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少女の過去
四天宝寺の面々は今年の全国大会の開催地、東京に来ていた。
新幹線1本で来た東京の地は日南にとっては僅かにだけど懐かしい。元々の親や兄と短期間だけどこの街に住んでいたから。
その時の記憶は何故かほぼほぼないのだけど。
微笑みを浮かべていたら傍らに白石を連れている原が日南の肩にぽんっと手を置いた。

「ほな、俺と白石はこのまま神奈川の立海大附属まで行ってくるわ。日南、後はよろしゅうな」
「うん!って、……ちょっと待ってハラテツ先輩!」
「あん?何やねん」
「なんで私が引率みたいになってるんですか!渡邊先生は?」
「なんや行く場所ある言うてどっか行った」
「嘘……」

なんで止めてくれなかったんですか!そう喚く日南に原は両耳に小指を突っ込んで「うっさいねん」なんて軽く流してる。
白石も流石に苦笑いを浮かべながらフォローに入る。

「まぁ、先生には先生の用事があるんとちゃうかな」
「具体的に?」
「えっ?具体的に……うぅん」
「ほら、浮かばない」

唇を尖らせて機嫌を悪くした日南にはにかんでいると背後から石田が現れ、日南の頭を優しく撫でる。

「日南はん、白石はんを困らせたらアカンで。ワシも居るから、まずはホテルに向かおか」
「銀さん……。うん」
「ほな、財前が呼んどったから行ったり」
「はーい」

石田の言葉一つで日南は少し機嫌を良くしたのか軽い足取りで財前達がいる輪に戻っていく。
財前に肘で脇腹をどつかれていたけどそれでも日南は楽しそうに笑っていて。
自分の前ではあんな風に笑ってくれた事はないのに。そう思うとやっぱり胸が苦しい。

「ほな銀、頼んだわ」
「うむ。ハラテツ先輩も白石はんも気張りや」
「あれ、俺ら抽選会に行くんやったよな?なしてこないに重い送り出しされてるん?」
「まぁまぁ、何かあったら電話くれれば折り返すようにするわ」

そう石田に伝えて白石と原は神奈川行きの電車に乗る。
日南が手を振ってくれたのが見えて胸がうっと苦しくなる。苦しい、とは言っても嫌な苦しさじゃない。
白石も小さく左手を振り返すと、微笑んでくれた気がした。
もう今は遠ざかって行って、どんな表情をしているかわからなくなってしまったけど。

「白石、最近日南と何かあったんか?」
「え?」
「気付いてへんやろうがなんや自分、日南に対してここ数日間よそよそしいで。喧嘩したんか思ったけど日南は普通に自分に接しとるし」
「……実は」

数日前の日南の精神歪曲の事を話すと、原も精神歪曲の事は知っていたのか少し悩む。
財前は何ともならなかったからやっぱり精神歪曲は克服出来たのだろうか。
だとしたら日南の中で財前はとてつもなく大きな存在で、日南が財前に寄りかかるのも頷ける。
当の財前も満更でもなさそうなのが悔しい。

「それだけで克服出来たとは思わへんけどな」
「えっ、でも……」
「日南の根本はめっちゃどす黒いで。……あいつがあないなテニスする様になったんは、日南のお母さんが亡くなってかららしいからな」
「!」

驚愕に瞳が揺れる。日南から産みの母親の話を良く聞かされていたから。
ドイツ人で、とても優しくて、おっちょこちょいで、でもテニスがとても強くて。
日南が目指したいプレイヤーだと、キラキラした子供の純粋な目で言っていた。まるでいつも隣にいて見守ってくれているかの様に。
だからこそ、亡くなっていると言う事実を今初めて知った。
原も少しばかり浮かない顔をしているから、もしかしたらこの話をした事を後悔しているのかもしれない。

「……この話は他人にするんやないで。日南の気に触れる話題やし、引金になられても困る。あいつは、日南はお母さんが生きとるってずっと妄信し続けとるからな」
「それって日南が現実を受け入れてへんって事ですか」
「……せや。せやけど記憶はしっかりとお母さんが死んだ事を覚えとる。心を壊さん様に奥底に閉じ込めとるけどな。そう言う状態やってオサムちゃんから聞かされたわ」
「渡邊先生が?」

何処かにフラッといなくなったと言う顧問の名を出されて困惑するけど、何となく合点がいく。
「日南の事を詮索するな」。この言葉は何も知らない白石がその事に触れて日南の心を壊さない様にする為の言葉。
しかし、だとすれば渡邊は顧問として引率者として日南の事情を何処まで知っているのだろうかと考えてしまう。

「実はオサムちゃんが行った場所知ってんねん」
「それってまさか」
「……せや、日南の実家。日南のお父さんと話あるみたいでな。お母さんのお仏壇にも手ぇ合わせてくるって」

