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疑念
決勝の開会式も終わり、すぐに四天宝寺と獅子楽中の試合が始まる。
初戦のダブルス2は白石と謙也がコンビを組んで出場する事になっていた。

「蔵リンファイトー!!」
「きばれや、謙也!」
「二人共、頑張って!」

小春と小石川の応援に日南も続く。
謙也と白石は1年生の時からダブルスを組んでいたと聞いていたから、コンビネーションは最高で。この二人なら初戦から四天宝寺に追い風を吹かす事が出来ると、日南はそう思っていた。

「おう、任しとき!」

謙也が元気良く3人の声援に腕を振る。
しかし、相手である獅子楽のコートに現れた2人に四天宝寺の面々は面食らった。
九州二翼の橘 桔平と千歳 千里のコンビが、いきなり初戦に現れるとは思っていなかったからだ。
九州二翼の登場に観客席から熱い歓声が沸き上がる。それこそ、耳を劈く位の大きさの歓声だ。
観客席とコートを隔てる仕切りの上に乗せた拳をぎゅっと握る。
白石と謙也が負ける筈ない。そう思っているけど、相手が九州二翼となると勝負の先が見えない。
でも、観客席にいる日南にはこの試合を見守るしか出来る事は無かった。

そんな日南を隣にいる財前がちらりと見詰める。
視界の端に写った日南の表情は眉間に皺が寄っていていた。

「心配せんでええんとちゃう?」
「え?」
「信じてるんやろ、部長と忍足先輩の事。なら、そないな顔せんでええんやないか」
「……うん。そうだよね。ありがと、光」
「別に礼言われる程でもないわ」

試合は白石のサーブから始まる。
比較的高い打点から放たれたサーブはスピードに乗り、獅子楽のコートに突き刺さった。
余りの速さに橘も千歳も反応が出来ずに得点に入る。

「やった、サービスエース!」
「部長!」

白石の先制に日南と、あの財前が目を輝かせていた。
2年生達は試合を見ながらも、1年生達がキラキラとした視線を白石に向けているのを見て微笑ましい気持ちになる。
特に財前。彼は入部した後も何事にも冷めた様な目で物事を見ている感じだったから。
これでこの後の試合も本気で試合してくれれば万々歳だ。
日南はもっと白石に惚れたんやないかな、と思うと小春は少し口元を綻ばせた。

最初のサービスエースから四天宝寺の滑り出しは快調で。
でも、九州二翼の2人はポイントを取られたと言うのにえらく余裕の笑みを浮かべていた。
ただポイントを取られてるだけではないと言うのは重々解かっているけど一体何をしでかしてくるのか。
固唾を飲みながら、真剣な目で試合を見ていたら橘が不適に微笑み、ボールを打つ。
打ち返されたボールは幾つもに分身したように見えた。
"あばれ球"と橘はそう言っていたけどその名の通り、ボールが暴れて分身しているようにも思えた。
その後も橘のあばれ球が猛威を奮い、あっという間に追い抜かれ。
でも何とか謙也がボールを打ち返したと思ったらその先に千歳が待ち構えていて。千歳がボールを打ち返せなかったからポイントを取れたから良いけど緊迫した状況が続きっぱなしで。
その中で千歳の不調から九州二翼は喧嘩を始めて試合棄権直前に至ってしまった。
相手校の事ながらも仲違いをする姿を見るのは胸が痛んだけど白石がその喧嘩を煽りながらも仲裁した。
「あーあ、おもんない。九州二翼言うたら全国区のスター選手や。対戦を楽しみにしてたのに、こんなオンボロペア勝ってもおもろないっちゅーねん」。
言い方は少しばかり粗暴だけど、その後の千歳に投げかけた言葉に日南は小さく笑みを零した。
白石の言葉で持ち直した九州二翼は白石&謙也と一進一退の試合を繰り広げたけど、結果は白石&謙也コンビが6-5で勝利し、その後も波に乗って四天宝寺が優勝し全国に駒を進めた。


