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部長としてマネージャーとして
四天宝寺中は全国大会を順当に勝ち進み、次の試合は準決勝を迎える。
明日の準決勝の相手は昨年全国制覇を果たした神奈川の立海大付属中。昨年1年生であった幸村 精市、真田 弦一郎、柳 蓮二の3人の神童が集う学校だ。
そんな明日の準決勝に備えて最後の練習を大会会場内にあるフリーコートを借りて行っていた。
相手が昨年王者である事も相まってか皆気迫に満ちている。

「おーい、明日も試合やさかい。程々にしときやー」

ベンチで昼寝をしていた渡邊が見かねて言葉を掛けるけど誰も聞いていないらしい。
渡邊が居る位置から少しは慣れた場所で固まっているレギュラー陣+日南は意気揚々とゲームを続けている白石と謙也の試合を見続けていた。

「ベスト4進出で気合入っとるわ、2人共」
「そら何たって明日は去年の全国大会優勝校・立海との試合やもん」
「明日の試合オーダー、どうなるっすかね?」

小春の言葉に財前が何気なく気になった事を尋ねる。
そういえば日南も事前に試合オーダーは渡邊と白石から聞かされていたけど明日の準決勝のオーダーはまだ聞かされていない。

「そやねぇ。シングルス1はこれまで通り白石君やろね」
「白石には抜群の安定感があるからな」
「何より部長だし、実質今の四天宝寺で強いのも蔵ノ介君だしね。準等じゃないかな」

日南が小石川の言葉に続くと財前は「まぁ、せやろな」と頷き返す。

「ほな、シングルス2と3もこれまで通り……」
「そらまぁ実力から言うて勿論謙也君とハラテツ先輩やろ」

小春がそう言うと財前は今度は反対隣に座る日南に声を掛ける。
日南の膝上には開かれっぱなしのノートが置かれていて。中には自分達四天宝寺の選手のデータと、そして立海大の選手のデータが沢山書き連ねられていた。
立海の選手データに関しては何度も書いては消して、書いては消してを繰り返されているようで黒い塊が幾つも生成されている。
日南もちゃんとマネージャーとして一緒に戦ってくれているのはかねてから知っていたけど、ここまで色々頭を使って戦っている事を知れてなんだか胸が温かくなる。

「なあ日南、ハラテツ先輩の試合ってどないなん?やっぱりお笑い重視?」
「んん……ごめん、本気のハラテツ先輩の試合って私も一度も見た事なくて……。いつもの試合ってなんだか飄々と軽く受け流してる感じなんだよね。ほら、銀さんの二十八式波動球も軽々と、なんともない顔で打ち返してるでしょ?」
「……言われてみたら」

確かに言われてみたら原はあまり本気を出して試合をしていないような気がする。それこそ日南が言った通り軽く受け流しているかのような。
今も白石と謙也が試合をしている横で石田と試合をしているけど汗一つ掻いてなければ呼吸も乱れていない。記憶を辿ってみたら校内戦でも汗を掻いている姿を見た事が無い事に気がつく。

「でもでも、相手が去年の全国優勝校ならもしかしたらハラテツ先輩の本気見れるかも」
「! めっちゃ見てみたいな、ハラテツ先輩の本気」
「ね!そうなるとハラテツ先輩はシングルス3かなぁ……。幾ら四天宝寺が強いって言っても相手だってめっちゃ強いんだし、2タテって事もなくもないでしょ。……ダブルスの組まれ方によっては」

元気になったり急に自信をなくした様にそういう日南に財前は僅かに眉間に皺を寄せた。
また、勝手に後ろ向きな想像をして暗い気持ちになって。日南の事は好きだけど、こう言ったネガティブな面は未だに理解出来ない。

「……せやな。でも日南」
「ん?」
「俺らがそない簡単に負ける訳ないからな。自分は頑張って俺らの事、応援しとき」
「解ってる。……皆が勝つの、私信じてるもん」

そう言うと財前は意地悪な笑みを浮かべながら「ほんまかいな。うじうじちゃんが」なんて言って頭をわしゃわしゃ撫でて来る。
「やめてよー」なんて言いながら財前の腕を付き返そうとするけど、その半面、心の中では「ホテルに戻ったら情報収集もうちょっとしておこう」と、そう考えていた。


===============


練習が終わり、宿泊先のホテルで夕飯を食べた後日南は持ち込んでいたノートパソコンで昨年の立海大のデータを探していた。
別に渡邊や白石に何を言われた訳でもなく、自発的に。
マネージャーの仕事はただ選手の周りの環境を整えるだけではなくてこうして情報も集める事も仕事の一環だと思っている。

「んん……この毛利 寿三郎って人、ちょっと気になるなぁ」

昨年の全国大会で幸村、真田、柳の神童3人は試合を1つも落としては居なかったのだけど、それに続くかの様に好成績を残している選手が一人。
毛利 寿三郎。現在3年生のプレイヤーだ。堅実的な攻めと守りで点を奪う選手の様だけど、余り詳しくデータは載っていない。 
でも、明日のシングルス3はこの毛利 寿三郎をぶつけてくるだろう事は想像に難くない。何故か言葉にはし難いけど何となく、そう思う。
まだオーダーが組まれていなかったらこれは渡邊に何か伝えた方が良いのか。
それに毛利寿三郎と言う名前を日南は何処かで見た事あった、ような気がした。それがどこかは思い出せないけど結構身近な場所で見た覚えがある。
何処で見たっけ、と悩んでいるとドアが2、3回ノックされた。