さっき日南に渡邊の所在を尋ねられた時に逃げる様にぼかしたのはそう言う事だったのか。
すると原が隣で重苦しく、長い溜息を吐いた。
1年の時から見ていた原はいつも明るく笑みを絶やさない、そんな四天宝寺男子テニス部のムードメーカーだから今の姿は意外だ。
ぴょこんと飛び出ている前髪を右手で掴むと、もう一度溜息を吐く。

「ホンマは自分にも教えるつもりはまだなかったんやで」
「……全国大会に響くかも知れんから、ですか」
「なんや、解っとるのか。それなら構わへん。……せや、もう一つ言うとくわ」
「何ですか」
「日南の事が好きなら、同情なんかするんやないで」

そう言った原の目は見た事が無いくらいに鋭く、思わず息を呑む。
静かに頷くと、くしゃりと頭を撫でられた。


===============


抽選会が終わり、一足遅れて白石と原もチェックインを完了した。
ホテルに来た時に日南がホールで待ってくれていて、少し胸がざわついた。

「抽選会お疲れ様」
「おー。白石が中々ええ引きしてくれて助かったわ。せや、他の連中は?」
「レギュラーは全員近くのコートで軽く打ってくるって。私は健ちゃんに言われて2人を待ってました」
「さよか。あ、白石お前も暇やったら日南連れて打ちに行ってきいや」
「えっ」

思いがけない腹の一言に白石は戸惑いながら日南と原を交互に見つめる。
何も知らない日南はいつもの表情で首を傾げて白石を見つめ返した。それは純粋な、何処にでもいる女の子の目で。
この子にあんな辛い過去があったなんて。今みたいに笑えるようになるまで、どのくらいの時間を費やしたのだろう。
「日南の事が好きなら、同情なんかするんやないで」。立海大附属中に行く途中、原に言われた言葉を思い出して、僅かに目を伏せた。
日南に対して同情なんて出来ないし、したくない。

「蔵ノ介君?どうしたの、ずーっと私の顔見て。蔵ノ介君格好いいからそんなに見つめられると照れちゃうよ」

頬を染めながらはにかむ日南にはっと我に帰って顔を赤くする。
「ご、ごめん!」と慌て返したら原が呆れた口調で「お前ら何やっとんねん」なんて。

「俺はお邪魔虫みたいやから退散するわー。ほなお幸せに」
「ちょ、ハラテツ先輩!」

茶化すだけ茶化した原は振り向くとウィンクを一回だけ白石に向けた。
多分、彼は気を使って二人きりにしてくれたのかもしれない。そう思いながらもう一度日南の顔を見たら大きな目で白石を見ていた。
嬉しい筈なのに、胸が痛い。
それでも日南は白石の心の内を知らないから、無邪気に笑いかけて、言葉をくれる。

「蔵ノ介君は行かない?テニスコート」
「……行く」
「じゃあ用意して行こうか。あ、でもでも神奈川からこっちに来たばかりで疲れてるよね。少し休む?」

くるりと踵を軸にして振り返った日南は暖かく微笑んでいて。そんな微笑みを見ているといろんな感情がまぜこぜになって、胸が苦しくなる。
まずは一つ、ずっと気になっていた事を尋ねる。

「日南」
「何?」
「日南は財前の事、好きなん?」
「え?」

いきなり飛んだ話題に日南の頭はフリーズした。
なんでいきなり光が出てくるんだろう。好きって、蔵ノ介君は光が嫌いなのかな。なんて次々に疑問が浮かんでくる。
その途端に疑問の一番の大元が口から飛び出ていた。

「蔵ノ介君は光、嫌いなの?」

だとしたら悲しい。友達を、仲間を嫌われるのは。
無意識の内に眉毛を八の字に下げて、眉間に皺を寄せる、白石は慌て言葉を紡いで返す。

「あっ、いやそうやなくて、異性として好きなんかなーって」
「異性として?……うーん、そう言う事ならよく解らないかなぁ。友達としたら大好きだってすぐ言えるんだけど」
「さ……さよか」

その一言に安堵すると、胸の痛みもすっと消えていった。

「でも、どうして?」
「あ、いや……最近えらい仲ええから気になってて」
「? 友達と仲良くするのは当たり前じゃないの?」

「変なの」なんて言う日南に「せやな。どうかしとった」と返して、テニスバッグを肩に背負い直した。
なんだか複雑な心境だけど今は笑顔を取り繕う。
でも、聞いてみて良かったかもしれない。全国大会前に一つだけ気になっていた事が片付いたから。

「みんなが戻ってくる前にはよコート行こか」

手を差しのべると日南は大きく頷いて、白石の左手に右手を重ねた。

2016/07/05