===============


「一時はどうなる事かと思ったよ」
「せやな。でも、あの方が試合してる方も、見てる方も楽しかったやろ?」
「まぁね。小春ちゃんは少し不服だったみたいだけど」

試合が終わり、一度学校に帰ってきた日南は部室で制服からユニフォームに着替える白石にくすくす笑いながらそう言うと白石は少し控え目に笑みを零す。
皆は疲労から既に帰宅したけど白石はまだ練習をすると学校に残っていた。日南もいつもと同じ様に白石の練習に付き合うと言って残ったのだけど。
白石が用意を終えるまでの間、今日の決勝戦で気になった事をノートに書き出していたけど今思い出しても胸が躍った。
やっぱり、自分もテニスがしたい。そう思ったのもあるから白石の練習に付き合ったのだけども。

「日南、俺先にコート出てるな」
「あ、うん。用意終わったら私も行くね」
「おん。待ってる」

白石が部室を出て行くのを見送ると、総括を書いてからペンを机の上に置いて自分のロッカーの前に移動した。
暑さで滲んだ汗を吸った制服を脱いで洗い立てのユニフォームに袖を通す。
練習用のタオルと、予め作っておいて備え付けの冷蔵庫に入れておいたスポーツドリンクと、ロッカーに入れておいた予備のラケットを手に持ちコートに出る。
ずっと一人で走りこんで、素振りをして、筋トレをしてるだけじゃ多分白石もつまらないだろうし。
"聖書"と呼ばれる彼の力になれるかどうか解からないけど、少しでも実践練習の手伝いも出来れば……。そう思うけど、やっぱり少し自信が無い。
それに過去にシングルスの試合で本気を出して嫌な目に合っている。
でも、いつまでも逃げている訳にも行かないし、此処で克服しておかないときっとこの先もずるずると引き摺ってしまう。
「足りない事は仲間に頼ればええんや。何事も、素直な事が肝心やで」。
今日の試合中に白石が千歳に言った言葉だ。白石は日南の事も仲間だと、四天宝寺男子テニス部の大切な部員だとそう言ってくれた。
だから、白石になら打ち明けられるかもしれない。そう思ったから。
僅かにざわつく心臓を深呼吸で落ち着かせると、縄跳びをしている白石の元に向かった。

「早かったな。ん?ラケット持って来たっちゅー事は日南も少し練習するんか?」
「うん。もし良ければ実践練習はどうかな、って。って言っても私が蔵ノ介君の相手になるかどうか解からないけど、どうかな?」
「嬉しいわ。俺、まだ試合したかったんや!それに日南かて強いプレーヤーやって知っとるからそないに謙遜せんでええんやで」

あまりにも嬉しそうにそう言うものだから何だか自信がつくし、褒められて嬉しくなる。今なら一歩前に進めそうな気すらする。
ラケットを強く握り締めるとコートに入っていく。今回はボールを持っていた白石からのサーブだ。
まだ九州二翼との試合の余韻があるのか打球が生き生きしている。打ち返すのが楽しい。
このままの調子で楽しく試合が出来れば良いな、なんて笑みを浮かべながらも白石との打ち合いを楽しむ。

「日南、相変わらず動きええな!やっぱり個人練習続けてるんか?」
「そりゃあ、渡邊先生に"今度の練習試合の時ご褒美に試合に出したるわ"って言われてるもん。頑張ってトレーニングしちゃうよ!」

「それに時々皆声掛けてくれるし」。そう言うと白石は口角を僅かに上げて「せやな」と、言葉と一緒にボールを打ち返してくる。
1回1回が長く続く打ち合いの中で白石も日南も段々言葉少なになり、目が真剣になっていく。それこそ本気の試合をしている時と同じだ。
ボールを打つ音と荒く呼吸を吐く音だけがコートに響き渡る。
でも、やっぱり全力でコートを走ってボールを打ち返すのが楽しくて仕方が無い。少なくても白石はそう思っていた。
しかし、先程まで軽やかだった急に体が重くなっていき足も鈍る。何だか気分が重くてテニスをする気力が失われていく。
その中で、目の前のコートに居る日南は少し表情を暗く落としていた。まるでもがいている様な、苦しんでいるようなそんな感じに。

