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特殊能力
「謙也って日南とシングルスで試合した事あるか?」

教室で昼食を取りながら尋ねると謙也は「あるで」とサラッと答えた。

「ちゅーか白石、俺と日南ちゃんが試合してるトコ何度も見てるやん」

けらけら笑いながらそう言うと「でもそないな事聞いてくるなんて、どないしたん?」と尋ね返されて言葉が濁る。
「あまり日南の事詮索するの止めや」。
昨日日南との試合をし終わった後に渡邊から言われた言葉を思い返す。
渡邊は日南の試合に関して何か知っているみたいだ。
でもそれを教えてと尋ねた所で教えてはくれないだろう。
日南も、きっとあの試合の時の事を聞いたらきっとそっと距離を置いてしまいそうで、なんだか怖い。
すると謙也は何かを察したのか「あー」と声を上げて、頭をガシガシ掻いてから頬杖を付いた。

「もしかしたら割りと本気で日南ちゃんと試合したんか?」
「おん」
「……急に精神状態おかしなったやろ」

その言葉にハッとして謙也の顔を見たら「やっぱりな」と苦笑を浮かべていた。
謙也は日南のあれを知っているみたいだ。
教えて欲しいと言葉を発するよりも先に謙也は口を動かし始めた。

「日南ちゃんは少し特別やねん。何ちゅーかエスパー?とかそう言うんともちゃうんやけど……まぁ、そんな感じやな」

途中謙也の自己完結が入ったけど何となく言いたい事は伝わってきたから良しとしよう。
しかし、特別な力と言われて変な話、納得してしまいそうになるのが怖い。
身を持って経験したあれは特殊な力が働いているんじゃないかと、そう思ってしまったから。

「でもまぁ、あれはシングルスで、しかも本気出した時だけ出るみたいやからあんまり気にせんでええんとちゃう?俺は日南ちゃんにラリー付き合うて貰う事もあるけど別に日南ちゃんに本気出して欲しい訳でもないし。それにあの子はもっぱらダブルス専門やし」
「……せやな」
「あ、この話の事内緒にしたってな。……多分白石が知ったって解かったら日南ちゃん、悲しむかもしれへんし」
「え?」

謙也のその言葉に白石は戸惑った。
確かに日南は昨日、白石の精神が可笑しくなったのではないかと気に掛けていたけど何でこの事を知ったら悲しむかもしれないなんて話になったのだろうか。

「もしかしたら、謙也も日南と本気で試合して精神可笑しくなった事あるんか?」
「……おん。俺だけやない、侑士……俺の従兄弟もなった事があるんや。まぁ侑士は心を閉ざしながら試合出来るから本気で日南ちゃんと試合やりあっても精神可笑しくなる事はなくなったんやけどな。正味言うて、日南ちゃんと本気でシングルスの試合はしたないな」

「あん時の日南ちゃん、ホンマ苦しそうやったからなぁ」なんて、郷愁に浸る謙也に胸が痛んだ。
謙也は自分以上に日南の事を知っていて、日南が苦しそうにしているのも敏感に気付いてフォローする事が出来る。日南の入部の時なんか特にフォローや立ち回りが上手かったと思った。
謙也の事が羨ましくて仕方が無い。日南の傍に入れる時間が長くて、部活や委員会がなくても気軽に声を掛ける事が出来て。
白石の場合は部活やテニスが絡んでいないと声を掛けるのも気恥ずかしい。
日南に対しての恋心に気付いてから尚更。

「でも日南ちゃん、四天宝寺に入ってから笑うようになったんやで。前から笑ったりはしてたけど、今の方がめっちゃ可愛く笑っとる。そんな気ぃするんや」

そう言った謙也の表情はとても嬉しそうにきらめいていて。
2年間クラスも部活も同じで、気が合って仲良くしているけどこんなに嬉しそうにキラキラした表情を見たのは初めてだ。
そこで悟ってしまった。謙也も日南を異性として好いているという事に。
出来れば気付きたくなかった。謙也の事が親友として大好きだから。
その前に日南は財前の事が好きみたいだから、希望の光は大分翳ってしまっているのだけど。

そんな二人の会話を廊下の外で一人の男子生徒が聞いていた。
聞いていた、と言うよりは聞いてしまったといった方が正しいのかもしれない。
少年は濃い緑色の瞳を大きく見開いて、あの時日南と交わした話の内容を思い出していた。
日南が試合をしたがらなかったのは心臓の事が心配だったから、と言う訳ではなくて対戦相手の事を気遣って試合をしたがらなかったという事になる。
本当は白石に用事があったんだけど、今日の部活中でも構わない内容だし、日南に言いたい事があると2年生の教室から自分が所属する教室にすぐに引き返した。
全く、面倒事は嫌いなのに面倒事ばかり引き起こしてくれる日南の事になると体が勝手に動いてしまう。面倒なのに面倒だと感じないから。
これが惚れた弱みか。そう思ったら急に悔しくなってきた。
日南と出会ってしまった事が。


