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濡れ衣
「……ん」

目の前の明るさに白石は意識を取り戻し、上半身を起こした。
そして何でベッドの上で寝ているのかを思い返し始める。
朝練習中日南と財前が仲良く話しているのを見ていて、段々もやもやした感情が腹の底で広がっていって、謙也に声を掛けられてから体調が急に悪くなって。そこで記憶が途絶えている。
まだ少し寝ぼけている頭を抑えながら、とりあえずべッドから降りる。
今は一体何時間目なのか。部室に制服に着替えに行かなくちゃなけないなと思っていれば、ふと脇に置いてある籠の中に制服が綺麗に畳まれて収められていた。
謙也辺りが持ってきてくれたのかな。そう思いながら、その場でユニフォームから制服に着替える。

「白石君、起きたん?」

カーテンの向こうから保健の先生が声を掛けてきた。
白石は保健委員を1年の時から努めているし、そのお蔭で先生とは割りと仲がいい。

「センセ、堪忍な。具合悪くてベッド借りてたみたいやわ」
「びっくりしたで。まさか白石君が忍足君におんぶされて担ぎ込まれた時は」

なははと笑う先生の声を聞きながら制服に着替えていく。
シャツのボタンを掛けながらもカーテン越しに先生と話をしていたら「せや、白石君。大変やで」と急に真面目な声で声を掛けられる。

「1年の風鳥 日南さんな、ホームルーム始まる前に生徒指導のセンセに呼び出し食らったらしいで」
「……日南が?あの子、何かやらかすタイプの子やないと思うけど」
「それがな?男子生徒の私物盗んだとかなんか2年の女子から話しあってその事情聴取っちゅー名目で呼ばれたらしいんやけど」
「ちょ、待ってやセンセ!何かの間違いやろ?!」

勢い良くカーテンを開き、声を荒げる。此処が保健室と言う事を忘れて。幸い、他に生徒はいなかったから良かったものの。
保健の先生は湯気が立っているマグカップを口にしながら書類を読んでいた。ちらりと白石の方に一瞥したがプッと小さく笑う。
笑い事やないやろ。そう思ったけど先生は日南の事に笑ったのではなく、白石の今の格好を見て笑ったのだ。

「白石君、ボタン掛け違え取るで」
「え?……あ」

先生に指摘されて顔を赤くしながらもすぐにボタンを掛けなおす。
部内でも特に窃盗に関しての話なんてなかったし、日南が窃盗行為をするだなんて絶対にありえない、白石はそう思っている。絶対何かの間違いだ。
先生はずずっと音を立てながらコーヒーを飲むと「まぁ、うちも風鳥ちゃんがそないな事するとは思ってへんけど」と零した。


===============


「日南、大丈夫か?」
「……」

昼休み。日南は机の上に突っ伏していた。
1時間目の授業中ずっと生徒指導室に呼ばれていた日南は何も喋ってはくれない。
財前は紙パックのジュースを飲みながらもずっと日南の頭をぺしぺし叩いてみたり、呼びかけてみたりしているけど一向に頭を上げてくれない。
そもそも、財前の中でも日南が生徒指導室に呼ばれる理由なんてちっとも解からなかった。
しかし、もそりと動いた日南は恨めしそうに片目だけで財前の事を見詰める。

「止めや、貞子みたいになってんで」
「……TVから這いずって出てきたりしないもん」
「ならその目ぇ止めや」
「……」

少し間をおいて日南は大きく溜息を吐いた。途轍もなく、長く思い溜息で思いのほかびっくりしてしまう。

「なんやの、そのなっがい溜息」
「……嵌められたかも」
「嵌められた?誰に」
「……この前の女の先輩。誰かが私が蔵ノ介さんの私物盗んだとかそういう風に先生に垂れ込んだみたいで生徒指導室に呼ばれたの。ハラテツ先輩が謙也君と一緒に来てくれなかったらずっと疑われたまんまだった」

恐らく謙也が上級生である原に相談したのだろう。
あの後、謙也は渡邊に人通りが少ない廊下の隅っこに呼ばれ、何故日南が生徒指導室に呼ばれたかを聞かされたらしい。
渡邊も日南はそんな事をする様な子じゃないと、そう必死に訴えかけてくれていたようだけど自分が受け持つ部活の部員を擁護しているとしか取られなかったらしい。
それに加えてまだ20代半ばの渡邊の言葉を若輩者の言葉だと聞く耳すら持たなかったらしいけど。
その話を聞いた謙也は持ち前のスピードで3年生の原がいるクラスに向かって、原に助けを求めにきたらしいと、そう原本人から聞いた。
元々前任の部長で、人懐っこい性格の原は他の教師からの信頼も厚かったから生徒指導の先生も原の説明で何とか日南に対して抱いていた懐疑心を少しは払拭したみたいだけど。
でも、最後に厳しい口調で言われた。「次何か問題起こしたら親御さん呼ぶで」と。