「(日南、なしてあないな顔して……)」

足が完全にその場で止まったその瞬間に日南のボレーが得点を決めた。
途端、白石ははっとして背後を転がるボールを見つめる。
体の重さも何処かに吹き飛んで行って、今のは一体なんだったのか。そう思いながら日南の方を見ると先程よりも苦しそうな顔をしていた。
もしかしたら今の打ち合いで左胸が痛むのか。呼吸が苦しいのか。最悪の事態を想像してしまい、顔を青くしながら日南に駆け寄る。

「日南?どないしたんや?」
「くら」
「体調悪いんか?苦しい?」
「大丈夫、ちょっと眩暈しただけ」
「眩暈って……打ち合い止めて休もか。ベンチまで歩けるか?」

日南の腕を肩に回してゆっくり移動してベンチに座らせるとその隣に座って、小さい手をぎゅっと握り締めた。
思っていたより小さい手は僅かに震えていて。その震えに何となくだけど眩暈が起きたんじゃ無い事を察した。
日南はまだ何か色々隠している事がある。勿論日南にも話したく無い事の一つや二つはあるだろうし、白石としても根掘り葉掘り全部を聞き出すつもりはない。日南を傷つける様な事はしたくないし。

「蔵ノ介君」
「何?」
「さっき、何か違和感とかなかった?急にやる気削げたりとか」
「! ……特に何もあらへんかったけど、それがどないしたん?」
「……」

脈絡もなく聞かれた問い掛けに咄嗟の嘘を返す。
何で日南が試合中に気力がなくなっていったのを知っているんだろう。もしかしたら何かしたのではないかと気になってしまう。
でも、日南がそんな小細工をするとも到底思えない。そこまでして白石に勝つメリットなんて何処にもないし。
少し時間が経ってから「ごめん、気にしないで」と低く、暗い声でそう言って無理やり微笑んで見せた。

「ん、白石に日南?二人共何してんのや。今日ははよ帰って体休めろ言うたやろ」
「渡邊先生」
「? どないしたんや日南、ちょお顔色悪いで」
「大丈夫です。すみません」

そう告げると日南は体をふらつかせながら立ち上がり、「ごめんなさい。今日はもう帰る」と白石の顔を見ずに部室の方へ行ってしまった。
「あ」と小さく声を零して日南の事を追おうとするけど足がすくんで動けない。
それに今追いかけていっても日南の着替えを覗いてしまう事になるし、大人しくベンチに座ったままでいた。
今まで日南が居た場所に渡邊が「よっこらせ」と声を零しながら腰を下ろす。

「日南と何かあったんか?」
「いや、打ち合いしてて俺が点取られてそれで……」
「白石の体と気分が急に重たくなって、動けんくなって点を落とした。そしたら日南の様子がおかしくなった」
「!!」
「当たり、か」

渡邊は参ったなと言いた気にチューリップハットを目深に被った。
この様子だと渡邊は何か日南の事を知っているのか。聞いたら教えてくれるだろうか。期待に胸が騒ぎ始める。

「白石」
「はい」
「あまり日南の事は詮索すんの止めや」
「え?」
「気になるやろうけど、あの子の場合はいつか本当に苦しくなったら助けて言うてくれると思う。せやからそれまで傍で見守ってやっとき」
「……渡邊先生は、日南の事何処まで知って」
「内緒や」

そう言って渡邊もベンチを立ち、「職員室戻るから鍵ちゃんと閉めときや」と言って校舎の方へ行ってしまう。
ただ一人残された白石は膝の上でぎゅっと拳を握り締めて、俯いていた。手にはまだ、日南の手の感触が残っている。
好きな子がどんな子なのか全く知らないで、苦しんでいる時に力になれないのが歯痒くて仕方ない。
せめて何で苦しんでいるのか解かれば、少しは力になってあげる事も出来るのかもしれないのに。悔しくて奥歯を強く噛み締めた。


2016/05/27