「日南、話あるんやけど」
「うん?」

教室で友達と弁当を広げてきゃいきゃい話をしていたけど、その話を止めるように声をかけた。
でも財前が纏っている雰囲気が剣呑なせいか日南は少し身を引いている。
話が長くなりそうだな、と思った日南は弁当をしまってから友達に「ごめん、ちょっと行ってくる」とだけ言って財前と教室を出た。
友達は財前の纏う雰囲気に気付いていないのか呑気に「いってらっしゃーい」なんて手を振ってくれているけど。
無言のままの財前の後を着いていけばそこはテニスコートで。日南は意味がわからないでいると「ほれ」とラケットを放り渡された。

「光?」
「試合すんで。少しくらい本気出して俺の精神おかしなったって構わへん」
「! 何でその事知って……」
「……ネットで自分の記事見つけて読んだ」

日南を傷付けないように、謙也の事を庇う様に嘘を吐く。
元々財前が立ち聞きしてしまった話だけど、話をしていたのは謙也だから庇う義理はある。日南の事を良く知っているのは謙也だけなんだから。
これであの2人の仲が拗れたりするのは絶対に嫌だ。
日南はラケットを持ったまま顔を俯かせ、肩を震えさせた。

「でも、私の所為で、私と試合してテニス辞めた子だって沢山いるから」
「知らんわ、そないな事。そんなん可笑しくなった奴が日南の凄みで勝手に可笑しくなっただけやろ。放っとけや」
「……」

最初はドイツに住んでいた時からミクスドでパートナーを組んでくれていた兄にも同じ事を言われて、ずっと相手の精神力が弱いから可笑しくなったんだとそう思ってた。
でも、それは違った。大阪に来てから一緒にスクールに通っていた忍足 侑士も謙也も、昨日試合したばかりの白石も皆シングルスで本気を出し始めた途端に動きが可笑しくなっていった。
この人のテニス生命を奪う事になってしまったら。そう思うと気が重くなって、試合が楽しくなくなってしまう。

「いつまでも逃げてたってしゃーないやろ。それとも、シングルスやりたいのにずっとそうやって逃げるつもりなん?」
「違っ……」
「違わへんやん。この前の小石川先輩との打ち合い、楽しそうにしとったのに。本気出せへんなんて辛いだけやん」

全部財前が言う通りだ。本当はシングルスも全力で試合して、気持ちいい試合だったと言って相手選手と笑い合いながら握手をしたい。
左手でぎゅっと強く、スカートを握りしめた。
何とかして克服したい。あの変な能力を。
意を決して顔を上げ、真っ直ぐ財前の顔を見る。

「光」
「おん」
「一緒に克服してくれる?」
「乗りかかった船やからしゃーないわ」


===============


一ゲーム終えた時には2人共荒く呼吸を繰り返しながら、制服を汗でビチャビチャにしていた。これは体育着かユニフォームに着替えないと5時間目を受ける事が出来ない。
でも2人はそんな事に頭を回す余念はなかった。脳に酸素を供給する事の方が重要だ。
だいぶ呼吸が落ち着いてきてから日南は「ねぇ」と財前を呼ぶ。

「何」
「平気?」
「精神的には何もないわ。ほら、気の持ちようやんこんなん」

「あっつー」と青い空を見上げながら財前はそう言うと日南の手の甲の上に掌を重ねた。
汗で少しぬるりとしたし、運動したお陰で体も熱くなってるけど不快感なんて微塵も感じなかった。寧ろ心地良さすら感じる。

「今度はちゃんと6ゲーム先取で試合したいなぁ」
「そうだね。やっぱり光強いや、流石1年生レギュラー」
「褒めても何も出ぇへんで。せや、帰り駅前の甘味処寄って帰ろか」
「うん!お礼に白玉クリーム善哉奢らせて下さい」
「ホンマか。ラッキー」

くすくすと笑っている1年生2人をそっとコートを囲うフェンスの向こうから白石と謙也が眺めていた。

「やっぱりあの2人仲ええな」
「せやな。ちゅーか財前凄いわ、ズカズカ日南ちゃんに本音ぶつけて。中々出来へんで、あないな事。俺なら日南ちゃん傷付けるんやないか思って出来へん」

真っ直ぐ2人を見つめていた謙也は少し悔しそうにそう言った。
でも、そう思ってるのは何も謙也だけじゃない。白石もそうだ。財前が羨ましい。
元々きっぱりした性格だからと言うのもあるだろうけど、だからと言ってあそこまで日南を信じて、日南に信頼して貰えて。
自分もそれなりに日南に信頼して貰えてるとは思っているけど、財前みたいに信じきって貰えてる気がしない。

「やっぱり、日南は財前の事好きなんかなぁ」

謙也に聞こえない様に白石は小さく呟いた。


2016/07/01