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眩暈
翌日の朝練習の時、白石は無意識に日南に意識を向けていた。
日南を異性として見ている事に気付いてから、いつも以上に日南を視線で追ってしまう。
昨日、財前とどんな話をしていたのだろう。そんな事ばかり考えてしまって、上手く練習に身が入らない。部長なのにこんな事じゃ他の部員達に示しがつかないのは重々承知だけども。
1年生に集られて指導をしていた前任の部長である原と偶然視線が合うと、目だけで「しっかりしぃや、白石部長」と言われてどうしようもなくなる。
すぐに原は視線を周りの1年生達に戻してしまったから、何のアドバイスも受ける事が出来なかったけど。
そんな時、ベンチの方から「風鳥」と日南を呼ぶ声が聞こえて無意識にそちらのほうを向いてしまう。
ベンチに座って情報を纏めている日南に、財前が話しかけていた。

「なぁ、折角仲良うなったんやし風鳥の事、日南って呼んでも構わん?」
「え?」

そう言われて日南は戸惑いながらも、少し考えてから「うん、良いよ」と微笑んだ。
すると財前もいつものクールフェイスを嬉しそうに崩して「おおきに」と返す。

「じゃあじゃあ、私も財前君の事、光君って呼んでも良い?」
「却下」
「えええええ」
「光君なんてよそよそしいやん。光、なら別に呼んでも構わへんけど」

絶望の奥底に叩き落されたかのような顔をしたと思ったら一変、物凄く嬉しそうな表情を浮かべた。

「じゃあ、光」
「ん」

急に日南と距離を詰めていく財前に段々と胸が苦しくなっていく。
あの二人は同じ年で、更に言えば同じクラスで一緒の時間が多くて。そう思うと自分の立ち位置が不利になりすぎて。
顔を俯かせて、ラケットを握る左手にぎゅっと力が入る。
すると肩に手がぽんと置かれた。

「どないしたんや白石。体調でも悪いんか?」
「謙也……」

顔を上げると心配そうな顔をした謙也が其処にいて。
精一杯、大丈夫そうな表情を取り繕って、微笑んでみる。「大丈夫や」なんて、言葉を添えて。
しかし謙也にはそれが嘘だと看破されているみたいで、眉間に皺が寄っていた。

「大丈夫やないやろ、顔色悪いで」
「そないにか?」
「ああ。白石って色白やけど、今は血の気引いてるっちゅーか陶器みたいな感じになっとる」
「……医者の息子にそう言われたら、少し休んだ方がええんかな」
「せや、少し休み。日南ちゃん!」

謙也は大声で日南の名を呼んだ。その途端、白石は目を大きく見開く。
今日南を呼ばれるのは困る。心の準備が出来ていない。といっても日南が何かを白石にした訳でもなく、白石が日南に何かをした訳でもないからそんなに焦る事でもないけど。
ただ、日南が財前の事を好きだったらちょっと嫌だな、位の気持ちなのに。
そうこうしている内に呼ばれた日南がすぐに謙也達の傍に寄って来た。

「どうしたの、謙也君」
「白石体調悪いみたいやねん」
「ええ?!どうかしたの、蔵ノ介君。どこか痛いとかない?」

謙也と同じ様に心配しながら、どうかしたのかを探ってくる。
日南はいつも通りなのに自分は何だかギクシャクしてしまっている事に違和感を感じてしまう。
顔を僅かに上げて日南に向けると「あ」と小さく声を上げて、開いている白石の右手を左手でぎゅっと握り締めた。
日南に触れられている箇所が段々温かい熱を帯びていく。

