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これにて終結?
※モブからのイジメ描写有


日南は謙也の自転車の後ろに乗らされていた。
と言うのもこうした方が例の2年生達もそう簡単に手は出せないだろうし、日南の膝の怪我もあるからこうした方が良いだろうと謙也が判断したから。
しかし。

「け、謙也、くん!」
「んー?なんやー?」
「速い!怖い!!」

坂道を猛スピードで滑降している今現在。
しっかりと謙也の胴回りに腕を回しているけど、うっかり腕が外れてしまったら思うとぞっとする。それこそ擦り傷だけじゃ済まないんじゃないだろうか、と。
そもそも自転車の二人乗りは危ないから止める様に、と言われているけど大丈夫なのだろうか。
しかし謙也は「怖ない怖ない!しっかり掴まっときや!」と言うだけだ。
確かにもうそろそろ坂道は終わる頃合だけど。人間二人分の体重が加算された自転車のスピードはいつもより速く感じる。
もしかしたら謙也はスピード狂でもあるからこれが狙いで後ろに乗せたんじゃないの?とすら思ってしまう。

漸く坂道も終わり、後は学校まで普通に平坦な道を走って行けば良い。
擦れ違う生徒達から「何や謙也、可愛い女の子後ろに乗せて。彼女かー?」「朝からお熱い事やなぁ!」だなんて茶化されて顔が赤くなる。
謙也も謙也で適当に流せば良いのに顔を真っ赤にして「るっさいわド阿呆!後で覚えとけや!」だなんて叫んでいるから正味恥ずかしい。
もっと強い力でぎゅっと謙也に抱きつく。昔から謙也は何かあるとすぐに駆けつけてくれて、守ってくれて日南にとってはヒーローみたいな人だった。
今は「ったく……あいつら後で絶対シバいたるわ」だなんて物騒な事を言っているけど。

「(あ、れ……?)」

背中に顔を埋めてみて、初めて解かる事がある。
謙也君って、こんなに背中広かったっけ?と。
昔はもうちょっと小さくて、それこそ広さはそんなに変わらなかった筈なのに。
少しだけ顔を上げてみてみれば脱色されて色素が薄くなってる髪が、後頭部でぴょこんと跳ねていた。
まるでひよこの尻尾みたいに。金髪だから尚そう思う。
なんだか可笑しくなってクスクス笑っていると「なしてそないに笑ってるん?」なんて心配そうに尋ねてくるからつい意地悪で「ないしょー」なんて返してしまう。
何となく、謙也のこのぴょこんと跳ねた髪の毛が可愛いから直されたりしたら嫌だし。

正門を潜り、謙也は日南を乗せたまま駐輪場まで向かうと一旦自転車を泊めて日南を自転車から抱き下ろす。
その時に謙也が「うわ」なんて言うからちょっとだけ表情が不機嫌になってしまった。
それを見た謙也はすぐに「いや、これはちゃうねん!」なんて取り繕う言葉を紡ぐけど。

「重いんでしょ。……いいよ、自覚あるから。また最近足元の筋肉逞しくなったし。ほら」

そう言ってスカートを摘んでぴらっと僅かに持ち上げると謙也は顔をもっと赤くして両手で顔を覆った。

「うわあああああ?!!ええよ見せんで!早よスカートから手ぇ放しや!!」
「とか言いながらがっつり指の隙間から覗いてるのは何でかな、謙也君。あとね、スパッツ穿いてるからパンツは見えないよ」
「残念……って違う!ちゃうから!別に日南ちゃんのパンツ見たい訳やないから!!」

「ホンマやで?!」と息を巻いて言うものだから少しからかい過ぎたかなと反省する。
スカートから手を放した瞬間「こら、何しとんねん」とぽんっと頭を軽く叩かれた。叩かれた、と言うよりは頭に手を置かれた位の感じだけど。

「白石おはようさん!」
「ん、おはよう。日南、あんまり謙也いじって遊んだらアカンで?」
「はーい。ごめんね、謙也君」
「あ、いや……今日は結構良い思い出来たし、その」
「?」

日南は良い思いが出来たと言うのはどういう意味なんだろうと思って首を傾げるも、白石は対極にこめかみをぴくっと反応させた。
この光景を見るに日南を自転車の後ろに乗せて登校してきたのは明白で。
きっと"良い思い"と言うのも日南が抱きついてくれたから、とかそんな感じなんだろうなと思う。
もし、日南の家のお隣さんが自分だったら日南を自転車に乗せて通学していたんじゃないかと思うと謙也が途轍もなく羨ましい。

「まぁ、何でもええわ。此処でたむろしとっても後から来る生徒の邪魔になるだけやし早よ自転車停めてこよか」
「せやな。日南ちゃん、勝手に玄関行ったらアカンからな!其処で待っといてや」
「はーい」

謙也と白石が駐輪場に自転車を押していくと日南は途端に一人になって、なんだか急に寂しくなった。
すぐに戻ってくるというのは解かっているけど、さっきまであんなに騒がしかったのに静かになると空虚感と言うか何と言うか、胸の中がぽっかりと穴が空いた感じがする。
間抜けた顔でぼんやり空を眺めながら「今日は何にも無ければ良いなぁ」と願う。
だが、それは叶わないのか頭上から透明な何かが日南の顔目掛けて落ちてきた。

