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西日本大会決勝戦
時は移ろい7月。
四天宝寺中男子テニス部の面々は地区大会、府大会、そして西日本大会を勝ち抜き、決勝に辿りついた。
そして彼らは本日の舞台であるコートに来ていた。今日の舞台となるコートは今までの試合で使用していたコートとは違い、スタジアムの中でしっかりと整備されているコート。流石、西日本大会決勝と言った所だ。

「遂に辿り着いたで、此処が俺らの今日の舞台や!」
「随分立派な会場でやるんすね」

財前の言葉に日南も深く頷く。
今までの地区予選、それに府大会は通常の試合も決勝も大きな公園やテニススクールのコートを借りての試合だったから。
それに西日本大会も今までは近くの公園のコートで試合をしていた。

「あったり前やろ!西日本大会といえども決勝やで」
「それなりの所でやってもらわな士気が上がらん」

そんな話をしていると後からやってきた小春が「蔵リ〜ン」と黄色い声を上げ、そんな小春を「待ってー」と一氏が後ろから追いかけてくる。

「何よぉ、アンタの所為で道に迷ったやないの!」

一氏に説教をしながら此方へ走ってくる。
そういえば先程、つい5,6分前に携帯を開いた時に『道に迷ったから少し遅刻する』とメールが届いていたっけ。
そんな小春達の進行方向とは逆に2人の学生が彼らと距離を詰めていく。
このままだとその2人とぶつかってしまう。日南は声を上げた。

「小春ちゃん!前見て!」
「え?あっ!!」

お約束通り余所見をしていた小春はその学生と肩同士がぶつかってしまい、よろける。

「あら、ごめんくさぁ〜い」

小春がぶつかってしまった人に謝るも、ぶつかってしまった二人は鋭い眼光を四天宝寺の面々に向けていた。
少しの間、その場の空気が凍り付く。相手が大人であればそんな事は起きないとは思うけど、喧嘩が起きそうな一発触発の雰囲気。
しかし、原因は明らかに四天宝寺が悪い。目の前を確認せずにふざけてぶつかってしまったのだから。
日南はその場で固唾を飲み、制服のスカートをぎゅっと握り締めていた。

「あいつら……」

白石はあの2人に見覚えがあるのか言葉を零す。
しかし、金髪の中学生はフッと余裕がある笑みを零すと「失礼」とだけ告げ、相方であろうもう一人を引き連れ、その場を去っていく。
だが、その長身の学生はじっと此方を見ている事に白石は気が付いた。
彼はすぐに、視線をその横にいる日南に逸らし、微笑みながら小さく手を振ってからその場を去ったけども。
財前はすぐに、自分と白石の間に居る筈の日南の様子が可笑しい事に気付き、声を掛ける。彼女の小さい手は僅かに震えながら財前のシャツを掴んでいたからだ。

「……日南?」
「!! ご、ごめん光。ちょっと吃驚して……。今のあの大きい人、手振ってきただけだよね?威嚇してきたんじゃないよね?」
「考えすぎやて。なんやの、相変わらずのそのハイパーネガティブ」
「大丈夫やで、日南。別に威嚇してきた訳やないからな」

白石が片手で未だ脅えている日南の頭を撫でるも、日南は未だにおどおどしていた。
その様が可愛くて仕方がなかったのだけど、少しだけ気に食わない事がある。
「掴むんなら俺のシャツ掴んでくれれば良かったのに」と、今の空気にそぐわない事を考えてしまう。

「えらいオーラが漂ってきたな、あの二人」

白石の思考を遮る様に、今まで沈黙を保っていた銀が呟く。
その言葉に白石が小さく、静かに頷いた。

「橘と千歳。今日俺らが対戦する獅子学中のエースや」
「確かに、夏の全国大会でも大暴れしとったもんなぁ」
「"九州二翼"って呼ばれてるらしいっスよ」

小石川と財前が続けた言葉に謙也が「九州二翼……か」と更に言葉を紡ぐ。

「これは、気を引き締めて掛からんと」
「相手の気に飲まれてまうかもしれへんな」
「うん。初戦が肝心だね、この試合」

いつもお茶らけている四天宝寺の面々に緊迫した空気が走る。
皮膚の表面が緊張でぴりぴりする。こんなに緊張した四天宝寺は初めてだと日南は固唾を飲む。
心臓の鼓動がいつにも増してうるさく感じた。

「寧ろ飲まれてみたい……」

だが、それは何時もの如く小春が破壊していく。
ピンク色の空気を纏わせ、そう言った小春に「は?」と声を揃える。

「え、ちょ……小春、ちゃん?」
「あのワイルドな感じ、二人ともめっちゃアタシのタイプ」

語尾にハートマークを乱舞させながら言われた言葉に財前、ユウジを除いた四天宝寺メンバーは大コケする。
これには日南も苦笑いしか浮かべる事が出来なかった。

「もー、小春ちゃんったらまた……」
「……やっぱりテニス部入ったん間違いやったかな」

隣から聞こえてきた無愛想な声に更に苦笑を浮かべるしか出来なくなったのだけども。
彼の場合冗談で物事を口にする様な事はないから怖い。


少し離れた場所で橘と千歳が未だがやがやしている四天宝寺の面々を眺める。

「なぁなぁ桔平!四天宝寺におった子、こみぃんちょくてむぞかね!」
「完全にお前に脅えていたけどな。恐らく杏と同じくらい……十中八九マネージャーか何かだろう」
「俺、そぎゃん怖くなかと……」