「蔵ノ介君、寝不足でしょ」
「え?」
「寝不足になると顔色悪くなる時だってあるんだよ。お兄ちゃんもそのタイプだから、解かるんだ」

そうけらけら笑う日南にふと、そういえばお兄さん東京に住んどるんやもんなぁなんて漠然と思う。
途端、耳に入ってくる音が急に遠くなって体が急に冷えたように冷たくなる。
目の前で日南と謙也が血相を変えて何かを叫んでいるけど、意識が遠ざかっていくし、目の前も暗く覆われていく所為で気に掛ける余裕すらなかった。
膝から崩れる白石を倒れきる前に謙也が抱きとめて、支える。
異常なくらいに汗が分泌されていて、苦しそうに喘ぎながら呼吸をしている。

「ちょ、白石!白石大丈夫か?」
「謙也君、大丈夫。貧血起こしてるだけみたいだから落ち着いて!とりあえず涼しい所につれてこう。手伝って貰ってもいい?」
「お、おん!」

日南の指示で白石を背負い、コートの外の木陰に移動する。
木の下で白石を降ろすと日南は身に纏っていたジャージを脱いで丸める。でも思っていたものと少し違う様で首を捻った。

「謙也君、ジャージ借りてもいい?」
「構わへんけど、何に使うん」
「貧血起こしてるなら、足を高くして頭を低くしなくちゃよくならないから足を置く台作らなくちゃ」

日南の説明にそういう事か、と納得するとすぐにジャージを脱いで日南に渡す。
自分のジャージと謙也のジャージを纏めて丸めてみたら大分大きな塊になったのに日南は満足し、白石のふくらはぎの下辺りにジャージの塊を差し込んだ。
こうやって見ているとやっぱり日南がいてくれて良かったと思う。
マネージャーの仕事はきっちりとこなしてくれているし、こうして対処がわからないでうろたえていても冷静に的確に処置をこなそうとする。きっと日南がいてくれなかったらあのまま白石を支えたまま右往左往していた所だ。
しかし、未だに苦しそうにしている白石を見ていると矢張り心配だけが募っていく。
健康第一な白石がこんな風に体調を崩すだなんて一体何があったんだろうか。
何か心配事があれば自分に位は相談してくれれば良いのに。そう思うと悔しくなって下唇を噛み締めながら、グッと拳を握り締める。

「なぁ、日南ちゃん」
「なぁに?」
「白石、このまま朝練終わるまで良くならんかったら、どないしたらええ?」
「保健室に連れてこう。蔵ノ介君、荷物とかってロッカーに入れてたよね」
「おん。でもそれがどないしたん?」
「もし蔵ノ介君の容態良くならなかったら、謙也君、保健室まで運んでもらえるかな。私着替えとかバッグとか持って後から保健室追いかけてくから」

そう言った日南に謙也は何も考えずに、深く頷いた。


===============


結局、白石の顔色はよくならず謙也との打ち合わせ通り、保健室に白石を運んでもらった。
日南は皆が着替えを終えるのをコートの掃除をしながら待ち、皆が外に出てきてから白石のロッカーを開けて制服とバッグを手早く取り出すと、部室をしっかり施錠して保健室に向かう。
まだ校舎の中じゃないから、と駆け足で向かう中、色々な人に擦れ違いながら挨拶を交わす。
「練習頑張ってやー」とか「白石君によろしゅう伝えといてー」とか、そんな他愛のない声も掛けられて「はーい!」と元気良く返事を返す。
しかし。足元に何かが引っ掛かり日南は勢い良くその場で転んだ。腕に抱えていた白石の制服が散らばる。

「いたたた……。何?」

すぐに立ち上がり、白石の制服を拾い集める。汚れてしまったらどうしようと思ったけど汚れていないようで安心した。
そして転んだ場所を振り返ってみてみるけど、特に何もなかったから首を傾げた。
何か足首に引っ掛かったような気がしたけど、何もないなら気の所為なのかな、なんて。
しかし、少し離れた所からくすくすと嘲笑が聞こえてくる。「ざまぁみろや」何て言葉も聞こえてきた。
その声に聞き覚えがある。顔を上げて周りを見渡してみたら少し離れた場所にあの、この前白石に告白していた先輩の遠さかって行く背が見えた。その先輩一人だけじゃなくて他にも3、4人人が居たけどこちらを見てくすくす笑っている。
でも、追いかける気はない。今はそんな事よりも保健室に向かわなければ。