「うわっ!……何これ、水?」

間一髪その場で避ける事が出来たから体に何も当たらなかったけど。
地面がびちゃびちゃに濡れているから多分水か何かを掛けられそうになったのだろう。
慌てて水が落ちてきた方向を見上げてみるも誰の姿もないから多分すぐに引っ込んだのかもしれない。

「日南ちゃん?!」
「日南!」
「謙也君、蔵ノ介君」
「どないしたん、悲鳴聞こえたけど……何かあったん?」
「それが頭上から水落ちてきて。落ちてくるの解かったから避けたけど」

二人共が声を揃えて「上?」と上を見上げた途端、ばしゃんと言う涼しげな音が弾けると共に白石と謙也が「うわ」「冷たっ」と言う声を上げる。
思わず音が弾けた時目を瞑ってしまったけど、恐る恐る目蓋を開いたら二人共びしょ濡れで。
小さく悲鳴を漏らしながらも日南は慌ててバッグからタオルを引っ張り出す。
今日は体育の授業あったし予備も含めて3枚タオルを持ってきたけど、予備を入れておいて良かったと心底思った。

「やば、白石君に掛ってもうた!」
「謙也君にも掛っとるやん。あの1年生、運良過ぎやで」

しかし、耳を澄ましていないにも関わらず頭上から声が聞こえてくる。
それは紛れも無くあの2年生の女子の声で。もう一人の声に聞き覚えはないけれど、多分昨日転んだ後に見かけた取り巻きの内の一人だろう。
水を掛ける気が無かった白石と謙也に水が掛って騒いでいるようで、声が大きく聞こえてくる。
まだ、朝早い時間だからそんなに生徒も登校していない時分だけど、日南や白石、謙也の耳にはばっちり会話は届いていた。
二人に対して水を掛けたのに悪気が無い事は今の発言で解かったけど、水が掛ったのは紛れも無く事実だ。
でも、日南の中で何かがぷつんと切れた。
日南は何も言わずその場から全力で玄関の方向へダッシュする。

「え、ちょ日南ちゃん?!」

びっくりした謙也が声を掛けるけど日南には聞こえていないのか、既に姿は見えなくなっていて。

「いきなりどないしたんや……」
「多分キレたんとちゃいますの」
「!!? 財前、おまっいつの間に」
「おお、おはようさん」
「ども」

いつの間にか背後に居た財前に謙也は驚いていたけど白石は平静でいて、日南に渡されたタオルで頭をガシガシと拭う。柔軟剤の香りだろうか、少しだけ甘い匂いがした。

「先輩らなして濡れてるんです?」
「おー、今例の2年生女子に水ぶっ掛けられた所や。って、見てたから声掛けたんやないんかい」
「いや、鎌掛けてみただけっす。せやけど当たってたとは」
「いやいや冷静に分析すなや」

ある程度髪の水分を拭えた白石は学ランを脱いでタオルでぽんぽん叩いて水分を抜く。
これは暫くジャージ着ないとアカンなぁ、なんて思いながらも日南があんなに怒るだなんて。
すると謙也が「まずい……」と声を震わせてその場で微妙に体を震わせていた。心なしか顔色が悪い。

「何がマズイんや、忍足」
「風邪でも引いたんですか」
「ちゃう。……日南ちゃんがガチギレしたらまずいっちゅー話や」
「「は?」」

思わず白石と財前は聞き返すように声を上げた。それも同じタイミングで。
謙也は日南と6年間お隣さんをしている様なものだから日南の事を良く知っているのは解かっているつもりだけど、一体何をそんなに怖がっているのか。
普段大人しい人が怒ると怖い、と言うのは良く聞くけど。白石と謙也に至っては昨年の学年祭でいじりにいじられた石田が本気で怒っているのを見た事があるからその言葉を体現しているけど。
でも、謙也が言いたいのはそういう事ではないようだと、白石は何となく雰囲気で察した。

「日南ちゃんは大坂来てからテニス以外に続けてるスポーツあるんや」
「スポーツ?」
「せや。……キックボクシングなんやけど、今も学校と平行して週1でジムに通ってんねん」
「は」
「護身術で習わしとるっておばさん言うとったから、多分喧嘩には使わへんやろうけど……」

途端、校舎の奥の方から「ぎゃあああああああ」と言う悲鳴とも断末魔とも付かない女の声が聞こえてくる。それと同時にぐわっしゃんと言うけたましい音も。
声が聞こえてきた方角はテニス部の部室の近くで。
三人は少し顔色を悪くさせながら部室の方向に走っていった。


===============


3人が部室の近くに付くと日南が右足でフェンスを蹴り押さえ、その足のすぐ隣に顔を引き攣らせて泣いている2年生の女子が二人泣きべそを浮かべながら縮こまっていた。
見た感じ怪我さはさせていないみたいだけど、日南が蹴ったフェンスはかなりの力を込めて蹴られたのか一部がひしゃげている。寧ろ蹴った部分が大きく凹んでいた。

