の事を信頼してくれて嬉しいけど、それは何か違うと、そう思ったから。

「俺が勝つ保障はあらへんしなぁ」
「何でそんな冷静なんや!いっそ罵ってくれた方がすっきりするわ!」
「謙也……」

今の謙也は自分自身への苛立ちで目の前が見えていない気がした。
自分や原に繋げなくてはいけないという重圧に、毛利から受けたプレッシャー。それに自分自身のプレイ、スピードテニスが全く出来ていなかったという事実に目の前の物事全てが見えなくなってしまっている。
すると2人に被るように誰かの影が差す。
顔を上げると、2人が1年生の時に懇意にしていた大先輩がそこに居た。

「何しょげとんねん。何や、去年の部長さんがスイカ差し入れしたってのに食わへんのか?」
「あ、いや」

白石と謙也の顔を見ると平は溜息を吐いて、それからまた謙也の顔を見る。

「謙也、悔しそうやな」
「……当たり前ですわ」

罰の悪い表情を浮かべ、謙也は平から顔を背ける。
今日の試合の事を思い出すと、それだけで苦しくて惨めな思いになってくる。
自分の所為で、立海に負けたんだと、そう思わされるから。

「せやけど、いっちゃん悔しいのはハラテツやろ」

平の言葉に肩を揺らして、恐る恐る顔を見詰めた。
いつもおふざけ上等な平の表情はいつにもなく真剣で、謙也の事を真っ直ぐ見詰めている。

「……ハラテツはなぁ、1年の時に立海の毛利にシングルスで負けとるんや」
「先輩が?」
「今年全国大会で立海と当たる事決まって毛利がシングルス3に来るっちゅー情報まで、やりたかったんとちゃうか?自分がシングルス3に出ると押し切る事も出来たはずやのにそうせんかった……。何でやろな?これはハラテツがお前達に残してくごっつい宿題やで」
「……ハラテツ先輩の、ごっつい宿題」

その言葉は前部長として、先輩として、後輩に告げられた優しい言葉で。
白石も謙也もその言葉に考えさせられる。
その答えを見つけて示す。それが今回シングルス3を謙也へ譲った、部長の席を白石に託した原への恩返しなのかもしれない。
そう白石と謙也は思った。


2016/07/10