保健室に着くと2、3回ノックをしてからそっとドアを開けて中に入っていく。
窓際の一番奥のスペースのカーテンが引かれている。恐らく謙也と白石は其処にいるんだと、真っ直ぐ奥のスペースに向かう。

「謙也君、入るね」
「ん。おぉ日南ちゃんか」
「蔵ノ介君、容態どう?少し良くなった?」

ベッド脇の籠に制服を入れて、その隣にテニスバッグを掛けておく。
顔を覗き込めば少し顔色も良くなっていて、呼吸の仕方も大分落ち着いていてホッとした。
でも、謙也の表情は依然辛そうで。謙也とは夜、庭先でよく話をするけど中学に入った頃からずっと白石の話を聞かされていた。
「仲良しなんだね」と言うと「あいつは最高の友達やで!」と笑顔で言うものだからあった事のない白石 蔵ノ介に好意を沢山積み重ねていたのだけど。
謙也にとっての最高の友達がこんな風に体調を崩してしまっていたらそれは悲しいだろうな、と思うと日南もしょんぼりとしてしまう。
すると謙也は日南の方を見て何かに気が付いたのか顔色を悪くし、口をパクパク開閉していた。

「日南ちゃん!その膝どないしてん?!血ぃ出とるやないか」
「え?あ……本当だ。さっき転んだ時かな」
「転んだ?!」

頷くと謙也は座っていたパイプ椅子から立ち上がり、カーテンの向こう、デスクやら棚やらがある方に日南の腕を引っ張っていく。
日南を茶色い合皮貼りの長椅子に座らせると「じっとしとき!」とだけ言って薬品棚を漁り始めた。
勝手に漁って良いものなのかな、なんて思いながら眺めていたけど四天宝寺は基本的に何事にも緩い。下手に高価な薬品を弄繰り回しさえしなければ怒られないんだろうけど。
謙也は色んな物を腕に抱えると日南の隣において、タオルを備え付けの水道で塗らしていた。

「全く、日南ちゃん少しそそっかしいで。元気なんは良い事やけど、女の子が怪我ばっかりするんは関心せぇへん」
「ごめんなさい……いった」
「我慢しいや。砂利付いてるから綺麗にせな。ああ、ほら放っといたからソックスにも血ぃ付いて……」

ぶつぶつ良いながらも謙也は手際良く日南の膝の怪我の手当てをしていく。
よく小学生の時スクール帰りに怪我をして謙也のお母さんに手当てをして貰っていたけど、その時と同じ位の手際の良さだ。
医者の息子って凄いな、なんて少しずれた事を考えているとあっという間に手当てが終わる。
手当てと言うには些か、過保護な気もするけど。ちょっと擦り剥いただけなのに包帯でぐるぐる巻きにされている。正直な話、膝が曲げにくくて歩きにくい。

するとノック無しに保健室のドアが開く。ひょこっと顔を覗かせたのはテニス部顧問である渡邊 オサムだった。
謙也と日南の姿を確認すると「此処におったんか」と保健室に入ってくる。
もしかしたら白石の事で様子を見に来たのかな。そう思ったら「日南」と神妙な面持ちで声を掛けられる。

「どうしたんですか?」
「……生徒指導室きぃや。学年主任のセンセからお前のご指名入った」
「生徒指導室?」

反芻すると「せや」と小さく頷かれた。
生徒指導室に呼ばれるような事なんてやった事無いのになぁ、なんて思いながら悩んでいると隣に居た謙也が「大丈夫や」と声を掛けてくれる。

「日南ちゃんが悪い事する筈ないし、何か用事があって呼び出されただけやろ。せやから、そないに気にせんでもええんとちゃう」

その言葉に日南は僅かに笑みを浮かべて「うん」と頷いた。


2016/03/31