「日南っ、……」

「暴力はアカンで」と白石が言葉を続けようとしたら、日南が今まで発した事が無いくらいの低い声で「おい」と女子生徒に言葉を掛ける。

「自分ら、一体誰に、何をしたんか解ってるんやろなぁ?」
「ひっ!!」
「ひっ!!やないわ、何したんか解ってるんかって聞いたんやけど、答えになってへんっちゅうに。喧嘩売ってるんか」
「ご、ごめんなさっ……」

がしゃん。日南が一回足を引いたと思ったらもう一度勢いをつけてフェンスを蹴る。
日南の変わりように女子生徒達はただ縮こまって震えるだけだった。
目の前に居るのは誰だ。白石と財前はそう言いたかったけど何も言えずにいて、謙也はただ「あっちゃあ……」と頭を抱える事しか出来なかった。

「謙也、自分この事知ってったんか?」
「おん。……日南ちゃんの怒りの沸点は解からへんのやけど、いつもマジ切れすると関西弁で罵倒し通す。侑士に……幼馴染に普段は関西弁やのうて標準語で喋ってたらどないや言われてずっと標準語で喋るようになったんや。元々標準語やったけど」
「なして忍足先輩の従兄弟さんはそないな事……」
「解からん」

しかし、今はそんな事を喋っている暇はない。
日南を一旦落ち着かせなければいけない。このまま日南が怒りで暴走して加害者とは言え女子生徒に怪我でもさせたら事だ。
白石は肩に掛けていたテニスバッグを謙也に押し付けると日南の背後に回り、羽交い絞めにする。
逃げようとする素振りが無いのが逆に怖い。

「離してや」
「離さへん!今日南の事離したら何するか解からへんもん!!」
「せ……せや!日南ちゃん、これ以上はアカン。テニス部謹慎になってまうし、日南ちゃん自体部活辞めなアカンくなってまう!!」

白石と謙也が説得をしている隙を見て女子2人は逃げようとするけど行く手には既に財前が居て。逃げるに逃げられなくなってその場で立ち尽くす。

「昨日財前も言うとったやろ?"辛そうな思いしとんなら盾にも力にもなったるわ"って。何もそれは日南を外からの攻撃から守るだけやなくて、内側からも守ってやるいう事や」
「……蔵ノ介君」
「せやから一旦落ち着いて。な?」
「……ごめん」
「日南」

恐らく全身から力が抜けたのだろう、日南はその場でぺたんとしゃがみ込む。
そんな日南に内心ホッとしながらも体を支えてやりながら、白石は女子の方に顔を向ける。

「なして日南にこないな嫌がらせしたん?日南がテニス部のマネージャーやから?」
「ちゃう……ちゃうんよ白石君!その子の事、羨ましくって」
「羨ましいからってこんなん、イジメやないですか。一方的に罵るわ、転ばせるわ、濡れ衣着せるわ、水ぶっ掛けようとするわ。やってる事最低っすわ、先輩」

淡々と述べられた財前の言葉に女子達は更に泣きそうな顔になる。
本当は何か言いたそうな顔をしているけど、財前の今の言葉で言うに言えないみたいだ。財前ははぁ、と小さく溜息を吐く。

「部長、この人達どないします?」
「実害なかったら注意だけで済んだけど、日南に冤罪掛ったからな。センセに報告はする。でちゃんと学年主任のセンセの前で日南に謝ってもらう。日南にも」
「……」
「幾ら怒ってるからって暴力だけはアカン。特に日南は女の子なんやから、そんなモンに頼ったらアカンで」

白石の顔を見るように首を少し後ろに向けるも、すぐに日南の首はうな垂れた。

「ごめんなさい。私の事なのに、謙也君と蔵ノ介さんにも被害でてカッとなって、それで……」
「まぁ、みんな反省してるんやし、後はちゃんと謝るべき場所で謝って清算しよ?な?」
「せやな。まず、職員室やな。日南……!」
「え?あ、わっ……?!」

体を支えていた日南の体を白石はいとも簡単に横抱きにする。
確かにまだ体全体から力は抜けているけど。でも、少ししたら歩けるようになるのに。
顔を真っ赤にしていたら白石が驚いたように「うわ」と、声を上げる。

「日南、結構軽いんやなぁ。筋肉結構付いとるけどウチの妹と同じ位やで」
「!! そ、そんなお世辞何ていらないもん」
「お世辞やのうて、本心」
「そ、それより!!恥ずかしいから降ろして、歩ける!」
「ほーん?恥ずかしいなら罰ゲームでこのまま職員室やな。謙也、財前、行くで」

そう言って白石はすたすたと校舎の方へ向かっていく。
謙也はそんな白石を見て少しぽかんとしていた。「あいつ、あんな事言うキャラやったけ」と。
兎にも角にも、今回のこの件は収束しそうだし早めに解決させなくては。
いまだへたり込んでいる女子生徒達に手を貸しながら謙也と財前は白石の後に続いて行った。


2016/04/06