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気付く感情
部活が終わり、日南は財前と四天宝寺駅までの道をフラフラ歩いていた。
休憩の後も財前は隙や余裕があればコートの外をうろつく人間に注意を払っていたがその後はぱったりと人が来る事などなく。
過度の心配が杞憂で良かったとは思うけど気を抜いたら知らない所で日南が傷ついていそうで怖くて仕方が無い。
日南もすっかり立ち直っているのかいつもの能天気な顔で財前の隣を歩いている。

「なぁ、風鳥」
「ん?」
「今度俺とも試合してくれへん」
「えっ?」

試合をしたい。そう持ちかけると日南は困惑した表情で財前の事を見つめた。
小石川に試合に誘われた時はあんなに嬉しそうだったのに、何で。少しだけムッとした。そりゃあ、本格的にテニスを始めてまだ1ヶ月も経っていないズブの素人だけど。
でも初心者とは思えない的確なプレイのお蔭で今では"四天宝寺の天才"と言う渾名もついているし、試合も上級生に負けない位だ。
影でひっそりとCS等のスポーツチャンネルやネットでプロの試合や初心者テニス講座の動画や番組を見たり、本を買ってみたりもしているけど。

「俺かて強いんやけどなぁ」
「解ってるよ、財前君がめっちゃ強いって事は。全然初心者のプレイには見えない」
「なら、なしてアカンの」
「……」

怪訝な顔で日南の顔を見るとしょぼくれた横顔がうな垂れている。
あ、またこいつうじうじしおって。そう思ったが日南の右手は左胸にそっと添えられていた。
其処で思い出す。日南は、心臓が生まれつき弱いとそう話してくれた。
でも彼女は自分で今はだいぶ体は強くなったし、大阪に来てからのここ数年は入院する回数だって少なくなった。去年は1度も入院して無いと笑顔で言っていた。
ならば何故。確かにテニスはハードな部類に入るけど其処まで強くなったのなら試合するにも特に問題はない筈。
現に小石川との試合も多少息切れはしていたけど顔色が悪くなる事もなければケロッとしていた。
でも無理に問い詰めるのは日南には逆効果。そう思った財前は思い切って引いてみる事にした。

「……ま、しゃーないわな。いつかは試合しような」
「! うん」

どうやら引いてみるのが正解だったらしい。
日南は小さく笑うと「その時は負けないよ?」と可愛らしい事を口にする。

「俺が勝つに決まっとるやん」
「どうかな?財前君、テニス始めて日が浅いから。テクニックでは私の方が確実に上手だからね」
「言うたな。風鳥の癖に」

談笑をしながらも、駅前に着くとそのまま近くのファストフード店に二人は姿を消した。
そんな二人を四天宝寺からずっと追いかけている集団がいる事にも気付かず。

「何やあの二人、いい雰囲気やないか」

小石川が微笑ましそうにそう言うと謙也が「アカンアカンアカン!!」と喧しく声を上げる。

「忍足、喧しいで自分!」
「せやで!日南ちゃんも財前君もあんな楽しそうに話して、仲良い事はええ事やんか」

騒ぐ謙也を怒鳴り散らす一氏に小春も便乗する。しかし謙也は尚も「アカン!」と大声で否定した。

「日南ちゃんと財前がいい雰囲気なんて俺は絶対認めん!」
「お前、どんだけ日南の事大好きやねん」
「ただの幼馴染の反応とちゃうなぁ」

小春と一氏がニヤニヤ顔で謙也を茶化すと謙屋の顔はみるみる内に真っ赤になっていく。

「うるっさいわ!とにかく、あの小生意気で不良な財前と日南ちゃんが良い仲なんて、お天道様が認めても俺は認めへんからな!!」

尚もぎゃあぎゃあ騒ぐ謙也に、小春に無理矢理引っ張られてくっついてきた白石は溜息を吐きながら「クラスメイトなんやから仲良くても構わへんやろ」と呟く。
しかし謙也の気持ちが解らない訳でもない。
急に日南と距離を詰めた財前がもし日南の事を好きだったら。そう思うと胸がチリチリと嫌な痛みを発した。
ずっと黙りこくっている白石を心配してか、小石川が声を掛ける。

「白石?」
「!」
「どないしたん?そないな険しい顔してからに」
「いや、これ財前と日南にバレたら嫌われるなって思って」
「お前もなんやかんや言うて日南の事大好きやもんなぁ」
「は?」

小石川がさらっと言った言葉に困惑する。そりゃ日南の事を好きか嫌いかで聞かれれば好きだけど。
でもそんなの、此処にいるメンバー全員がそうじゃないのか。好きだからあの二人をの後をつけてきたのではないのか。
怪訝そうな顔をしていたら小石川も話が噛み合っていない事に気が付いたのか「女の子として日南の事好きなんやないのか?」と、白石に聞こえる程度の声で尋ねてきた。

「女の子として?」

そういえば日南と一緒にいる時は他の人には感じない感情を抱く事が多い気がする。
一重に"可愛い"と思う感情でも動物に対する可愛いや、服装が似合っている事に対する可愛い等と色々な意味合いがあるが日南に対しては言葉にはし難いけど他の感情とは違う"可愛い"を感じる事の方が多い。
もしかしたら日南に恋しているという事なのか。
そう思うと段々と顔に熱が集中して頬が火照っていく。