「渡邊先生にも、謙也君にも、ハラテツ先輩にも迷惑かけちゃったし嫌な思いさせてるのに、お父さんとお母さんにまで迷惑かけるなんて、私いやだよ」

泣きそうな声でそう言った日南に財前はぎゅっと拳を握る。
別に日南は今まで教師の目に付くような事は何もしていないし、何でそんな事を言われないといけないのか。

「せやけど、なしてあの女の先輩に嵌められたって、そう思ったん?」
「……蔵ノ介君が貧血起こして保健室に行ったの、光も知ってるでしょ?」
「おん」
「その時に私が蔵ノ介君の制服やバッグを部室から保健室に持っていたの。その途中で転んだんだけどさ、その時近くにあの先輩居たの」
「なんやて?何か言われたりしたんか」
「"ざまぁみろ"って言って笑われた。足引っ掛けられた感覚とかあったけど、もしかしたらって思っちゃうんだよね。他人を疑うのって良く無い事なんだろうけど」

何処までもお人好しな日南に財前の方が溜息を吐きたくなる。
でも、財前の胸中では今はそんな事はどうでも良かった。何にもないと思っていたらまさか日南が一人きりの時を狙うだなんて。卑怯だと思うと同時に怒りがふつふつと湧いてくる。
でも、今回の事についてどういう言葉を掛ければ良いのか良く解からない。言葉が出てこない。

すると廊下がいっきにきゃあきゃあ騒がしくなる。
なんや、人が折角真剣な話してる時に。そう思いながら財前は廊下の方を見ていたら、毎日見ている目立つオレンジ色が目に飛び込んできた。
原だ。3年生の原が1年生の教室階に来たのだ。
原はひょこっと教室のドアから顔を覗かせると真面目な表情でこちらを見ている。

「財前ー、日南ー。ちょお部室まで来ぃや」
「はぁ……。日南、原先輩呼んでんで」
「……うー」
「なんやなんやそんな沈んでからに。みんな大好きハラテツ先輩が来てやったんやで?そないな貞子みたいな顔してんとちったぁ喜ばんかい、コラ」

そう言ってうつ伏せている日南の後頭部をわしゃわしゃ撫でる。いつもならきゃあきゃあ喚きながら抵抗するのに、今日に限ってはピクリともしない。
反応が無い事に驚いたのか原はきょとんとした顔をしてから財前の方に視線を移す。

「ずっとこないな感じなんか?」
「はい。戻ってきてからずっとこないな感じです」
「……そらショック受けるやろなぁ。濡れ衣着せられて生徒指導室なんて呼び出されたら」
「! 濡れ衣って、原先輩知っとるんですか」
「あの2年女子の事やろ?俺を誰や思っとんねん、お前らの先輩やぞ」

正面から財前の肩に手を置いて耳元に顔を寄せる。
そして、小さい声で囁いた。

「あいつらが日南の足に足引っ掛けて転ばせたんも、学年主任に言いつけたのも全部見たわ」
「!!」
「日南が何したか解からんけど相当恨み買われてるみたいやな。財前、日南の事守ってやれるんは自分だけや。暫くの間教室移動の時とか出来る限り近くにいてやり」

真剣な原の言葉に財前はただ、頷くしかできなかった。
ただのお笑い好きのお茶らけた人だと思っていたけど、それだけじゃなかったらしい。まぁそうじゃなければ一時期でも部長と言う立場に選ばれる事は無かったのだろうけど。
真剣な表情から一変、いつもの表情を浮かべて「さてと」と言って日南の方に振り返ると、未だ机に突っ伏している日南の両脇下に腕を突っ込んでそのまま持ち上げる。
クラス中がざわめているけど原はそんな事は気にせずに日南を肩に担いで、「ほな部室行こかー」なんて呑気に鼻歌交じりで言った。

「ちょ、やだハラテツ先輩!降ろして一人で歩ける!」
「阿呆抜かせ。降ろしたら自分どっか行くかもしれんやろ。それに膝怪我してるんやから動きも悪いし大人しく担がれんかい!じたばたすなや!」

ばたばたと暴れる日南の尻を思い切りばしんと叩くと、日南は「いったぁぁい!ハラテツ先輩暴力禁止ー!!隊長に言いつけてやる!」なんて元気に憎まれ口を叩いている。
さっきまでうだうだ暗い空気を纏っていたのに。原に懐いているとは言え元気になるの早すぎるやろ、と思ったけど原の明るい気質によるものかもしれない。そう思うと原はやっぱり凄い人なんだな、と漠然と思う。
その前に隊長って誰だ。

「原先輩、名前も嫌がってますし降ろしてやったらどないですか」
「財前」
「はい?」
「お前は俺と距離置きすぎや。お前も俺の事ハラテツ先輩って呼びや。距離あって先輩悲しいわぁ」
「……はぁ、善処します」
「善処するんやなくて今からそう呼ぶ努力せぇや!」

流石"ツッコミの自動販売機"と呼ばれるだけある。テンポ良く突っ込みを入れてくる原に、何故かしょうもなくなってぷっと控え目に財前は笑ってしまった。
原も日南も気付いていないみたいだけど。気付いて欲しいか欲しくないかで言えば気付いて欲しくない。

「そうだ。ハラテツ先輩、何でいきなり部室に呼ばれたの?……もしかしたら今日の私の」
「せや。やけど、お前はなーんも悪くあらへんから心配せんでええで。何かあったらテニス部総出で守ったるさかい、せやから安心し」
「……」
「暗くなるならもっかいケツしばくで」
「……それだけはヤだ」
「ハラテツ先輩、いい加減セクハラで訴えられますよ」
「こないなガキんちょのケツ触ったかて興奮せんからセクハラちゃうわ」

直後日南が物凄い形相で原の背中を思い切りグーで殴ったのは言うまでもない。


2016/03/31