しょげる千歳に橘は「お前はでかいからな」と、自身の感想を告げる事しか出来なかった。
橘のその一言に千歳は「大きくなりたくなった訳じゃなか」と更にしょげるのだけども。

「だが、別にお前は女子を見に来た訳じゃないだろう?」
「あったりまえたい!関西大会制覇ばして全国に進む。そん為に大坂ば来た」
「おう!まずは俺達のダブルスで四天宝寺を勢いを削ぎ落とす!気ば抜くんじゃなかとよ、千歳!」

互いの拳同士を重ね合い、結束を確かめ合う。
しかし、千歳には少々心配な事があった。それは自身の、視力を徐々に失いかけている右目の事だ。
橘と試合をした時にボールがぶつかり視力が低下しつつあるが、実の事を言うと橘にはその事実を伝えてはいないし、更に言えば視力はテニスをする事が困難な位に低下を極めている。
もしかしたら、この試合が最後になるかもしれない。
そう思うと胸がぐっと苦しくなった。


===============


「どうしよう、私、緊張してきた……」

皆が控え室でユニフォームに着替えて戻ってきてから程無く、日南はドリンクの準備やタオルの準備を終え、顔を僅かに青くさせながらそう言った。

「何でお前が緊張すんねん。試合すんのは俺らや、俺ら」
「そうだけど……」

ユウジは容赦なくそう言い放ち日南はうっと息を詰まらせる。
すると今度は背後から「大丈夫や」という石田の優しい声と一緒に大きな手が頭を優しく撫でてくれる。ほんのりと香るお線香のにおいに日南は少しだけ緊張の糸を緩ませる事が出来た。

「はは。まぁしゃあない、しゃあない。日南も財前も1年生は緊張するやろ。これに勝てば全国大会進出なんやから」
「……別に俺はびびりの日南と違って緊張してませんけど」

日南の緊張を解すように小石川がそう言ってくれたのだが、巻き込まれた財前は少し嫌そうな顔をしてすんなりと小石川の言葉を否定する。
隣で謙也が「うわぁ」と言う顔をし、日南はショックを受けて小春に慰めて貰い(更にその横にいた一氏が騒いでいるが)、小石川と石田が苦笑を浮かべている。
これには白石も苦笑と苦言を浮かべざるを得なかった。

「財前、お前のそういう神経図太い所はこういう場所で生かされるから悪い事だとは思わへんけどな、少し日南に謙虚さ分けて貰い?」
「嫌っすわ。うじうじが移るんで」
「酷い!!」

半泣きになりながら財前をぽかぽか殴っている日南だが、心なしかさっきより顔色が良くなっているし(但し半泣きだけど)、緊張も解れている様な気がする。
もしかしたらこうなる事を予測していたのだろうか。そう思いながら白石は財前を見てみるが別段そういう意図があった訳では無い様だ。
鬱陶しいわ、このボケと今にも怒り出しそうな顔をして日南の頭をむんずと掴んで離させようとしている。

「ほれほれ、お前達ぃ〜そろそろ開始時刻近なっとるで、準備しときや」
「ハラテツ先輩!」
「いつの間に」

いつの間に姿を現した原に白石達は急いで控え室に向かう。
原は自分から今回の、西日本大会決勝戦出場を辞退していたのだ。
ただ一言「1、2年が3年おらんくてもどれだけの試合出来るか見定めたいねん」と、そう言って。
3年の原が出場しないのは四天宝寺にとっては痛手だったけど、顧問である渡邊が承諾してしまったから仕方が無いし、原には原の考えがあるのだろう。白石に部長を譲った時と同じ様に。
日南にはその真意は解かりかねるけど、何となくそう思っている。
じっと原の顔を見ていると「どないしてん」と声を掛けられる。

「あ、その……この試合に勝ったら全国だなって。でも、相手は獅子楽だからそう簡単に行かないかなって、そんな風に思って。……チームの要であるハラテツ先輩もいないし」

別に皆の実力を信じていない訳じゃない。
でも、ここは西日本大会決勝戦なんだ。今まで順当に勝ち上がって来れたけど、決勝戦となればそうもいかないだろう。
そう思うと途端に心配になってしまう。
原もそんな後輩の気持ちを汲んだのか少し気難しい顔を浮かべてからいつものおちゃらけた表情を浮かべて日南の頭を撫でてやる。

「……あいつらに何か言葉掛けたり」
「えっ?」
「あいつらは弱ないって日南も知ってるやろ。でもな、そんな心配吹き消す魔法の呪文、日南は使えるんやで」
「魔法の、呪文?」
「せや。“頑張って“。お前のこの一言だけであいつら、もっと頑張んねんで。ほら、早よせんと完全に控え室に引っ込んでまうから早よ言いや」

原に背中を押された日南は一度小さく息を吸うと、みんなの背中を見て、声を上げた。

「待って、みんな!」
「どないしたん?」
「みんな、頑張ってね!!私も応援、頑張るから!」

そう言ってこれから試合に臨む仲間達に握り拳を向ける。頭上高く、元気良く。
すると白石が「おう!」と返事を返したのを皮切りに、他のみんなも返事を返してくれる。その返事に心がなんだかぽかぽかと温まった気がした。


2016/04/09