「小石川」
「何や?」
「誰にも、言わんといて」
「おん。というか他人の恋愛事情をそう易々と言触らすほど俺は性格悪くないで」
「……せやな。すまん」

未だにぎゃあぎゃあ騒いでいる謙也達を見てはにかみながら小石川はただ一言「おん」と返した。


===============


「で、あの後なんかあったんか?」

注文を済まし、店の奥にある2人掛けの席に着くと単刀直入に切り出される。
本当は陰口みたいで嫌だから気が進まないのだけど、財前は言葉を濁したりしたらきっとまた怒るだろう。今回の事も心配してくれているようだし。そうでなければこうして話を聞いてくれたりはしない。

「……部活見ていかないかって誘ったら、同情するな。何様だ、このビッチて言われた」

ありのまま言われた事を要約して告げる。言葉尻は無意識の内に小さくなって行ったけど。

「ビッチって……そう言われた事に見に覚えは?」
「無い、けど先輩は私が謙也君ツテにテニス部のマネージャーになってる事知ってたから。多分それ、かな」
「それだけでビッチ認定て可笑しいやん」

そう思ったが日南が意識していないだけで他の人からしてみたらそう見える行動を取っているのかもしれない。
マネージャーとは言えど確かに部員との距離はかなり近い。
幼馴染であるである謙也に漫才を見せに来る一氏・小春コンビ、それに部長である白石。他の部員との距離も距離は近いけど、この4人とは特に距離が近い。
確かに見ていたらあまり好い気はしないなとは思う。それでもビッチとは思わないけど。

「(って、何で少しむかついてんねん俺)」

部活中の日南を思い出して少しムカムカしていたらハッと我に戻り、氷が少し解けかけたコーラを一気に飲む。
真正面に座る日南はいじいじと中身がなくなったハンバーガーの包装紙の端を指で突いていた。
ストローから口を離し、頬杖を付く。

「確かに自分は部長や忍足先輩にべったりやからな」
「そんなにべったりかな」
「まぁ、くっつき過ぎとは思うけど俺は"あぁ、仲良いんやな"位にしか思わんからなんとも」

そう言うと日南は変に悩んでしまう。
別にそんなに悩む内容でもない様な気がするんだけどなとは思うが、変に言葉を与えて変な方向に悩まれてもそれはそれで困る。

「あの」
「ん」
「財前君は、他人にくっつくかれるのは」
「嫌。うっとい」
「……なるほど」

しょぼんとした日南に「ああ、こいつ今変な事考えてるわ」と意図せず眉間に皺が寄った。
何で目の前のこの同級生は如何でもいい事で一々悩んで、如何でもいい事に振り回されるんだろう。

「あんな、風鳥。他人の言葉ばっかに振り回されてたってしゃぁないやろ」
「ど、どうしたのいきなり?」
「自分、あの先輩に"ビッチ"言われたからって他人への接し方変えるつもりやろ。そんなん相手の思う壺やん。それにあの先輩らの事や、風鳥が接し方変えたら根掘り葉掘り何があったか聞いてくるんは頭では解ってるんとちゃうの?それとも自分に嘘吐いて"なんでもない"で済ますつもりなんか?そうやとしたら自分、めっちゃつまらん生き方しようとしとるな」
「!!」

確かに、言われてみればそうかもしれない。
でも、自分の行動で誰かが不愉快な気持ちになっているのであれば改めた方が良いのではないかとも思うけど。
どっとつかずで優柔不断な自分に腹が立ってくる。

「先に言うけど、さっき他人にくっつかれるの好きか嫌いか聞かれたけど俺は風鳥は別に嫌やないからな」
「財前君?」
「多分、先輩らも嫌やとは思ってへんと思う。やなかったらあんなに自分の事、構わへんと思うし」
「……」

ぽかんとだらしなく口を半開きにさせたまま財前の顔を見ていると財前はぷっと吹き出して「アホ面」と言って笑った。
その言葉にハッとして顔を真っ赤にして両頬を両手で覆い隠す。しかしすぐにそれが可笑しくなって笑っていた。

「やっぱり笑ってる方が可愛いで?」
「え?」
「さっき眉間に皺寄って険しい表情しとったから、そっちの方がええわ。言うのハズいけど結構風鳥の表情変わるトコ好きやで」

思いがけない告白に火照りが覚めた頬がまた熱を帯びる。

「ざ、財前君って意外にタラシだ」
「はぁ?」
「女の子慣れしてる」
「してへんわ阿呆」

そんな下らないやり取りも何故だか楽しくて。きっと相手が日南だからだと財前は思っているけど。
気付いてしまった。何故こんなにも風鳥 日南の事を構ってしまうのか。

「(風鳥の事、好きやな)」

きっと想いを向けられている日南は"友達だから"話を聞いてくれているのだと思っているのだろうけど。
本当はそうでは無いのだけど、日南と一緒の時間が少しでも多くなるのであれば、支えになれるのであればそれでも良いやと思う。あくまで"今は"の話だけど。


2016/02/08