「はーい」
「白石やけど今、部屋の外出れるか?」
「うん。今行くね」

ノートパソコンをスリープ状態にして携帯電話とコインケース、部屋の鍵を持って部屋の外に出る。
すると申し訳なさそうな、自身なさそうな白石がその場に立っていた。

「どうかしたの?そんな浮かない顔して」
「それが、まだ明日のオーダー出来てへんくて……。日南の意見も参考にさしてもらえたら思ったんやけど」
「!! 勿論、任せて!」

笑顔で返すと白石の表情に僅かに笑みが戻る。
白石の憂い顔が少しでも笑みに変わって嬉しいと思う半面、大好きな人に頼りにして貰える事もとても嬉しくて。

「ほな、ラウンジ行こか。渡邊先生もおるし」
「うん!……蔵ノ介君」
「何?」
「ここまで、来たんだね。全国大会ベスト4まで!明日の立海も善戦全勝で優勝、頑張っちゃお!私も頑張って応援するから!」
「! ありがとうな、日南」


ラウンジに戻って今現在まで組まれているオーダー票を見せてもらう。
ダブルス1、2とシングルス1は決まっているけどまだシングルス2、3が決まっていないみたいだ。
ダブルス2は小春&一氏、1は小石川&財前。シングルス1は小春の目測どおり、今まで通りと同じく白石。
多分、立海のシングルス1は"神の子"と謳われる天才プレイヤー・幸村 精市だからこの選択で良いような気がする。
でも、問題は矢張り誰にするか決まっていないシングルス2、3だ。
一緒になって悩んでいると飲み物を買いに来た原が「何してますのん?」と声を掛けて来る。

「おお、ハラテツ。ええとこに来た」
「何かあったんですの?」
「いやな?白石が明日のオーダーで迷ってんねん。日南にも知恵を借りてるんやけどまだ決まらん部分あってな」

渡邊が状況を説明すると原は「はぁ?!」と素っ頓狂な声を上げて白石に視線をやった。

「この時間になってかいな」

白石は更に落胆してしまい、申し訳なさそうに「すんません」と謝る。

「まぁまぁ、前部長としてはどや?お前の意見を聞かせてくれ」
「部長言うても3ヶ月しかやってへんがな」
「まぁそう言わんと。ダブルスは決まったんやけどシングルスがなぁ」
「シングルス1は、当然白石やろ?」
「はい」
「ま、そこは固いんやけど問題はシングルス3や」

渡邊は白石から作りかけのオーダー票を借り受けると、じっと見詰める。

「前のダブルス2試合、2敗してたら後がない。逆に2勝しとったらチームの勝ち」
「1勝1敗だったら3の結果次第でチームに勢いがつく。いずれにしても絶対外せないポジションですわな」
「せや。其処で白石が悩むんや」

オーダー票をテーブルの上に戻し、渡邊は居住まいを正す。
すると原は何かを考えた後に「3は謙也ですわ」と、そう告げた。
その一言に白石と日南は顔を上げて原をじっと見詰める。

「日南の予想やと立海はシングルス3で毛利 寿三郎をぶつけてくる言うてるし、そういう情報もあるで」
「そうでっか」
「せやけどハラテツ先輩」
「なんや」
「この大会は先輩にとって最後の大会やないですか」
「謙也が勝てば何の問題はあらへん」

白石の問い掛けに原は笑顔でそう言った。
その表情を見ていると原が謙也の事を信じているように見えて、今まで強張っていた表情が少し柔らかくなったと日南は自分で思った。
隣に居る白石はそうでもないみたいだけど。

「ええんやな、ハラテツ」
「四天宝寺が勝てるオーダーか勝てへんオーダーかそれだけのこっちゃ。そこんとこ迷っとるんなら、部長の資格あらへんで。白石」

急に険しくなった原の表情と言葉に白石は萎縮してしまっていた。膝の上で固く結ばれた拳が小さく震えている。
白石がこの原の言葉をどう取るか。それで内容が大きく変わる。日南はそれに気付いていたけど、この大舞台でのオーダーを考えて、迷って、混乱している白石はそれに気付けるだろうか。
声を掛けようとすると原が「あ、アカンわ。飲み物買お思ったのに財布忘れた」なんて言うから、白石に声を掛けずに立ち上がってパンツのポケットからコインケースを取り出す。

「どうぞ」
「! 堪忍な、日南。ありがたく借りるわ。後で返すけど部屋番号何号室やったけ」
「ハラテツ先輩のすぐ隣の部屋です。角部屋」
「せやったけ」

あははと笑いながら自販機にお金を投入する原を他所に、日南は心配そうな視線を白石に向ける。
さっきは白石に頼られるのが嬉しくて仕方がなかったのに、今はまた白石の為に何か出来ないかを考えてしまっている。

「アカンで」
「え?」

小声でそう言った原に日南は振り返る。
まだ何を買おうか決めていない原は自販機に視線を釘つけていたが、日南の考えなんてお見通しみたいだ。

「マネージャーやからって何から何まで選手の世話やサポートせなアカンっちゅー訳でもない。今自分が白石に言葉掛けても白石が逆に混乱するだけやし、何より部長としての白石の成長をとめる事になる。……日南は優しい子やから、見てらんないのは何となく解かるけどな。でも、ここは我慢しいや」
「……はい」

小さく頷くと原はふっと笑みを浮かべて、それから自販機のボタンを押した。


2016/07/05